第11話

「お疲れ様ー、災難だったね今日は」


「ケガはないか? 一応メディカルチェックを受けてこい、準備は済ませてある」


「あ、ありがとうございます……」


 おかきたちが地下基地へ帰還すると、入り口では麻里元と宮古野の2人が待っていた。

 後ろでは白衣を着た医療スタッフも控えている、それほど3人の帰還を心配して待っていたらしい。


「お手柄だったな、おかき。 君の推測がなければ男を無力化した時点で油断し、被害が拡大していたかもしれない」


「いえ、気づいたのは偶然で……」


「偶然じゃないさ、おかきちゃんの設定が十全に生かされた結果だよ。 早い段階から犯人の目星を着けていたんだろう?」


「それは……まあ……」


 おかきにとっては不思議な経験だった。

 自分ではない誰かが脳を間借りして答えを出しているような、思考

の過程と結果が剥離している感覚。

 「探偵」としての異様な思考能力に、おかきは喜んでいいものか言葉に詰まった。


「不思議だろう? それが自分の中にカフカの人格があるということさ、難しいけど慣れるしかないよ」


「……もしも慣れなかったらどうなるんですか?」


「精神に多大なストレスがかかって最終的には廃人さ、うまいこと折り合いをつけるしかない」


「ねえねえキューちゃん、新人ちゃんばっかり褒めてないでボクの活躍を語ってみない? そろそろ承認欲求が限界だよ?」


「そこのピンクほど図太くなれとは言わないけどね、メンタルチェックもちゃんと受けてくれよー」


 うざったい絡みを一蹴される忍愛を見て、SICKでの彼女の扱いをおかきは理解した。

 そして、ここまで素っ気ない対応をされる原因が本人にあるということも、なんとなく察してしまった。


「ねえボクの次くらいに可愛い新人ちゃん? どう思うあれ? ボク頑張ったよね、君の命助けたもんねぇ!?」


「はぁ……その節はとても助かりました」


「うんうん、どこぞの性悪狐と違って新人ちゃんはいい子じゃないか! ってかLINEやってる? よかったらこの後コ゜ッ!!」


 ウカの見事なリバーブローが決まり、忍愛が腹部を抑えて悶絶する。


「おう、おかきに迷惑掛けんなや山田。 大体お前にもっと早く連絡つけば簡単に事が片付いとんねん」


「だ、だってぇ……新作コスメがボクを待ってたからぁ……あと山田って呼ぶなぁ……!」


「……忍愛さんっていつもこんな調子なんですか?」


「せやで、こんなんでも忍者なんよ。 モデルはシノビクラッシャーって漫画なんやけど」


「せ、せっかくこんな可愛いボクになったならさぁ……楽しまなきゃ損だよ……!!」


「見ての通りカフカになって人生エンジョイしとる、戦力的にも無視できん人材なのがほんま厄介でな」


「たしかに、すさまじい身のこなしではありましたね」


 ファミレスの外から飛び込み、爆発寸前の時限爆弾を外を蹴り出した時の動きは、とても人間の者とは思えない速度と精度だった。

 単純な身体能力だけで考えれば、今までおかきが見てきたどのカフカよりも高い。


「新人ちゃん、美少女はいいよ……どこ行ってもチヤホヤされるし可愛いし、なにやってもチヤホヤされるし、何より自分が可愛い!!」


「おかきに変なこと教えんな阿呆、ほらさっさとメディカルチェック終わらせるで」


「あー、せめてお姫様抱っこで運んでぇー……」


 芋虫のようにうごめく忍愛をウカが引っ掴み、お米様抱っこで基地の奥へと運ぶ。

 自然とおかきもそのあとをついていく形になるが、疲労で足取りは重く、頭の中ではファミレスでの出来事がグルグルと回っている。


「……あっ、そうだ。 局長、あの男性はどうなりました?」


「警察組織に潜伏しているSICK職員が監視している。 意識が回復次第にインタビューを行う予定だが、おそらく正気は保っていないだろうな」


「そうですか……それでも命は助かったんですね」


「……それが幸せなことかはわからないがな。 ほら、早くいかないと2人においていかれるぞ」


 麻里元にせかされ、再びおかきはウカたちの後を追いかける。

 その姿を見送ると、麻里元は加えていたアメを一息に嚙み潰した。


「浮かない顔だね、何か嫌なことでもあった?」


「腐るほどある。 解決こそしたが、今回の事件は完全に後手に回っていた」


「しかも目的も正体も一切不明だからねえ、おいらの敷いた捜索網も全部空振りだ」


「ただのテロリストが相手じゃないな、しばらく警戒を強めるぞ。 カフカたちにも伝えておいてくれ」


