第3話
「簡単に話すと、おいらたちみたいな二次元をモデルにしたカフカは色々危なくってね」
目の前の空間に浮かんだ半透明のディスプレイを操作しながら、宮古野 究は話し続ける。
雄太はそんな近未来的な光景を、サソリのような形状の椅子に固定されたまま眺めていた。
「危ないとは具体的にどういったものが?」
「君が見ている通りさ、今座っている装置もディスプレイも見たことがないだろう?」
雄太は頷く。
病衣に着替えて案内されたこの検査部屋でこの椅子に座った途端、部屋いっぱいにさまざまなディスプレイが浮かび上がった。
医療器具や検査機器にしては奇抜すぎる、むしろ七色に発光する様はゲーミングな印象を与えるものだ。
「今は君を3Dスキャンして健康状態やDNA、血液を非接触採取して検査している。 まあ現実でもあと30年も経てば実装できる技術じゃないかな?」
「30年後の医療は目に悪そうですね……」
「わはは発光はおいらの趣味だ。 “宮古野 究”はそういう設定の天災児でね、下敷き1枚から核爆弾だって作れる」
「……それはアニメの話でしょう?」
「カフカ症候群はモデルとなった対象の特徴をコピーするんだよ、第一症例がモデルと同じ末期癌で亡くなったように」
「そんなの……」
ありえないという言葉は、雄太が知る常識では説明できない目の前の光景に引っ込んだ。
そもそも彼女の話を否定するならば、「朝起きたら女の子になっていました」なんて話から否定しなければならない。
「うんうん、理解が早いのは大変結構。 というわけで、できれば君のモデルを特定したいんだけど……」
「あまり進捗はよろしくないと?」
「そだねぇ……まあ詳しい結果が出るまでもう少し掛かる、それまでお昼でも一緒にどうかな?」
――――――――…………
――――……
――…
「宮古野、検査結果はどうだ?」
「DNA情報はホモ・サピエンスで間違いないね。 未知の細胞反応もなし、じつは人外でしたなんて可能性は低そうだ」
「喜んでいいのでしょうかね」
「問題ないってのは良くね? いいじゃん、喜びなよ雄太」
検査を終えた雄太は、そのまま隣の部屋で待機していた姉たちと合流し、SICKの地下食堂へと案内された。
秘密組織といえど、腹が減っては戦はできない。 内装も割と庶民的であり、食券機の前には少ないながら人の列が徐々に形成されている。
「早めに来て正解だったな、昼になると混み合う。 ここは私が奢ろう」
「うっひょー局長太っ腹! じゃあ食券はおいらが買ってくるよ、何がいい? うちの食堂はたいてい何でもあるよ」
「えーと、私は辛いものでなければなんでも」
「あれ、雄太って辛いのだめだっけ?」
「うん? そういえばなんでだろ……」
雄太本人も無自覚な発言だった。
別に辛いものが苦手というわけではない、むしろ麻婆豆腐などは好みなくらいだ。
「あー、たぶん君のモデルに味覚引っ張られてるね。 というか別人格が現れてる」
「「えっ?」」
「カフカ症候群を発症すると、もともとの人格……これをAとしよう。 それとは別にモデルに沿った人格Bが発現するんだ。 “おいら”もB人格が表に出てる」
「だ、だから私も“私”なんですね……」
「なんか雄太の喋りおかしいと思ってたら、そういうことなん?」
信じたくはないが、人格の影響で言葉遣いや食の好みが変化しているのだとすれば頷ける。
「俺」から「私」へ変化した一人称すら、も指摘されるまで違和感がないほど自然に馴染んでいたのだから。
「自覚がないのは良いことだ、AとBの折り合いをつけるのが難しいんだよ。 ここで喧嘩を起こすと鬱やパニック症状を引き起こす」
「ここまで調和がとれているのは素晴らしいな、モデルが不明では自己の認識もあやふやになって危険なんだが」
「よくわかんないけど自分が誰かわからなくなるってこと……? 雄太、あんた大丈夫?」
「大丈夫だと思うよ、姉貴。 特に今のところおかしな感じはしないし……」
「ふーむ、ギャルお姉さんの前だとA人格が表に出てくるね。 ここまでモデルと相性がいいとなると相当造詣も深いはずなんだけど」
「局長、副局長。 早乙女さんの検査結果が出ました!」
