第235話
「――――アクタ、いいですか? 今日はただの下見です、妙な動きを見せれば即刻SICKへ送り返します」
「もちろん、せっかくの探偵さんとのデートだもの。 邪魔なんてさせないわ」
「いまいち会話がかみ合ってない気がするんやけどホンマに大丈夫か?」
「まあいざとなったら体張ってでも止めるよ、パイセンが」
「じゃかあしいわ」
制服ではなく思い思いの私服に身を包んだおかきたちが近未来的な造形の出入り口を見上げる。
鏡面を張り付けたルービックキューブを乱雑につなぎ合わせた巨大な門を眺めていると、この建物が何の目的で築かれたのか首をひねりたくなってくる。
「ハリコーパークドーム、“日本でも本場の芸術を”をモットーに本場のパリコレから着想を得て設計された庭園型の公園さ。 敷地面積はちょっとした遊園地ぐらいあるぜぃ」
『ゲホッ……芸術の世界ってのはよくわからねえなぁ』
「あらボス、あなたにもわからないことってあるのね。 それとも風邪のせいで不調?」
『ほざくなよアクタァ、俺の前に面出して生きて帰れると思うなよ……!』
「うふふ、おかしなボス。 だからこうして画面越しで会ってるじゃない」
「アクタ、あまり悪花さんを煽らないように。 タメィゴゥも監視を頼みましたよ」
『うむ、任されよ、 卵粥はいるか?』
『いらねえ!』
今回あえなく体調不良で欠席中の悪花がテレビ通話越しに吠える。
彼女からすればアクタは魔女集会を裏切った不倶戴天の敵、直接出会えば本当に殺しかねないため、タメィゴゥの監視付きで安静にするよう命じられていた。
SICKにとってもアクタは罪人ではあるが死を望む存在ではない、なにより彼女にはこれより大事な仕事が待っているのだから。
「アクタ、もう一度確認ですが私たちの目的は分かってますね?」
「現場の調査と本番の打ち合わせ、探偵さんの可愛い衣装も見られるのかしら?」
「まだ服は出来上がってませんよ、本番まで袖を通すつもりはありません」
「新人ちゃんのお姉さん、そろそろスケジュールが破綻しそうだけど進捗だいじょぶそ?」
「姉貴は締め切り過ぎてから本番な人ですから大丈夫です、それよりそろそろ行かないと姉貴たちを待たせます」
おかきたちは前衛的なゲートをくぐり、正面玄関前に立つ警備員に会釈してその横を通り過ぎる。
普段なら建物内も公共施設として開放されているが、現在はファッションショーに向けて一般客の出入りが規制されている。 おかきが素通りできるのは陽菜々から渡された入館証を首からぶら下げているおかげだ。
なおその他メンバーについてはウカの幻覚に紛れて違法入館しているわけだが。
「おうこら押すなや山田ァ、ってかおどれは一人で侵入できるやろ」
「えー、一緒の方が楽だし。 それにあんまり離れると幻覚で隠せなくなるんだから仕方ないじゃん、パイセンと違ってボクはいろいろおっきいんだよ」
「それは私に対しても喧嘩売ってますか忍愛さん?」
「おっとしまったとんでもないところに飛び火しちゃったぞ」
「うふふ、背丈を気にしてるのね探偵さん。 可愛い」
「アクタ、あなたには一晩で数十cm縮んだ人間の気持ちと不便さはわからないでしょうね……」
「なに負のオーラ放ちながら歩いてるのよおかき、あんた一応モデルなんだからシャキッとしなさい」
「あっ、甘音さん」
正面玄関を超え、目的の大ホールまでつながる通路を歩く途中、こちらもまた制服から私服へと装いを変えた甘音が呆れ顔でおかきたちを待っていた。
日を遮ってわざわざ照明でライトアップされた通路はその途中で道幅が広くなり、壁には素人でも名を知っているような絵画が等間隔で立てかけられている。
まるで美術館のような道のりの半ば、休憩用のソファに腰かけて美術品を眺める甘音の姿はそれそのものがまさしく絵になるほど様になっていた。
「おー、馬子にも衣装だね。 本性知らなかったらコロッと騙されそうだよ」
「おほほどういう意味かあとで搾り上げてやるわよ山田。 それで、やっぱり“そいつ”も連れてきたのね」
「あら、睨まれちゃった。 怖いわ探偵さ~ん」
「私を挟んで盾にしないでください。 大丈夫ですよ甘音さん、アクタは我々がしっかり監視してますので」
かつて自分を誘拐した実行犯を睨む甘音と自分の(小さな)背に隠れようとするアクタに挟まれ、生きた心地がしないおかき。
今日一日はこういった立ち回りが押し付けられることを再確認し、痛む胃を抑える。
「新人ちゃんってそのうち女性トラブルで刺されそうだよね」
「山田、口に出して良いことと悪いことがあるで」
「聞こえてますからねそこ。 甘音さん、そちらの首尾はどうですか?」
「あんまりよろしくないわね、大した情報は引っ張れなかったわ」
今回のスポンサーである甘音は顔パスで館内への出入りが可能であるため、おかきたちより一足先に情報収集のため奔走していた。
とはいえその成果はあまり芳しくはない。 爆破予告を受けて管内の警備レベルも引き上げられ、さほど自由に行動はできなかったようだ。
「一応は爆破を警戒しているみたいやな、意味があるのかは怪しいところやけど」
「
物質転送。
その名の通り、手元の物体をあらゆる座標へ転送することができる。 能力の実例は過去にも数件報告があり、おかきもSICKのライブラリから詳細を閲覧している。
そして爆破予告を送り付けた犯人が便箋と同じように起爆寸前の爆弾を館内へ送りつければ、いくら警備員を敷き詰めようとも人件費の無駄でしかない。
「アクタ、専門家としての意見は?」
「ザル」
「うん、ボクも同意見。 ここに来るまで15か所ぐらい爆弾設置できたよ」
「あら、私は18か所ぐらい仕掛けられるけど?」
「はぁ~ん? ならボクは20か所ですぅ~!」
「張り合うな張り合うな、キューちゃんからもらった盗聴防止装置の無駄遣いすんなや」
「それで、ここからどうする? おかきのお姉さんは今打ち合わせで席外してるみたいだけど」
「そうですね、念のため館内を一通り見て回って……」
「ちょっとそこのガキ、邪魔よ邪魔!!」
「あっ、すみませ――――」
道幅が広くなっているとはいえ、この人数で立ち往生していては人の行き来を滞らせてしまう。
背後から掛けられたごもっともな怒声に謝罪し、端によけようとしたおかきは……その瞬間、後ろを振り返ってしまったことを後悔した。
「――――……かあ……さ……?」
腕を組み、神経質につま先で何度も床を叩くその女性の顔を視認してしまった途端、おかきは自分の心臓が握りつぶされたんじゃないかとさえ思えた。
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