淡い恋の行方

Jack Torrance

淡い恋の行方

ニューヨーク、ブルックリン地区のブロードウェイを通過する地下鉄。


地下鉄はニューヨク市民の足を担い24時間眠る事無く稼働している。


ビジネススーツに身を包みニューヨークタイムズを折り畳み目を通すサラリーマン。


スマートフォンでゲームやSNSに興じる学生。


コミックを読み耽っている道楽者。


パートタイマーの主婦。


病院に通院する老人。


ニューヨークのラッシュの時間帯は、いつも様々な年齢層、様々な人種の人々が行き交い混雑を極める。


アングロサクソン、アフリカンアメリカン、ヒスパニック、それぞれに内心に秘めたる感情を抱きつつ平静を装い人々は行き交う。


彼女はいつもセントラル アベニューから乗ってマーシー アベニューで降りていた。


いつも先頭車両の前から2つ目の乗降口から彼女は乗って来ていた。


僕はセントラル アベニューの彼女がいつも乗って来る乗降口の扉の手すりを掴んで立ったまま、いつも彼女が乗って来るのを待っていた。


軽いストーカーだと言われればぐうの音も出ないが、僕はそれ程に彼女に恋い焦がれていた。


彼女はいつも周囲の雑音をシャットアウトするようにタブレットで音楽を聴いていた。


そして、いつもティファニーのイヤリングが耳たぶで煌めきマーガレット ハウエルのショルダーバッグを肩に掛けていて甘いフレグランスの香りを漂わせていた。


彼女のフレグランスの香りが鼻腔を駆け抜けていく度に僕は甘美な妄想へと誘われていくのであった。


髪の色はストロベリーブロンド。


ショートカットに短く纏めたヘアスタイルにカールした長い睫毛。


唇には鮮やかで艶やかなヴィヴィッドオレンジのルージュを引いていた。


何かを思い出して思い出し笑いをしている彼女の表情には靨が見て取れた。


とてもキュートでエレガントな彼女のスマイル。


彼女は今、何を思って笑みを浮かべているんだろう。


彼女への探究心が止まらない。


年の頃は22か23くらいだろうか?


今年からハイスクールの通学で地下鉄に乗り出した僕の朝の楽しみは、いつも彼女を一目見る事だった。


彼女を見つめているとこの上ない幸せを僕は感じる。


年上の素敵なお姉さん。


それは僕が抱いた淡い恋心だった。


だけど、僕は彼女に声を掛ける勇気なんて持ち合わせていなかった。


彼女は飛び切り上等な年上のお姉さんだし、僕は女性に告白なんてした事も無い冴えない初な男だったから。


僕は、ただ目を奪われているだけだった。


彼女を初めて見た日から3ヶ月くらい経った頃だった。


1日、3日、1週間。


彼女が、いつもの乗降口から乗って来ない。


僕は他の乗降口から乗っているのかも知れないと思い満員電車の中を探し回った。


だけど、彼女はいなかった。


突然、彼女が姿を見せなくなった。


何の前触れも無く。


僕は心配した。


何か思い病気を患ったのではないのかと。


そして、僕は彼女を忘れる事が出来なかった。


だって僕にとって彼女は理想な女性像だったから。


悶々とした日々が続いた。


僕は悩んだ。


彼女を忘れるべきなんだろうか。


新しい恋に邁進して全てを忘れさせてくれる彼女を見つけるべきなんだろうかと…


僕は、どっちとも付かずに、ただ彼女を思い続けた。


翌年の夏の終わり。


それは、ただの偶然だったのかも知れない。


もしくは、僕の思いが通じて神様が導いてくれたのかも知れない。


ブロードウェイのショッピングモールで僕は彼女を見掛けた。


頭の天辺から爪先まで雷に打たれたように電流が走った。


か、彼女だ!


僕が理想だと思っている麗しの女性。


このチャンスを逃したら、もうこの先彼女に遭えないかも知れない。


僕は勇気を振りしぼった。


彼女に向かって歩を進める。


彼女まで後20歩、15歩、10歩。


男の声が聞こえた。


「クローディア、俺、このシャツ気に入ったんだけど。これ、似合うと思うかい?」


男が彼女に向かってハンガーに掛かったシャツを持って尋ねている。


「えー、あなたってほんとにセンス無いわねー」


彼女が男性用のカジュアルな売り場から男に似合いそうな服を見繕って男の背中にあてがっている。


「ダニー、こっちの方が似合うんじゃないのかしら?」


彼女と男は親密そうに体を寄せ合っていた。


そうだ。


此処は男性用の服しかない売り場だ。


兄弟とか父親のプレゼントを探しに来ない限りは彼女のいる筈もない売り場だ。


何かを思い出したかのように僕は振り返りその場を離れた。


泣きはしなかったけどこれは失恋だと海馬がインプットした。


夕刻。


僕はスターバックスで買ったアイスコーヒーを片手にイーストリバーに立ち寄った。


落陽していくオレンジ色の太陽。


僕は彼女の鮮やかで艷やかな唇、甘いフレグランスの香りを想起した。


もうじき日は落ちるけれども、昼間の肌を刺すような光線で灼けた河川敷はまだまだ熱を帯びていた。


まるで、僕の今の失恋のように未練たらしく彼女への恋慕は熱を失っていなかった。


イーストリバーは雄大に流れている。


彼女の名はクローディアって言う名だったんだ。


僕は彼女を思いながらストローからアイスコーヒーを啜った。


アイスコーヒーは美味しかったけどちょっぴりほろ苦い味がした。

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淡い恋の行方 Jack Torrance @John-D

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