sideローズの母親

 

 私はリディエンダ王国の二大公爵家の1つ、ミュゼラン公爵家の三女として生まれました。

 仲の良い姉妹でしたが、魔力検査の結果私がミュゼラン公爵家を継ぐことになり、姉たちとは少々疎遠になってしまいました。


 私からすれば、お父様が選んだ相手としか結婚できない私よりも、ミュゼラン公爵家の分家の中でとはいえ複数の人たちの中から自由に選べる姉たちの方が、よほど羨ましいです。

 でも、姉たちや世間からすれば、将来の公爵夫人は羨む身分なのでしょうね。

 公爵になって、自ら采配をふるえるならまだしも、公爵夫人……。

 なんて退屈なんでしょう。


 機械的に公爵令嬢として義務づけられていることをこなす、色褪せた日々。

 お父様が婚約者として選んだハインリヒは凡庸な人で、私は何の希望も持てずにいました。


 そんな日々に、一筋の光が射し込んだんだのです。

 ケイン・グルーデスト様。

 黄金の髪に黄金の瞳の、光の化身のような麗しい男性。

 あの御方をリディエンダ王国立魔法学院で一目見た時に、生まれて初めてときめきを覚えました。


 でも、残酷なんですね。

 ケイン様はミュゼラン公爵家と犬猿の仲の、光属性の大家であるグルーデスト公爵家の嫡男だったのです。


 他の家の男性なら、必死でお父様と交渉すれば、ハインリヒから婿養子を変更してもらえるかもしれないのに。

 グルーデスト公爵家では、婿にきてもらうことも、姉のどちらかにミュゼラン公爵家を継いでもらって嫁ぐことも、どちらもできはしません。


 おお、ケイン様。

 貴方はどうして、グルーデスト公爵家なの。


 駄目だと頭ではわかっていても、このときめきは止まりません。

 熱心に会いに行く足を止められずにいたら、なんとケイン様も私を好きだと言ってくれたのです。


 私、とても幸せです。

 誰にも私たちの関係は秘密にしないといけないし、ハインリヒと結婚するまでの約束だけど、それでもいいのです。

 私とケイン様の愛は真実の愛なのですから。


 いよいよ明日は、ハインリヒとの結婚式。

 真面目で、堅物で、面白味が全く無い男と一生を添い遂げないといけないなんて……。

 私って、この世で一番かわいそうな女ですね。


 ケイン様、どうか私の初めてを、女性として大事なものを、受け取ってください。

 初めては貴方でないと、嫌。

 この1度きりの思い出を一生の宝物にして、残りの人生を貴方のことだけを想って生きていきたいのです。

 大丈夫、女慣れしていないハインリヒのことだもの、初めてかそうではないかなんて、わかりはしません。

  

 ……どうしましょう、結婚式からたった3ヶ月で、妊娠が発覚しました。

 結婚式前日のケイン様、結婚式当日のハインリヒ。

 こんなにすぐの妊娠では、どちらの子どもかわかりません。

 大丈夫、たった1度で妊娠なんてしないでしょう。

 ハインリヒとは結婚して以来ほぼ毎日営んでいるのですから、絶対にハインリヒの子どもです。


 本心では、ケイン様の子どもがほしいです。

 でも、私とケイン様は、秘密の恋人。

 気持ちだけは一生繋がっているけれど、美しい思い出を最後に、もう現実では会えないと決めたのです。


 生まれたローズとお父様が名付けた女の子は、ミュゼラン公爵家特有の黒髪黒目でした。

 誰がどう見ても、私とハインリヒの子ども。

 ハインリヒも、お父様もお母様も、誰も疑ってやしません。


 内心少し残念に思いながらも、私はローズをかわいがりました。

 私一番はケイン様ですが、我が子であるローズは、二番目にしてあげてもいいかもしれません。

 翌年にはリリーも生まれました。

 ハインリヒのことは恋心も愛も感じませんが、家族としては穏やかにいられる人で、ときめきは無くても夫婦なんてこんなものなんだろうと思い始めていた頃、それはやってきました。


