第90話

「なるほど、それでウカにブラを奪われたわけか」


「そこだけ確認する必要あります?」


 残り少ない時間の中、おかきはこれまでの出来事と情報をかいつまみ、麻理元と共有していた。

 通信機とともにスマホも壊れたせいで正確な時間はわからないが、22時のタイムリミットまでは残り5分も無い。


「ねぇー! 呑気に話してないで可哀想なボクを助けてよ、ヘルプ!!」


「山田、もう少し耐えろ。 そこの変態ピエロと一緒にな」


「えぇー!? この新人ちゃんにエロいことしようとしてたやつと!?」


「誰がするか!!」


 文句は言いながらも、忍愛の両手に握られたクナイ捌きに迷いはない。

 ウカへ攻勢を仕掛けつつ、漁夫の利を狙うジェスターへの牽制も忘れない。

 SICKとサーカス団の共闘関係は共通の敵があって成り立つものだ、もしウカが無力化されれば、次の瞬間に刃は互いへ向けられる。


「モタモタしていられないな、まずは原作者を救出するぞ。 物語のオチを聞き出せば何かわかるかもしれん」


「局長、気をつけてください。 下手にツタを千切ると感電します」


「そうか」


 しかしおかきの忠告を無視し、麻里元は雑にツタを引き千切る。

 当然むき出しになった断面からすさまじい電流が迸るが、麻里元は眉をひそめるだけだ。


「……あの、痛くないんですか?」


「電気風呂よりマシだな、あれは効くぞ。 君は巻き込まれないようにもう少し下がっていろ」


「はい、先輩も巻き込まれないようにお願いしますね……」


「心配するな、そうこうしている間に抜けたぞ」


「えっ、もう!?」


 障害物を除去した麻里元は、命杖を絡めとるツタだけは千切らず器用に引き出し、磔の彼女を素早く救い出した。

 幸いにも怪我はない、縛られた手足もなく呼吸も正常。 ただ眠っているだけだ。


「時間がない、迅速に行こう。 おかきは彼女を起こしてくれ、私は少し向こうに加勢してくる」


「ヘルプー!! 局長ヘルプー!!」


「ええい邪魔をするなSICKの連中共がー!!」


「ふふふ、腕4本も生やしてうっさい男やねぇ」


 気絶した命杖をおかきに預けると、麻里元は忍愛の救援に走る。

 三つ巴の戦況は拮抗状態だが、おそらく決着がつくよりも制限時間を迎える方が先だろう。

 画竜点睛の結末は、ほぼおかきの手にゆだねられたといっても過言ではない。


「先輩、先輩! 起きてください、先輩!」


「う、うーん……あれ、ここどこ?」


「よかった、無事ですね……説明は後です、原稿は今どこにありますか?」


「げ、原稿? えっと……あれ、バッグに入れてたはずだけど……」


 体を起こした命杖が当たりを見渡すが、原稿を入れたトートバッグはどこにも落ちていない。

 磔にされるまでのどこかで落としたとなれば、残り少ない時間で探し出すのはまず無理だ。


「……それなら先輩、あなたが書いた話を続きを教えてください。 少女は“神さま”と出会ってどうなるんですか? 彼女の目的は?」


「えっ、まだ発売前なのになんで……」


「申し訳ないですが時間がない、世界の危機がかかっている。 完結に教えてください!」


「それが、そのぉ……私もわからないのよ、!」


「…………っ!」


 赤く染めた顔を両手で覆い、作家としての恥を吐露する命杖の言葉を聞き、おかきは絶望する。

 そんなおかきの背中に、戦況から弾き飛ばされたジェスターが激突した。


「いっっっ……ったぁ~~~!!! ちょっと、麻酔があっても痛いものは痛いんですからね……!?」


「知るかバカ、応急処置と言っただろ! そんなことより私の人形腕パペットアームが壊れてしまったぞどうしてくれる!?」


「ああ、背中のそれ義手だったんですか……って前前!」


「あっ? うぉわー!!?」


 自身目掛けて飛んできた電ツタの追撃を、ジェスターは乳白色の刃物で受け止める。

 絶縁体でできているのか刃物を伝って彼が感電することはない、ツタを操っているウカはそれを見てちょっと不満げだ。


「なんや、おかきにちょっかい掛けんといてな? うちのこと無視しはったら妬いてまうさかい」


「ぐ、ぎぐぐぐ……! 黙れ、私以外は全員敵……あづづづづづ!?」


 肉が焼ける音を立ててジェスターの手を焦がしたのは、狐の形をした炎の塊だ。

 生きたように動くその炎は、容赦なく彼の腕にまとわりついて剥がれない。

 そして反射的に振り払おうと腕を振り回すジェスターの腕からこぼれた刃物が、おかきの足元まで転がってきた。


「うふふ、22時まであとなんぼなん? 見つかるとええなぁ、落としもん


「ヤバイよ局長、どうする!?」


「……もう少し粘るぞ、どうしようもない場合はウカを殺してでも止める」


「そ、れは……イヤだなぁ、頑張るしかないじゃん!!」


 忍愛の手元からクナイが手裏剣が飛び、麻里元の徒手空拳が飛び交う狐火やツタを切り裂いていく。

 対して2人を相手取るウカは、素手でクナイを受け止め飛び道具で麻里元をけん制しながら、自分の身体を人質のように使い致命打を避け続ける。

 残り数分で決着がつくとは思えない戦いをどこか遠い目で眺めながら、おかきは静かに足元の刃物を拾い上げた。


「……先輩、本当に物語の続きは決めていないんですか?」


「え? え、ええ……まだ原稿も白紙でどうしようかなーって」


 拾い上げた刃物は軽く、メスのように薄い。 

おかきでも軽く振るうだけで人の肉なら簡単に切り裂けるはずだ。


「そうですか、ではこうするしかないですね」


「え――――っ?」


 そしておかきはその鋭すぎる刃物を――――迷いなく命杖の腹部へと突き立てた。


「ちょっ、新人ちゃん!?」


「私が知るアリア先輩は、GMとして最も尊敬する人です。 決して未完成のシナリオでゲームを始める人じゃない」


「……ああ、そう。 やっぱりそういうことなのね、あなた」


「ええ、だから信じてました。 性格が悪いところに隠しているって」


 メスが突き刺さった命杖の腹部から血が流れることはない。

 代わりに切り裂かれたドレスの下から見えたのは、おかきの一撃で切り裂かれた原稿用紙の束だった。


「トートバッグはダミーだ、本物はコルセットをきつく締めて服の隙間に隠していた」


「正解、さすがね早乙女君……いや、藍上さん。 それじゃ探偵としていうべきことは?」


「――――命杖有亜、

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