第20話 ヴァンが…

翌朝目が覚めると、なぜかメイドがいた。


「お嬢様、おはようございます。お加減はいかがですか?」


「随分と楽になったわ。ねえ、ヴァンはどこ?」


「ヴァンは体調を崩しておりますので、今休んでおります。今日からは、私がお嬢様のお世話をさせていただきます」


「待って!体調を崩しているとは、一体どういうことなの?私の風邪が移ってしまったの?」


「さあ、私には分かりかねます。随分と元気になられた様ですが、念のため医者をお呼びしますので少々お待ちください」


そう言うと、さっさと部屋から出て行ったメイド。


ヴァンは、ずっと私の傍にいたせいで体調を崩してしまっただなんて…


私が昨日、我が儘を言ったからね。ヴァンに申し訳ない事をしてしまった。元気になったら、謝らないと。


その後お医者様の診察の結果、随分回復しているとの事だった。ただ念のため、今日は貴族学院はお休みする事になった。


朝食をとったあと、再びベッドに入る。考える事は、ヴァンの事だ。ヴァン、本当に大丈夫かしら?やっぱり気になって仕方がない。


「ねえ、本当にヴァンは大丈夫なの?」


近くに控えていたメイドに声を掛ける。


「大丈夫なのではないでしょうか。とにかく、お嬢様はまだご病気なのです。従者の事など気にせず、ゆっくり休んでくださいませ」


表情一つ変えないメイドにそう言われてしまった。結局その日は、ヴァンの姿を見る事はなかった。


翌日、すっかり元気になった私。でも、やっぱりヴァンがいない。メイドに聞いても、“まだ体調が悪い”の一点張りで、それ以上は教えてくれなかった。


仕方なく1人で準備をし、そのまま玄関へと向かう。


「ジェシカ、元気になったのか。いいか、今回の事でまたお前の評価が下がってしまっているかもしれない。くれぐれも、行動には気を付けろ。いいな」


「はい…」


相変わらず私に文句を言うお父様。ただ、いつもより口調が穏やかな気がするのだが…

気のせいだろう。


門の前に停まっている馬車に乗り込む。いつもならヴァンが必ずお見送りをしてくれるのに。やっぱりヴァンがいないと寂しいわ。今日貴族学院から帰ったら、一度使用人が寝起きしている建屋を訪ねてみようかしら?


そうよ、そうしましょう。私のせいでヴァンが寝込んでしまったのですもの。私には看病をする義務があるのよ。よし!


早速馬車に乗り込み、貴族学院を目指す。本当はヴァンの為に、お料理を振舞いたいが、多分厨房は使わせてもらえないだろう。


私は前世では一人暮らしが長かったため、最低限のお料理は出来るのだ。そうだわ、旅に出たら、経費節約の為自分で料理する事もしないとね。あと、お金を稼がないといけないわ。


そうね、ウエートレスの仕事なんてどうかしら?学生の時、飲食店で3年間アルバイトしていたのよね。改めて、前世の記憶が戻って本当によかったわ。侯爵令嬢、ジェシカのままだったら、きっとこんな考えは思いつかないもの。


やっぱり、前世で生きた記憶って大事よね。


そんな事を考えているうちに、貴族学院に着いた。馬車から降り、教室へと向かう。


「ジェシカ、おはよう。もう元気になったんだね。教えてくれたら、朝迎えに行ったのに」


私の元へとやって来たのは、ネイサン様だ。


「ご心配をおかけして、申し訳ございません。この通り、すっかり元気になりましたわ。それより、ネイサン様に病気を移したりはしませんでしたか?」


この男に万が一風邪でもうつしたら、後で何を言われるか分からない。お父様からの尋常ではない程の怒りも買うだろう。そう思い、念のため確認したのだが…


「ジェシカは本当に優しいね。僕の体の事を心配してくれるなんて。僕はこの通り元気だよ。あの後すぐに予防薬も飲んだしね」


なるほど、予防薬を飲む徹底ぶりだったのね。多分王妃様が飲ませたのだろう。なんとなく、想像はつくわ。


「本当はお見舞いに行きたかったのだが、母上が“ネイサンに風邪が移ったら大変だから、止めておきなさい”というからさ。僕は王太子だし、風邪をこじらせて、もしもの事があったら大変だものね」


相変わらず自分勝手な意見を何食わぬ顔でペラペラとしゃべるこの男。本当にいらつきしか感じない。必ずあなたなんかと婚約破棄してやるんだから!そう心の中で誓った。


そして放課後、急いで馬車に乗り込んで家路に着こうとしたのだが…

相変わらず空気の読めないネイサン様に捕まってしまった。


「ジェシカ、せっかく回復したのだから、今日は王宮でお茶でも飲もう。母上も、一度君と話がしたいと言っていたし」


きっと王妃様は、今回パーティーの場で倒れた私に、文句を言いたいのだろう。本当に、性格の悪い女ね。


「申し訳ございません、実は私の看病をしてくれていた従者が、風邪をひいてしまって。どうやら私が移してしまった様なのです。彼が心配ですので、今日は失礼いたしますわ」


あなたたちなんかに構っている暇はない。私は早く、ヴァンの元に行きたいのだ。


「従者って、ヴァンとかいう男の事かい?彼なら、もう君の屋敷にはいないはずだよ」


「えっ…それは一体、どういう事ですか?」


ネイサン様が言っている意味が分からず、彼に詰め寄った。


「だって彼、ずっとジェシカの傍にいて邪魔だったから、僕が侯爵に頼んでクビにしてもらったんだ。君は僕の婚約者だからね。やっぱり近くに、他の男がいるなんて嫌だろう。大丈夫、あんな男がいなくても、僕が傍にいるから」


こいつ、何を言っているの?ヴァンをクビにしたですって…

そんな…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る