 ローズがなんと、光属性魔法の素養を持っていたのです。

 魔力検査の関係者に公爵家の権力と大金を使って口外を禁じました。

 でも、問題はそこではありません。


 ハインリヒは私を問い詰めました。

 黙っていても隠しきれないと、私はケイン様との関係を洗いざらい白状いたしました。

 ハインリヒが全てをのみこみ、ローズは属性魔法の素養無しとすれば済むと、簡単に考えていたのです。


 しかし、そうはいきませんでした。

 ハインリヒは、私のことを愛していたのです。

 ケイン様が私の唯一であるように、ハインリヒの唯一は私でした。


 ハインリヒは、怒り狂いました。

 そして、人格が180度変化してしまったのです。

 ケイン様とハインリヒの間の詳細なやり取りはわかりません。

 私が知ったのは、全てが終わった後でした。

 ケイン様とハインリヒが決闘し、ハインリヒはケイン様を殺してしまったのです。


 グルーデスト公爵家と綿密に話し合い、両家の名誉のために、表沙汰にはしませんでした。

 事情を知ったお父様とお母様は、全面的にハインリヒの味方です。


 私は愛するケイン様を失った上に、家族にまで冷たくされてしまうの?

 そんなこと、受け入れられません。

 ローズが、……ローズさえ、光属性魔法の素養なんて持っていなければよかったのです。


 ……そう、ローズが悪いのです。

 ローズのせいで、ケイン様が、私の愛しいあの人が、死んでしまったのです!

 ローズのせいで!

 あんな子、私の子どもではないわ!


 ハインリヒ様の憎しみの矛先がローズに向かうのを、私は止めませんでした。

 だって、あの子が悪い子だからいけないんですもの。

  

 ローズが領地行き、関わらなくなってからは、表面上我が家は問題なく家族をしていました。

 でも、実態は違います。

 ハインリヒの笑顔の仮面の下には、怒り狂ったあの日の激情が、いつまでも残り続けていたのです。


 変貌したハインリヒによって、ミュゼラン公爵家の実権は徐々にハインリヒに移行していき、予定よりかなり早くお父様はハインリヒに引き継ぎ引退いたしました。

 お父様とお母様は、ホッとしたことでしょう。

 何も知らぬのはリリーのみで、ミュゼラン公爵家はもはやハインリヒの支配下にあるのですから。


 当主交代により、ローズが王都に来ることになりました。

 ハインリヒはローズに関して心づもりがあるようで、社交界プレデビューをさせる気でいるためです。

 私はハインリヒが何を考えているのか、恐ろしくてしかたがありません。

 母親をこんなにも困らせるなんて、本当にローズは悪い子です。

 下手に関わってハインリヒの怒りに触れたくありませんので、リリーにも言い聞かせ、徹底的に関わらず、全てハインリヒに任せました。


 グルーデスト公爵家でずっと空白だった後継者が決定したとの発表があってすぐ、ハインリヒはグルーデスト公爵家にローズの縁談を申し込みました。

 私は全く思ってもいないことでしたが、冷静に考えれば、ローズを結婚させずに一生軟禁状態にするのでなければ、嫁ぎ先は1つ、グルーデスト公爵家しかありません。

 私は素直に、ハインリヒに素晴らしい案だと伝えました。


 その時のハインリヒの顔は、一生記憶に残り続けるでしょう。

 復讐を成し遂げんとする、鬼の顔。

「貴女の夢を叶えるのは、貴女の嫌いな娘だ」

 私はハインリヒという1人の人間を、跡形もなく壊してしまったのです。

 そして私はその鬼に、一生逆らえず、従い続けるのです。


 その後の記憶は、あいまいなものしかありません。

 誰かと話し合ったり、ハインリヒを刺激しないようにリリーをなだめたり、たくさん人がいるところに行ったり、一瞬意識がはっきりした時だけその場しのぎで行動しました。

 合っていたのか、間違っていたのか、何もわかりません。


 でも、少しだけ長く、意識がはっきりしていた時がありました。

 それは、リリーの前にローズが凛と立っていた時です。

 ローズが言っている言葉は、全く耳に入りませんでした。


 私にわかったのは、私似だと思っていたローズが、今ではケイン様似であったということです。

 ああ、ケイン様。

 そこにいらっしゃったのですね。


 私の意思は、今後全てハインリヒに委ねます。

 私はもう、何も見たくないのです。

 さようなら、ケイン様。

 来世ではどうか、貴方と結ばれますように。

  

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