雄太を興味深そうに観察するハカセの背後から、白衣を纏った職員が話しかける。
どうやら、さきほどの近未来的な機械でくまなく調べられた結果が出たようだ。
「ご苦労、確認しよう。 だが彼女の前で本名を口走るのはよろしくないな」
「あっ……し、失礼しました! えっと……」
「その様子だとやはり結果は芳しくないか」
麻里元が手渡されたクリップボードをめくり、すぐに閉じてため息をこぼす。
雄太の視界からは一瞬しか見えなかったが、それでも紙面に大きく印字された「該当なし」の文字は見えた。
「それは何の書類ですか?」
「君の3D情報をネットワーク上のあらゆる二次元キャラクターと照らし合わせた。 結果はヒット数0件だったがな」
「えー、本当に該当なし? このメカクレちびっこ美少女が!? システムの不具合じゃない!?」
「美少女だってよ、雄太」
「あんまり嬉しくない」
褒められても、雄太にとっては複雑な気分だろう。
しかし麻里元たちにとっては深刻な問題なのだ、もはや食券もそっちのけで真剣な議論が始まる。
「挿絵のない小説媒体のキャラクターがモデルか? ハカセ、お前はどう思う」
「それでも本人の言動からある程度検索は可能だ、ヒット0はあり得ない。 弟君、君は自分の外見に心当たりはないのかい?」
「そうは言われても、私はアニメや漫画にそこまで詳しくないですし……」
「おいらを含めて今までのケースで本人が知らないモデルに変身することはなかった、おそらくモデルは発症者のイメージが元になっている。 なんでもいいんだよ、ちょっとでも気になったことは?」
「気になったこと……」
雄太は、ガラスに映りこんだ自分の顔を再度確認する。
低い背丈、10代くらいの若い顔立ち、そして艶のあるダークブラウンの長髪に隠れた片目。
思い当たるアニメや漫画を思い返してみても、やはりこの顔に見覚えはない。
それでもなぜか、雄太はこの顔の少女に既視感を覚えて仕方なかった。
「……ま、焦らなくてもいいじゃん? 今はご飯にしようよご飯、ほらほら局長さんたちも書類なんて引っ込めて、あたし席取ってきまーす!」
「卓………あ、あぁー!? そっか、そうだ! おかきだ!!」
雷に打たれたような衝撃が走り、雄太は人目も気にせず大声をあげてしまった。
そうだ、該当がなくて当たり前だ。 だってこのキャラクターはアニメにもゲームにも漫画にもいない。
「お、おお? 弟君、モデルがわかったのかな?」
「おかきか? ひなあられ味のアメならあるが」
「違います、おかきです! えーっと……この顔、高校時代に自分がTRPG……ボードゲームで作ったキャラクターなんです」
「ボードゲーム……? オセロやチェスにキャラクターの造形が必要なのか?」
「あー、局長はそっち方面疎いもんね。 おいらが聞こう、フルネームは?」
「藍上おかき、こう見えて20代の探偵……という設定です」
「ほうほう、それで重要なのは君が囲んでた卓だけど……剣と魔法のファンタジーって感じじゃないよね?」
雄太……もとい、おかきは首を縦に振る。
「……忍が使命を達成するために秘密を探る感じ?」
おかきは首を横に振る。
「…………ディストピアでコンピュータ様に完璧で幸福な生活を要求される?」
おかきは首を横に振る。
「……………………せめてシンドロームを発症して浸食されながら帰り道探す系で手を打たない?」
おかきは首を横に振る。
「………………………………外宇宙」
おかきは食い気味に首を縦に振った。
「アッ……スゥー……ソッスカ……」
「なんだ、話がよく見えないが問題発生か?」
「いや……ちょっとまって……局長、一応メンタル強い職員を選別して……弟君……いや、藍上おかき君……ちょっと詳しいお話を聞かせてもらおうかな……?」
「はい……」
早乙女 雄太あらため、藍上おかきは自首する犯人のような気持ちでうなずく。
あまりにも懐かしい記憶なので忘れていた、そしてできればこんな形で再会したくはなかった。
「藍上おかき」は、雄太が初めて作り上げた思い出深い
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