ジェシカを見守り続ける日々は辛いです【前編】~ヴァン視点~

ジェシカが眠った頃、侯爵の執事が私を呼びに来た。


「ヴァン、旦那様がお呼びだ」


仕方なく侯爵の元へと向かう。すると


「ヴァン、すまないがお使いに行って来てくれないかい?」


私にお使い?こんな時間に?あぁ、そういう事か。きっと私を抹殺しようと思っているのだな。そういえば、頭が弱い王太子が最近私を睨んでいたからな。きっと王太子にでも“従者をクビにしろ!”とでも言われたのだろう。


ただ、私をクビにして追い出すだけだと、きっと侯爵の悪事を私がばらすと思っているのだろう。本当に低能な男だな。


「わかりました、それでは行って参ります」


侯爵に騙されたふりをして、馬車に乗り込む。やはり向かった先は、森だった。


「おい、お前はここで降りろ」


そう言うと、侯爵家の護衛たちに森に降ろされた。私を馬車から降ろすと、ものすごい勢いで馬車を走らせ去っていく。どうやら私が殺されるのを、見届けない様だ。本当にバカだな…あいつら。


ふと前を見ると、柄の悪そうな男が5人私を待っていた。


「お前がヴァンとかいう男か?」


「ええ、そうですが…」


頭の悪そうな男が私に話しかけてくる。


「お前にはここで死んでもらう。悪いな」


男たちが剣を抜き、私に襲い掛かって来た。もちろん、こっちも素直にやられるつもりはない。すぐに私の護衛騎士たちが飛び出し、男たちを始末する。


「何なんだ、こいつら…ギャァァァ」


悲鳴を上げて倒れていく男たち。そもそもこんな奴らに、私の護衛騎士たちがやられる訳がない。


「殿下、お怪我はございませんか?」


私の傍に急いでやって来たのは執事だ。


「ああ、大丈夫だ。さて、これからどうするか。侯爵は私が死んだと思っているだろうし…」


このまま侯爵家に戻れば、私が生きていることが侯爵にバレてしまう。そうなると、いくら頭の悪い侯爵でも、今度は確実に私を抹殺しようとしてくるだろう。正直これ以上侯爵に付き合うのは面倒だ。


「お前たち、私はもう死んだことになっているから、侯爵家に戻る事は出来ない。でも、ジェシカが心配だ。悪いが私の代わりに、ジェシカの護衛を頼む」


「かしこまりました」


とりあえず私は一旦死んだことにして、陰からジェシカを見守る事にした。ジェシカ、私が死んだと知ったら悲しむかな?彼女にはこれ以上悲しい思いをさせたくない。でも…今は我慢の時だ。ジェシカとの未来の為にも…


まずはジェシカの様子が気になる、そんな思いから、私がいつも付けていたイヤリングをすぐに加工させた。このイヤリングには居場所が特定できる機能と、録音機も付けておいた。


私の形見のイヤリングだ、きっとジェシカはずっと身に付けてくれるはず。さらに、ジェシカの部屋に、映像型録音機も設置する事にした。


イヤリングをジェシカの机に置き、部屋に映像型録音機を設置する様に護衛騎士たちに指示を出す。我が国の護衛騎士は、スパイ活動も行っている為、非常に優秀なのだ。あっという間に設置してきた。これでいつでもジェシカの様子が確認できる。


設置後、すぐにジェシカの様子をチェックする。どうやらまだ私が侯爵家からいなくなったことを知らない様で、メイドに何度も私の事を訪ねている。そして翌日、ジェシカが傷だらけで泣きながら部屋に戻ってきた。どうやら侯爵にやられた様だ。


そして、泣きながら何度も何度も私への謝罪の言葉を口にしている。その姿を見た瞬間、胸が張り裂けそうになった。今すぐジェシカの元に向かって抱きしめたい、そんな衝動に駆られるのを必死に抑えた。


どうやら私がこの世から去ったと思い込んでいるジェシカは、よほどショックだったのだろう。しばらくは食事が喉を通らない様で、本当に心配した。それでも私の仇を打つため、侯爵を断罪する事を決意した様だ。


私の為にジェシカは、実の父親を断罪する事を決めたのだ。それがなんだか嬉しかった。その後、旅に出る準備をしたり、鍵開けの練習をしたりするジェシカを、温かく見守る。ただ、なぜか私の形見として置いて来たイヤリングを、ジェシカは付けてくれない。


それが不満でたまらない。どうしてジェシカは、イヤリングを付けてくれないのだ。あれを付けてくれないと、ジェシカが部屋にいない時の詳しい様子が分からないじゃないか!


仕方がないので、ジェシカが外出するときは、護衛騎士に扮して彼女の傍にいた。もしかしたらジェシカが私に気が付いてくれるかもしれない、そう思ったが、全く気付いてはくれなかった。


本当にジェシカは鈍いのだから!でも、そんなところもまた可愛いのだが…


それでもジェシカに触れられない苛立ちが、日に日に増していく。ついに我慢できなくなり、夜中にこっそりジェシカの部屋に侵入しようとしたのだが、執事に止められた。


「殿下、まだ婚約もしていない令嬢の部屋に侵入するのは、外道のする事です。どうかお止めください!」


そう強く言われたのだ。確かにそうだが…

これ以上私に我慢しろというのか!


「確かに私とジェシカはまだ婚約をしていない。でも、ずっとジェシカに触れられていないのだ。もう我慢の限界だ。少しくらいはいいだろう?」


そう執事に伝えたのだが…


「何をおっしゃっているのですか?ジェシカ様はあなた様の仇をとる為に、独りぼっちで必死に今、侯爵や王太子殿下と戦っているのですよ。それなのに、あなた様がそんな我が儘を言ってどうするのですか!」


すかさず執事から叱責を受けた。


確かに執事の言う通りだ…

ジェシカは私の為に、家族でもある侯爵を裏切ろうとしている。万が一侯爵にバレれば、最悪殺されるかもしれないのに…


私は一体何を考えていたのだろう…

寂しいのは、きっとジェシカも同じはずだ。

とにかく、ジェシカが断罪できる様、私は裏で協力するまでだ。

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