第18話 頼れるのはヴァンだけです

「ジェシカ、大丈夫かい?ジェシカ」


私がその場に倒れてしまったため、ネイサン様が大騒ぎをしている。さらにみんなが私に注目している。まずい、立ち上がらないとまたお父様に怒られる。そんな思いで、起き上がろうとしたのだが、体に力が入らない。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


私の傍に駆け寄ってきたヴァンが、抱きかかえた。


「旦那様、お嬢様はすごい熱です。すぐに医者に見せましょう。とにかく、お部屋に運びます」


どうしていいか固まっていたお父様に、ヴァンがそう告げた。そして、私を部屋へと連れて行ってくれたのだ。初めてヴァンに抱っこされた。がっちりした胸板、それにヴァンの匂いがする。


体はとてもだるいのに、なぜだろう。すごく落ち着く。


「お嬢様、だから無理はなさらないようにと言ったのです。本当にあなたって人は」


そう呟きながら、私を部屋に運んでくれる。


「ごめんなさい…私、またお父様に怒られるわね…」


そう言ってヘラっと笑った。


「あなたって人は…本当にもう」


何とも言えない顔をしているヴァン。私をベッドに寝かせると、すぐに氷枕とおでこに冷たいタオルを当ててくれた。それがとても気持ちいい。


しばらくすると、医者がやって来て診察をしていった。どうやら、疲れからくる風邪との事。薬を飲んで安静にしていれば、すぐによくなるらしい。


診察後、すぐにヴァンが薬を飲ませてくれた。


「さあ、お嬢様。あなたは病気なのです。ゆっくり休んでください」


「ええ…ありがとう…ヴァン」


ヴァンにお礼をいい、ゆっくり目を閉じた。すると…


凄い勢いでドアが開いたと思ったら、お父様が入って来た。


「おい、ジェシカ!お前、何て事をしてくれたんだ!お前が倒れたせいで、私が客たちに頭を下げる羽目になったではないか。殿下や王妃にまで文句を言われるし。本当にお前は、どうしようもない奴だな!この役立たずが」


お父様が拳を振り上げた。殴られる!そう思ったのだが…


「旦那様、お嬢様はご病気なのです。本当は朝から体調が優れなかったのに、無理をして今まで頑張っていらしたのです。どうか暴力はお止めください」


お父様の手を掴み、そう訴えたのはヴァンだ。


「お前は従者の分際で私に逆らうなんて…まあいい、とにかく、これ以上私に恥をかかせるな。いいな」


そう吐き捨て、部屋から出て行った。


「ヴァン、ありがとう。でも、お父様に逆らって大丈夫なの?あなたが酷い目に合わない?」


お父様の事だ、ヴァンに酷い事をしないか、心配でたまらないのだ。


「私の事は心配しないで下さい。それより、今は病気を治すことだけを考えて下さい」


そう言って私に布団を掛けてくれたヴァン。その優しさが嬉しい。


「ありがとう。ヴァン、今日はずっと傍にいて。お願い…」


病気で心身共に弱っているせいか、今日は妙に心細い。ヴァンの温もりを、感じていたいのだ。


そんな私の言葉に、ヴァンはかなり驚いている様子。それでもいつもの優しい顔に戻ると


「仕方ないですね。今日はお嬢様の誕生日です。今日だけ特別、あなた様の我が儘を聞いて差し上げましょう」


そう言ってほほ笑んでくれた。


今日だけ…

いいえ、あなたはいつでもどんな時も、私の我が儘を聞いてくれる。そして、私を助けてくれる。近くに座っているヴァンの手をそっと握った。温かくて大きな手。やっぱりこの手を握ると、落ち着くわ。


「ヴァンの手は、大きくて温かくて触ると落ち着くの。だから、今日は手を握っていてもいい?」


「今日のお嬢様は、随分と甘えん坊ですね。あなた様がそれで落ち着くなら、ずっとこうやって手を握っていますよ。さあ、少し眠ってください」


そう言うと、再び私に布団を掛けてくれた。ヴァンの手の温もりにすっかり安心した私は、その後夕食の時間までゆっくり眠った。


夕食時も、食欲のない私の為に、ヴァンが食べやすい果物やスープを準備してくれた。そういえば、前世では風邪をひいた時はよく卵粥を食べていた。なんだか急に卵粥が食べたくなったが、ここにはお米がないのだ。


「お嬢様、どうされたのですか?体調が悪くても、少しは食べて下さい」


私が中々食事をとらないので、ヴァンが心配そうに声を掛けてきた。卵粥以外は、今は食べたくないのだ。


「仕方ないですね。はい、口を開けて下さい」


スープをスプーンですくうと、ヴァンが私の口に入れてくれた。


「美味しい。ヴァン、もう一口頂戴」


「仕方ないですね」


そう言って、また口にスープを入れてくれた。なぜだろう、ヴァンが食べさせてくれるだけで、急に食欲がわいてきた。結局最後までヴァンに食べさせてもらった。


そして再びベッドに横になり、すかさずヴァンの手を握った。


「ヴァン、今日はずっと傍にいてくれるのよね」


「ええ、今日はずっと傍にいますよ。だから、ゆっくり休んで、早く元気になってください」


やっぱりヴァンは誰よりも優しい。病気になるのは辛いけれど、こうやってヴァンが甘やかしてくれるなら、病気になるのも悪くないわね。


この日私は、幸せな気持ちに包まれながら眠りについたのであった。



※次回ネイサン視点です。

よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る