運び屋『オーワ』の奇妙な事情
紅葉 紅羽
プロローグ『そのカーゴ、戦場を征く』
――その戦場は、魔法に彩られていた。あちこちから火が飛び雷が落ち、風が吹き荒れたかと思えば氷がすべてを白く染め上げんと地面を滑る。およそ現実とは思えないような激しい戦場を、唸りを上げて駆け抜けるカーゴが一台―—
「コウスケ、これ本当に大丈夫なんでしょうね⁉」
「大丈夫だ、俺のドライビングテクニックがあれば……危ねえッ⁉」
「いや、今のよく避けたね……直撃してたら僕達もろともドカンだったよ?」
「人聞きの悪い事言わないの! コウスケ、死ぬ気で走らせなさい!」
「大丈夫ですよエリー、いざとなれば私の魔法が――」
「いや、そうなる前に私の剣が薙ぎ払うから。アンタは魔力の検知に全力を尽くしてちょうだい?」
「体よく厄介払いされた気がするのは気のせいですかねえ⁉」
そのカーゴの車内は、戦場にそぐわないくらいに騒がしかった。ハンドルを握る三十代ほどの男が一人、その姿を助手席で不安げに見つめる金髪の少女が一人。そんな二人のやり取りを、後部座席に座る二人がのんきに見つめていた。
「大丈夫だ、俺の愛車は魔術の直撃くらいじゃびくともしねえ。……何度も喰らえば、そりゃ怪しいけどさ」
「その曖昧さが不安だって言ってるのよ! ああもう、あたしが出れればこんなの一瞬で片が付くのに……‼」
「それをできなくしたのは他ならぬ君でしょ……。今更戦場を憂いてもしょうがないし、ボク達はボク達の仕事を果たすことを考えればいいんじゃないかな?」
逸る少女をたしなめるのは、額から伸びた大きな角が特徴的な少年だ。『鬼』……と、そう表現するのが一番簡単だろうか。肩口まで伸ばした髪と程よく垂れた黒い瞳は女性的だが、彼はれっきとした男である。
「……たしかに、それはそうだけど!……そうなん、だけど!」
「それでもみんなのことを思わずにはいられないの、エリーさんの優しいところですよねえ。……まあ、なのになんで役割をほっぽり出したのは謎ですけど」
「ふぐ……分かったわよ、仕事に集中するわよ! 今のあたしたちの最優先はこの荷物を届けること、そうよね⁉」
エリーと呼ばれた少女は何かをかばうかのように胸元を抑えていたが、やがて何かを振り払ったかのようにハンドルを握る男―—コウスケに向かって叫ぶ。その声量にコウスケは片手で耳を塞ぎつつも、力強い頷きを返した。
「そういうことだ。……お前の力も、絶対に必要なんだからな。そうやって頼られるのがイヤだって、分かってはいるんだけどさ」
「そうやって理解してくれてるなら問題はないわよ。―—この仕事が終わったら、高級スイーツの一つくらい奢ってくれればそれでいいわ」
「勿論、好きなだけ食べつくしてくれて構わないぞ」
「よろしい。食べたいスイーツ、リストアップしておくわ」
コウスケの断言に、エリーは満足げな笑みを浮かべる。その様子を、後部座席の二人は微笑みながら見つめていた。
「ほんと、エリーは頼りになるね。この調子なら僕は今日もカーゴ内の守備を担当してればよさそうだ」
「……ま、できるならそうさせてあげたいけどね。ランスの戦い、見てるだけでおっかなくなるし」
「そりゃ失礼。自分を顧みる癖がないのは相変わらずでさ」
零か百しかないんだ、と鬼の少年—―ランスは脱力しながら後部座席にもたれかかる。その様子を、隣に座る緑髪の少女が心配そうにのぞき込んだ。
「……ランスさん、大丈夫ですかあ? これほどに魔術が飛び交う戦場ですし、もしかしたら酔ってしまうんじゃ……」
「いや、それに関しては大丈夫だよ。マーシャがさっきかけてくれた鎮静魔術、効きすぎだってくらいに僕の中で効果を発揮してくれてるから」
「うう……その点に関しては本当に申し訳ないです……」
ランスの表情は笑顔そのものだったが、マーシャと呼ばれた緑髪の少女は申し訳なさそうにがっくりと肩を落とす。それと連動するかのように、横に張り出した長い耳がへにょりとしおれていた。
「いやいや、責める意図は全くないから。むしろ、それくらいしてくれないと僕の体質には改善が見られないからね。……君がここにいてくれるから、僕も安心してだらけられるっていうものだよ」
「そうですか、それならよかった……私の魔術でも、誰かの役に立ててるんですね」
しかし、ランスの返答を聞いてその耳はわずかに張りを取り戻す。そこに畳みかけるかのように、ハンドルを握るコウスケが口を開いた。
「誰の役にも立てねえ人なんていないから安心しろ。少なくとも、マーシャは俺たちの生命線を担ってくれてるわけだしな」
「そうそう。変に制御なんてしようとしなくていいのよ。常に全力全開、バカ正直なマーシャらしくていいじゃない」
「えへへ、ありがとうございます……って、エリーさんのそれは褒めてるんですか?」
「もちろんよ。そこまで素直になれるの、あたしからしたら羨ましいもの」
訝しげな視線を向けるマーシャに、どこか悲しそうな表情を浮かべながらエリーはそう答える。その右手は、腰に下げた仮面へと伸ばされていた。
「そう、ですか。そうですよね……。でも、私は今のエリーさんも好きですよ? 素直じゃないけど、たくさんの優しさにあふれてる人なのは事実ですし」
「……ん、ありがと。あんたがそう言ってくれると、少しだけ救われるわ」
「はい!いつでもエリーさんのことをお助けします!なんだったら、幸運の支援魔法もご一緒に……」
「いや、それは遠慮しとくわ。一周回って大変なことになりそうだから」
「私の魔術、どんな風に認識されてるんですかねえ⁉」
肩を竦めるエリーにマーシャが突っ込むと、我慢しきれないといった感じでエリーが噴き出す。それにつられるようにしてマーシャも笑顔を浮かべ、カーゴの中に朗らかな空気が流れた。危険と隣り合わせの戦場の中だとは思えないくらいに、その空気は安心感にあふれたものだ。
「……だけど、何時までもほのぼのってわけにもいかねえ。ここからは激戦区のど真ん中を通ることになるわけだからな」
「ほんと、今までにないくらいに大変な配達場所よね……どうして二つ返事で受けちゃったんだか」
「それが俺たちの仕事だからな。……ランス、荷物は無事か?」
「当然。梱包にも傷はないよ」
「オーケー、ならそのまましっかりつかんどけ。……こっから、揺れもひどくなるだろうからな」
コウスケのその言葉に、カーゴ内の空気が引き締まる。その言葉が出たところからが配達の本番だと、四人とも経験則で理解していた。
「頼りにしてるぜ、皆。……『オーワ』の誇りにかけて、俺たちはこの仕事を完遂する!」
「「「おおおっ!」」」
コウスケの号令に、三人が勇ましく答える。彼らの視線は、同じゴールへと向けられていた。
――運び屋『オーワ』。王都の隅に構えられているその店では、『ありとあらゆるものを運ぶことが出来る』とひそかな評判を生んでいた。
これは、そんな彼らの奮闘記。運び屋のプライドにかけて仕事を完遂する、愉快な四人組の物語である。
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