「了解、それともう一つよろしくない報告。 ウカっちに脳天ワインボトル食らった男だけど、体内から薬物成分が発見されたよ」


「そうか、種類は?」


。 覚せい剤の類で間違いないが、未知の構成要素が含まれていた。 今のところ急ピッチで解析作業中だ」


「そうか、そちらの仕事は任せたぞ。 私は例の女について調査を進めよう」


「了解。 互いにしばらく徹夜になりそうだねぇ」


「いつものことだろう? なに、5徹までは誤差さ」


――――――――…………

――――……

――…


「あ゛ぁ゛ー、しんど……すまんなぁおかき、息抜きのつもりが大変なことになってもうたわ」


「いえ、ウカさんのせいではないですよ。 今日はいろいろと助かりました」


 メディカルチェックを終えたおかきたちは、そのまま食堂へ足を運んでいた。

 なにせ爆弾魔騒ぎのせいで昼食を食い逃している。 すでに時刻は15時過ぎ、おかきたちの空腹は限界を迎えていた。


「何はともあれ腹ペコやー、神力も使ったせいで余計に!」


「神力……あの狐火や幻覚のことですね、あれはモデルの能力ですか?」


「せやで、うちは神様の力を扱えるんや。 あとキツネっぽいこともできる」


「新人ちゃん新人ちゃん、ボクもすごいよ! 忍者っぽいことならできるから!」


 2人の会話に、まだ元気の有り余っている忍愛が乱入する。

 そして自慢げに胸を張る彼女は、マフラーや袖の隙間から大量のクナイや煙玉を取り出してみせた。


「忍者っぽいことって、分身の術とかですか?」


「ふふーん! バイオレンスフォックスセンパーイ、試しにボクを殴ってみなよ!」


「うちの拳が真っ赤に燃えるゥ……!」


「おや、さてはマジにろうとしてるな? このキュートなボクを?」


「くたばりやがれえええええええええええええッッッ!!!!!」


 躊躇いもなく狐火を纏って振り抜かれたウカの拳は、まるで紙のごとくたやすく忍愛の腹部を貫いた。

 あわやスプラッターめいた惨劇かと思われたその瞬間、忍愛だったものはドロンと煙を上げ、人間大の丸太へと姿を変えた。


「チッ、仕留め損ねたか!!」


「センパイ知ってる? 仲間は仕留めちゃいけないんだよ」


 転がった丸太の代わりに、天井から忍愛が下りてくる。

 彼女の腹には焦げ跡ひとつなく、まったくの無傷だ。


「おおー、変わり身の術」


「どう? すごい? かっこいい? 可愛い? 心行くまで褒めてくれていいんだよ!」


「おかき、調子に乗るから放ってええで。 まったく腹減ってるときに余計な体力使ってもうたわ……」


「あっ、それならボクがご飯とってくるよー。 新人ちゃんは何にする?」


「いいんですか? それなら日替わりAランチをお願いします」


「了解了解、センパイは油揚げでいい?」


「なんでやねん、うちは鳥照り焼き定食がええわ。 けど珍しく気が利くなぁ、どないした?」


「いや、さっきセンパイの財布スったから懐は痛まないし。 じゃあボクはグレートデリシャスパフェ一つね、ゴチになりまーす!」


「はっ?」


 破魔矢のストラップを付けた財布を振り、忍愛の姿が一瞬で消える。

 数秒遅れてウカが自らの腰ポケットを探るが、空っぽの布地を引っ張り出すだけだ。


「…………ちょっと待っとってなおかき、ちょっとあのカス荼毘に伏してくるわ」


「き、局長ぉー! キューさーん! 誰かー!!」


 SICK雇用初日、おかきは半壊した食堂で一人カップラーメンをすする洗礼を受けることとなった。

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【稲倉ウカ】 145cm/42kg 最近嬉しかったこと:ツッコミ役が増えた

カフカ症例第8号、おかきの先輩となる二次元モデル型カフカの一人。

モチーフとなったキャラクターはライトノベル「御狐と更新料」に登場するメインヒロイン、稲倉ウカ。

ややエセ交じりの大阪弁で喋り、姐後肌で面倒見のいい人物。

元々は神社で働く神職の身だが、ある時ご当地企画として、上記ラノベとのタイアップが行われることに。

一応これも仕事なのでないように目を通したところ、すっかりサブカルの沼にはまってしまった哀れな犠牲者となった。

そして翌日、目を覚ますとカフカを発症。 驚いて周りの家族や同僚に相談するも、発症したモデルの能力が暴走、現人神と崇められてあわやカフカの情報が全国に拡散する危機だった。

