7.噂
「そういえば蓮は魔王って噂知ってるかにゃあ?」
「魔王?」
唐突な問いに蓮は首を傾げながら、その言葉を同じように口に出す。
衛星の録画映像を見てから一時間。
瞳狐先生はなにやら調べ物をすると言って、パソコンを打つのに夢中になってしまったので、仕方なくラナが読み漁って放置した漫画たちを片していた。
あと少しというところで、今までパソコンに嚙みついていたはずの瞳狐先生が唐突に話しかけてくる。
蓮は手を止め、質問された言葉を頭の中で何度も
そういえば、ほんの少し前にその『魔王』という言葉を耳にした。
自称『忍者』の少女、
どっからどう見ても忍者とは言い難い派手な見た目に、何やらドジそうな体質。
そんな自称忍者が蓮に対して「あなたは魔王なのか」と聞いてきていた。
最近だとそこで初めて魔王という言葉を耳にしたか。
しかし、うーん。明らかに本物の忍者には見えなかったし、説明するのも面倒だ。
「いや知らないですけど……魔王ってあの魔王ですか?」
蓮は先程の記憶を脳の奥に押しやる。しかし、自称忍者から出た言葉がまさか瞳狐先生から聞けるとは思わず、虚をつかれたような顔で聞き返してしまう。
「どの魔王のことを言ってるのか分からにゃけど……たぶんその魔王じゃにゃいかにゃ~?」
自分から質問したはずの瞳狐自身もよくわかっていないかのようなあいまいな返事だ。
「それがどうしたんですか? あ、調べ物ってゲームですか……」
「いやいや違うにゃあ! 実はその魔王の噂が巷では有名なんだにゃ。尾ひれもたくさんついてるみたいにゃけど……最近だと手下を作ってあちこちで女の子を襲ってるなんて噂もあるにゃ!」
はぁ、とため息交じりに蓮に呆れた視線を向けられた瞳狐は慌てて首を振り、その質問の意図を説明する。
「下世話な魔王もいるもんですね。……はあ、この現代社会で何を非科学的な─────あ」
蓮はそういいながら、二人の人物が視界に入り出かけていた言葉が喉奥に戻る。
そういえば非科学も何もないのだった。だってそれを超える人物を二人、いや三人も蓮は知ってしまっているのだから。
「少なくても非科学的とか現実的じゃにゃいとかはこの世界では通用しないにゃね~」
「ということはその魔王って噂は本当なんですか!?」
瞳狐の意味ありげな言葉に蓮は勢いよく顔を上げる。
今まで聞いたことのない噂だが、それが実在するかもしれないという
しかし蓮とは裏腹に、瞳狐先生は少し低い声で唸る。
「う~ん。昔はいたにゃあ」
「え!?」
「瞳狐先生も分からないくらい昔の話にゃあ~。どんな、人だったかも、どんな話があったかも忘れちゃったにゃあ~。それにこっちの世界の話じゃないし今はあんまり関係ないにゃ」
蓮の上がっていくテンションに若干引きつつ、瞳狐先生は幼いころに聞いた昔話を思い出すかのように頭に手を当て、唸りながらそう教えてくれる。
しかし、魔王よりも気になることが瞳狐先生の口から聞こえた気がする。
「え、こっちの世界じゃないってなんですか?」
「にゃ? そのままの意味にゃ。そんなことより、こっちの世界での魔王の噂のはなしにゃあ!」
「そんなことって……今かなり重大な話を聞いたんじゃないのか、俺?」
蓮はまさかの発言に呆然とする。こういうのは一(いち)高校生が知っていい話だったのだろうか?ことと次第によっては世界の……ってそれはもう魔法やらなんやらの時点でそうか。もしかしたら蓮は歩くトップシークレット内包人間になってしまったのかもしれない……ぶつぶつぶつ。
「聞いてるにゃあ~?」
「ハッ、やめて! 俺は吸魂鬼に対抗する魔法なんて知りません!」
「なに言ってるのにゃ……」
妄想に浸りすぎて、とっさに声に出てしまった。
瞳狐先生から向けられるしらっとした視線に顔が真っ赤になっていくのを感じるが、表には出さないよう一度咳ばらいをし、何事もなかったように仕切りなおす。
「え、えっと何の話でしたっけ」
「蓮がエク〇ペクト・パト〇ーナムを使えないって話にゃ」
「分かったからもうやめて! 胸が苦しいぃぃい!」
