人工生命体EBERS[イーバーズ]
本童マコト
前編
『パンちゃん、ボクたちともだちだよね、ずっと!』
その日はよく晴れており、電車は朝から人が満員だった。
イヤホンをつけて子供向けながらも偏見と向き合ったテーマの人気アニメ『パンちゃんとアッちゃん』をスマホで見る女の子。
『わあ!白の絵の具が流れてボクがロバだってばれちゃう~』
女子高生は友達としゃべり
夫婦は遠出に行くための小綺麗な洋服を着て
サラリーマンはうたた寝をする。
電車内が窓の向こうを見てざわつき始める。
「えっあれって何?」
「え ナニナニ?」
平和な昼下がりにはるか上空から白い一線が地上へと伸び、地上にぶつかった瞬間に衝撃音と地響きが起こる。
地響きにより電車はレールから火花を散らし脱線した。
揺れる電車の中 ぶつかり合い、ざわめきが叫びとなった。
『アッちゃん ボクは白馬だけどロバのきみとずっと仲よッ…パキ―』
スマホの一つが落ちたところを散乱する乗客の一人であろう靴が踏み割った。
当時の人々を混乱させたこの騒動の原因は降下してきた宇宙外生物と隕石だった。
宇宙外生物は大気圏で焼け死に原型をほとんど留めていなかったが隕石は海岸で発見された。
その隕石は「
隕石落下事件から数ヶ月後、朝里隕石に宇宙からのウィルスが付着していたことが判明し、2つを保存していた研究員が突如急激な吐き気と腹痛に見舞われた。政府はガナクト島研究員を研究所ごと隔離すると報道。
『国民を守るため、我々は悲しい決断を下すほかないのです。
どうか御理解を…―』
ウィルスに侵された研究員たちは研究所で、宇宙外生物が朝里隕石のウィルスの抗体物質を持っていたことがわかり、宇宙外生物を材料に特効薬を完成させ、研究員は完治。
研究所としていたザナクト島は、感染への考慮により立ち入り禁止地区となった。
研究員は宇宙外生物を「
しかし研究所は隠していた。
EBEの研究、実験をする過程においてEBEから新しい生物が誕生していたことに。
人類を救った特効薬、それを作る過程には「
《人工生命体
╫―
遠くから何かを引きちぎる音がする。
『ブヂッ… ザシッ…』
何かがちぎられ、斬られる音がする。
その音はだんだん彼女の耳に明確的にハッキリと近くで聞こえ、暗闇の中に光が見えた。
男に引っ張られ暗闇から剥がされる。
彼女の足に絡みついたツタが刀で一閃し払われた。
今まで居た場所は草木の中だった。
「
男はモッズコートをたなびかせ刀を携えていた、その顔は鬼の面をつけていたが澪と呼ばれた少女には見慣れたものだった。
「死ねねえよ…。
まだ『魔法少女プルプル☆ぷるか』の最新話みてないからな
あ~…
死ぬにしてもアレを見てから死にたい」
『ズガッ』
澪の背後から忍び寄っていたネジれた草木の異形を男、ナナシは刀で斬り落とした。
「ここでごねてもしょうがない
俺たちができることは単純なことだ
立って生きろ」
澪はその言葉で意を決して立ち上がった。
ナナシは澪専用のガスマスクを手渡した。
ガスマスク、EBEの植物が発する花粉には人体を害する成分が含まれているため、ナナシも特注の鬼の面を被っている。
ガスマスクをはめた澪は、セーラー服にガスマスクというアンバランスな組合せを着こなした。
「よし、それじゃあ行くぞ」
停めてあったピックアップトラックに、彼女が相席に座るとエンジンをかけ走らせた。
見渡す限り、この島全体はEBEという植物に侵食されていた。
あらゆる山、川、道、地面が青白くも毒々しい花を咲かせていた。
それがEBEが支配したという証拠。
トラックは道を突き進むが人を襲うことを本能とするEBEの気配はいつまでもついてくる。
「前方、来てるぞ やれるな?」行方を阻むように、トラックを軽く飲み込めそうなほどの巨大な青白い花がこちらを凝視していた。
「ブレーキ踏むなよ? アタシが仕留める!」
澪は荷台に移り、トラックに詰め込んでいた武器の一つのバズーカを巨大花に撃ち込んだ。
『ギャア…アア…』
巨大花は叫び声のような音をあげて、みるみるうちに枯れ果てた。
「大したもんだ。ついでに後ろの奴ら全員撃ち落としてくれれば助かるんだがな」
ナナシの言葉に澪は後ろを振り向く。
「マジでジャングルかよ…」
後ろからは先程の巨大花が5匹はせめぎ合うようにしてトラックに追い付こうとしていた。
「なあ アイツら口から何か出すんじゃねえの?」
澪の言いたい言葉を理解したナナシは運転を交代させ荷台に移る。
「ここから西北部にある建物の
地下駐車場がある。そこまで走れるな?