いち早く保護に駆け付けたSICKの協力により、なんとか事態は収束。 ウカも職員として雇用される運びとなった。


モチーフから引き継いだ設定として、神から力を借りることで様々な超常現象を引き起こせる。

狐をイメージした幻覚や、狐火の発生。 豊穣神の側面として植物を自在に成長させるなど、非常に自由度が高い能力を持つ。

宮古野曰く、「ジャンルが能力バトルじゃないから自重やたがが設定されてない」とのこと。

場合によってはそれこそ神に匹敵するのではないかと恐れられ、要監視。


ウカの人格はモデルの側面が強く出ており、遠くから本来の人格が手綱を握っているような感覚だという。

ただウカ=神の力を使うほど人格の浸食が発生し、狐耳や尻尾が生え、だんだんと喋り口が大阪訛りから京都訛りへと変化。

性格もきまぐれで残忍なものへと変貌し、敵味方の区別がなくなるため非常に危険。

彼女の神力開放はSICKにとっても使ってはならない切り札という認識である。


「御狐と更新料」は主人公が亡くなった祖父の遺品を片付けるところから物語が始まる。

古い蔵の中、その奥で奉られていた神棚を片付けていると、主人公の目の前に狐耳の小さな少女が突如として現れる。

その少女、ウカは神様を自称し、祖父が亡くなったことで信仰が霧散、このままでは今年分の神格更新料が払えないという。

ひょんなことから神様に憑かれた主人公は、信仰回収のために古びた町を復興させ、お社を立て直さなければならなくなった。


名前の由来は日本で幅広く信仰されている女神、倉稲魂命うかのみたまから。

五穀豊穣や商売繁盛を司るいわゆる稲荷神として知られているが、お狐様は彼女の御使いであり、本人に狐の要素はない。

ただ創作的なわかりやすさを優先し、「御狐と更新料」では狐の装飾が施されたと考えられる。


【山田 忍愛】 158cm/48kg/好物:回らない寿司

ゴウランガ! カフカ症例第11号のエントリーだ!

そのバストは実に豊満であった。 いっぺんの曇りなきどこからどう見てもJKのニンジャなのだ。

モデルは漫画「シノビクラッシャー」3巻に登場した“サークルクラッシャー”の異名を持つキャラクター。

1巻まるまる掛けた事前の入念な仕込みによって、主人公たちが所属するサークルを崩壊寸前まで追い詰めたが、正体を暴かれると主人公の手により哀れ爆発四散した。

戦闘シーンはなんとたったの3コマ、事前工作の手間に比べてかなりあっさりとやられたせいか、一発キャラの割にカルト的な人気が出てしまった。

そしてその人気が買われてか、およそ一年後に(どう見ても爆発四散したはずが)ひょっこり再登場。 さらに単独スピンオフまで発表され、全国100億2000万人の山田ファンワルガキたちが“幻想ユメ”じゃない“黄金時代オウゴン”の帰還に歓喜した。


カフカとしての能力は非常に優れた身体能力に加え、「影分身」「変わり身」「火遁の術」など忍者らしい非現実な技も一通りこなせる。

さらに懐には夥しい数のクナイや忍者道具が収納されている。

風のような速さで駆け、高層ビルも一飛び、手刀を振るえば名剣がごとく、脚を振るえば丸太をへし折る。

近接戦闘能力だけでいえば、間違いなくSICKトップクラスの実力を持つ。

人格は本来のものが強く主張しており、山田 忍愛の人格は奥に引っ込んでる。

というよりも宮古野曰く「両者大して変わりない性格だからどっちが表に出ても変わんない」らしい。

忍者らしくない目立ちたがりで生意気な性格。 つねに承認欲求に飢えており、カフカを発症して美少女となったことでさらに悪化。

最近では初めての後輩(おかき)ができたこともあり、通常の3割増しで鬱陶しくなったとのこと。


実力はたしかだが、その性格から独断専行や命令無視など目に余る行動も多く、職員として雇用を続けるのはどうなのかと問題視する声も多い。

姐後肌なウカとは仲良く喧嘩する間柄で、よくからかってはシバかれる毎日を過ごしている。

身体スペックを考えれば避けるのはたやすいはずだが、なぜかウカの拳を躱せないのが永遠の謎。

おかきのことは大事な後輩として(本人としては)可愛がっているつもりらしい。


最近の趣味は自分のルックスを生かして男をからかう事、あいつ絶対そのうち痛い目見るでとウカはぼやいている。

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