ニヤニヤと笑う瞳狐先生の口撃に、すました顔をしていた蓮はすぐに崩れ顔を手で覆い転げまわる。それを見て瞳狐先生は指をさしながら大笑いし、同じように転げまわった。
後に『夜の保健室から響く男の悲痛な叫び声と女の不気味な笑い声』として学校七不思議になるのだが、今はまだ知らない……。
十分ほど笑い転げようやく満足したのか、目尻に溜まった涙を拭い立ち上がる。
「にゃはぁ~いっぱい笑ったにゃあ~……にゃ、にゃぷぷぷ」
「そらどうも。で? いったい魔王がなんなんでしたっけ?」
「あ~そういえばそういう話だったにゃあね~。エクスペク〇・パトローナ〇でド忘れてしてたにゃあ~」
「だからもういいって言ってんだろうが!!」
散々笑い転げたのに、またもいじろうとする瞳狐先生に間髪入れず抗議する。
顔を真っ赤にして声を荒げる蓮にさすがにこれ以上はまずいと思ったのか、瞳狐先生はコホンと咳払いをする。
「それじゃあ話を戻してにゃと。えっとさっき言いたかったのはにゃあ、結論から言うとこっちの世界の魔王の噂はたぶん本物じゃにゃいにゃ」
「な、なんだ……」
瞳狐先生の出した結論に蓮はあからさまに肩を落す。
うすうす分かっていたことではあったとしても、なんだか全身の力が抜けるような脱力感がドッと襲い掛かってくるようだ。
「そんな落ち込む事にゃいにゃ。あっちの世界の魔王も見た目は全然魔王ぽっくなかったから、こっちももしかして同じパターンかもしれないにゃ」
「それじゃあ……!」
「……まあ、あっちの魔王様は常にあらゆる場所で災害並みの被害を及ぼしまくってたからにゃ~。こっちの魔王様が優しいだけかもしれにゃいけどたぶん偽物にゃね」
「結論出てるならなんでこの話したんですか」
噂とは確実ではない話のことだ。しかし、瞳狐先生の中では結論が出ている様子。ウキウキと聞いていた蓮の中にいる中学二年生の少年は顔を出した途端引っ込まさせられ少しムスっと膨れている。
上がった肩をまた落す蓮に瞳狐先生は苦笑いしつつ、口を開く。
「そこにゃんだけどにゃ~。この噂、実は最近流れだした噂らしくてにゃあ~。調べてみたら、研究所の爆発が起こった次の日から起こってるのにゃ」
「え?」
瞳狐先生の言葉は落ち込んでいた蓮もさすがに聞き逃せないものであった。
蓮は瞳狐先生の目を見る。今までの話の流れから、その話をするということは……。向けられた表情から蓮が何を思ったのか察し瞳狐先生は肯定を示すようにうなずく。
「十中八九白い奴かその子が噂の元だと思うにゃあ~。実際に現場を見られて流れた噂なら白い奴、勘のいい人が何かを感じ取って流した噂だったらその子って感じかにゃあ~。これは調べてみないと分からにゃいにゃね」
「ラナが魔王か……」
「その子のことだって決まったわけじゃにゃいけどにゃあ~。でも、魔力に気付ける勘のいい人間は少なくないにゃあ~。どっちも可能性はありありにゃね」
魔王という言葉通りの存在でないにしろ、ラナが世間ではそう呼ばれているらしいことに蓮は驚きを隠せなかった。たしかに、今朝唐突に表れ蓮の常識も生活もガラッと変えた点でいえば魔王と言えるかもしれない。
しかし、そこであることに気付く。
「でも、先生はなんでこの話を? 確かにラナと白い奴に関わることですけど……別に直接関係のない噂程度のことなら話す必要はないんじゃ?」
確かにラナと白い奴に関わることではあるが、世間が流した噂など別に大した情報ではない。「へ~そうなんだ」で終わってしまう話だ。
瞳狐先生がなぜ急にこの話をしだしたのか、その意図が分からず頭を傾げる蓮。
そう聞かれた瞳狐先生は悩むでもなく、
「面白いと思ってにゃ!」
と答えた。
「なんだそれ」
蓮は敬語を忘れそう突っ込んだ。
───────────────
「にゃあ~」
真っ暗になった学校で唯一蛍光灯の光りが輝く一室。
その部屋には沢山の薬と医療器具、ベットが配置されている。そう保健室だ。
そんな保健室で一人疲れ切った声を出す女性がいた。
肩より少し上あたりまで伸びた明るいきつね色の髪。