こっちは俺が何とかする。」
巨大花たちは膨張した筒状花から種を放つ。
それを見据えて言う。
大きさはバスケットボールほどのものだが、それが14あまり、時速100㎞でくる。当然1つも逃すわけにはいかない。
ナナシは刀を鞘から抜き、構える。
全ての種の場所を冷静に把握し、荷台から跳躍しトラックの真上を襲来した種を真っ二つにした。
荷台に着地し再び戻り、次の攻撃を見定める。
「ちょっと…図書館の地下駐車場が瓦礫で埋まってるよ!」
澪の言葉に振り向きもせず「こっちで手一杯だ。
どこへでもいい とにかく走れ」トラックの行き先も全て任せた。
『ゴウッ』
と風圧をまとってくる次から次にくる種を、正確に叩き斬り 突き刺し 打ち返す。
それら全てを防いだ。
澪は運転席からバズーカを取り出し片手で肩に乗せ窓から半身を乗り出す。
「言ったな
んじゃあアタシなりのやり方で道を開いてやるよォ!」
爆音とともに地下駐車場を阻む瓦礫を打ち崩した。
車体はそのまま突っ込み、本能のまま追跡していた植物たちは潰れる音。
さらにその衝撃によって瓦礫が再び入り口を塞いだらしく一気に沈黙となった。
「どうよ!」
強気な笑顔がガスマスク越しでもわかる澪に「俺は…別の道に行けと言ったつもりで、こんなやり方をしろとは言ってない」多少の疲労と呆れからしまりのない声でとがめるナナシ。
「キャハハッ でもうまくいったじゃん!」
人間ならできない芸当ではあるが、それもそのはず、彼らは半分地球人ではない遺伝子を持つ。
EBEの研究、実験をする過程においてEBEから新しい生物が誕生したEBERSと呼ばれる存在だから成せたことだった。
それから二人は図書館の中を探索し、使えるものを探した。
「ここなら多少は時間稼ぎしてくれそうだな
EBEも分厚い館内までは来れないか…」
「応援とか待てない?」
「俺たちが応援だろ」
「ちぇー 人使いあらい奴はパワハラ上司になるんだぞ」
「パワ…?」
「何、知んないの? これだからオッサンは」
「オッサン差別やめろ まだ35歳だ」
人気のない図書館の館内のガラス窓には、びっしりと張りついた根を張ろうとする草木が生え揃っていた。
所々、EBEが侵食しようとした跡の青白い花が生えているが、せいぜいその程度が精一杯だったらしく、ほとんどEBEの力は残っていない。
澪は図書館のロビーにあるテレビのリモコンを持って電源をつけた。
『…―…ジジ …メテオウィルスは…各地で……このま…全世界に…感染が… ジジ…』
砂嵐混じりに見えるテレビに澪は不服そうにグチる。
「アニメやってねえー」
テレビの奥ではリポーターが平静さを保とうとはしているが、混乱をおさえるために情報を控えている報道であることをナナシは知っていた。
メテオウィルス、40年前に朝里隕石から始まったウィルスの病名。
幸いと言うべきか、研究員が総出となって特効薬を作ったことにより事なきを得た訳だが…
その代わりに自分たちが産まれた。
そして、40年越しの再びメテオウィルス騒動が再発した。
(何が起きてる?)
ナナシは俯瞰しながらもテレビの方にも耳を傾けた。
テレビの砂嵐は薄くなりテレビがクリアに写り始める。
『現在…ザナクト島で大量のEBEが出現し…政府はこれらの摂取を試みましたが、島に行った捜索隊からの音信が途絶えたとのことです』
「えっマジ?ここがテレビに映ってるじゃん!
アタシらも有名にならないのかな!?