人間離れした、まさに美貌(うつくしいかお)という言葉にふさわしい相貌。
保健室にはぴったりの白衣に身を包み、独特な言葉遣いを女性教師。
九重 瞳狐だった。
瞳狐は疲れ凝り固まった体をほぐすため、座ったまま伸びをする。と、もたれかかった椅子のきしむ音が、ハッキリと耳に届いてくる。
「寂しいにゃ~」
自分の声と椅子のきしむ音しか響かない、静かになってしまった保健室をぐるりと見渡し、そうぼやく。
先ほどまで、賑わっていた(瞳狐主観)のに、今では散らかされた漫画も元通り片されている。
少し前までいた蓮とラナは随分と遅くなってしまっている時間を確認すると、足早に帰ってしまった。
なので今は一人なのだ。
「あなたが寂しいですか……」
「にゃ?」
一人しかいないはずの保健室に、もう一つどこかから声が聞こえてくる
その声に瞳狐先生は一瞬驚くも、すぐにその声の主を理解し表情が明るくなる。
「ひーちゃんにゃ!」
親し気にそう名前を呼ぶ。
だが、すぐにその名前を呼んだ相手の姿がないことに気付く。
「あれ? でも姿が見えないにゃ?」
「用事があったので今はもう家ですよ。学園には帰ってません」
「なるほどにゃあ~」
姿がなく、凛々しい女性の声だけが聞こえる状況にクエスチョンマークを浮かべるが、説明され納得する。
「あ、でもこうして観に来たってことは何か用事がある─────って、ひーちゃんがわざわざ観るなんて一つしかにゃいにゃあ~」
「……!」
瞳狐が茶化すようにそういうと、姿は見えないが恥ずかしそうにしているのが伝わってくる。
なにをとは言っていないがどうやらアタリだったようだ。
「こ、コホン。それで? 魔王様はどうでしたか?」
気を取り直すように、咳ばらいを入れると瞳狐が予想していた通りの言葉を言ってくる。
まるで、先ほど恥ずかしがっていたのを無かったかのように冷静な声で質問する声の主に苦笑いをしつつ瞳狐は口を開く。
「変わった様子はないにゃあね~。一回暴走しそうな感じはあったにゃけど、ほんの一瞬だったしにゃんとも言えないにゃね」
「そうですか……。でも何かしら変化はあったようですね。今回はそれでよしとしましょう」
瞳狐の報告に対し、何やら考えるように間が空くがすぐに、少し明るくなった声音で返事が返ってくる。
しかし、逆に瞳狐はムスっとしたような少し不満そうな顔をする。
それを観ていたひーちゃんと呼ばれる女性はそんな様子の瞳狐に声をかけた。
「? どうしました?」
不満そうにする瞳狐に声をかけるが、すぐに口を開こうとせず何かもごもごと言いよどむ。
だが、抑えていられなかったのか、やがて口を開いた。
「……今まで、何もなかったのに……こんな簡単なことで……」
「瞳狐」
「!」
不満を口にする瞳狐に、声の主は静かに瞳狐の名前を呼ぶ。
声を荒げるわけでもないその呼びかけだったが、瞳狐は傍から見たら過剰ととられかねないほど肩を揺らした。
「あなたの不満は分かります。そして寂しさも。……でも変化はあったんですよ? それでよしとしましょうよ」
「……」
声の主の言葉に瞳狐はしぶしぶ頷く。
そしてそのまま顔を俯かせてしまった。
「……そろそろ遅い時間ですね。調べ物もいいですが、あまり無理をしないでください」
「……にゃ」
気遣う声に、気のない返事で返す。
声の主はそんな様子に溜息を吐く。
そして最後に、
「─────あ、それと最後に。言葉遣いがそのままでしたよ」
と、言い残すとそれ以降声は聞こえなくなった。
───────────────
─────とある場所。
そこは、暗く、とても散らかっていた。
光は四面の壁一帯に埋め尽くされた謎のカプセルと、何かに繋がった沢山の電子機器からのみ。
そんな場所で、
「ちっ……これだから失敗作のガラクタどもは─────」
目の前に浮かぶ液体と何かが入ったカプセルに拳を叩きつけながら、男はそう吐き捨てた。
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