映画のスーパーヒーローみたいに!」
「だといいな」
『では、この立ち入り禁止となったとされてきた孤島、ザナクト島にEBERSという人工生命体を隠蔽し独自に所有していたというのがあの有名研究者の桂
ナナシはアナウンサーの言葉を遮るようにしてチャンネルを変えると、テレビは明るい子供向けアニメのオープニングを映した。
「おっ
アニメあるじゃないか。ほら、お前の大好物だ」
「『パンちゃんとアッちゃん』再放送してるなー」
「これ見て大人しくしてろ」
「うぃー」
そう言ってナナシは立ち去る。
彼は隠そうとしようとしているが、澪は気付いていた。
╫―10年前―
ナナシはこの日、任務から帰宅したばかりで血塗れの衣服を洗う気にもならず黒いビニールの中に入れる。
先ほど人間を切り刻んだ刀を倉庫にしまい、もう何もなかったことにしたかった。
そうして半日は自分以外誰もいない冷たい地下ドームの1室でうずくまる。
任務後、彼はいつもそうしてきた。
こんな姿は誰にも見せられない、依頼人たちは、ただでさえ反抗心を持っているEBERSなのではないか警戒してるというのに。
罪悪感を持たず喜んで殺れるEBERSになれたらどれほど…
「ナナシ、元気にしてたかい」
その思考を掻き消すようにして
穏やかな老紳士をそのまま絵に描いたような人物がそこにいた。
「先生…!
来られていたのですか、お久しぶりです」
青年のナナシは先生と呼ばれる桂清史郎に驚きの表情も隠さぬまま歩み寄ると、老紳士の背後に何かがしがみついていたことに気づいた。
「お前に会わせたい子がいてな…」
桂は穏やかに笑うと背中に張りついていた後ろに呼びかけると5~6歳ほどの小さな子供が出てきた。
「あ、あの、先生 この子は一体…?」
「この子は澪。まあ、この場所にいるということはEBERSだということはわかるな」
桂の話が長くなることを察したナナシは2人をダイニングに上がらせた。
テレビを適当につけておくと澪はまっすぐにテレビ前を陣取りそちらにしか興味がなさそうだった。
「すまない、私が無力なばかりに君にばかり負担をさせて。」
「今回は任務のことではないのですか?」
桂が切り出した会話はナナシの任務についてだった。
大抵、任務は桂からの連絡で動いている。
この話をする時はいつも桂は辛そうな顔をするが、この仕事だけが自分たちの必要性を上げるものだと理解はしてくれてる。
「奴らは、まだ始末されてません
早めにEBERSのテロは阻止しないといけないんです
でなきゃ俺たちの風評はだんだんと悪化するばかりだ…」
部屋の隅の置かれたダイニングで座っている桂と自分たちから少し離れた場所でテレビの子供向けアニメを見ている澪という少女を見てナナシは渋々、口を開いた。
「あの歳のEBERSを見るのは、はじめてです…」
「EBERSはたった40年の歴史だからな。
EBEの遺伝子を持つが、半分は人の遺伝子を持つ人間なんだ、何らおかしいことはない。
子供ができると言うことは」
そのことはわかっていたが、実際にEBERSの子が目の前にいるこの状況はナナシにとって感慨深くも、親の気配がないことから彼女の薄暗い過去を察した。
「だが世界というのは人間同士でも争う生き物だ。
たった…たった半分、宇宙外生物の血を受け継いでるだけで世界は人と見なさない。」
ブラックコーヒーを飲みながら、桂はわずかに眉をひそめた。
「桂さん…
あなたが、メテオウィルスで感染した研究員のためにEBEの細胞を人間に取り込む実験を重ね特効薬を作り…
自らが実験台に名乗り上げた人ですから、正しいことをしたと俺は思います。」
「正しい…か、ナナシ。
そう思うのは君があまりにも優しいからだ、
少なくとも『彼ら』はそうは思わない」
『彼ら』という言葉でナナシは押し黙る。
同じ境遇、同じ時を過ごしても決して友人とは言えない相手だった男だ。
そして、俺を裏切った男…アイツはその一人だった
「…」
澪はこちらをジっと見つめていた。
「どうした、澪?今、大事な話をして…」
桂は優しく、座っているようにさとそうとするが小さな体はズンズンとナナシの方にまで来ると「わるいイーバーズを殺してるひと?」そう言った。
子供が言う言葉ではなかった。
「アタシもわるいイーバーズ殺したい」
「は?」
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