あなたによく似たわたしとあなた

エリー.ファー

あなたによく似たわたしとあなた

「次からは、ここで死を待つようにしましょう」




 言葉と文字の違いを明確にしなければ、僕たちはここから出られない。成長しなければならないという呪いに拘束されていると言っていい。何もかも犠牲にしなければならないのだから、自分を捧げたいと願ってしまうのは逃げなのかもしれない。重要だと言い切れる浅はかさが欲しい。冬のような願いごとを秋から春にかけて、一生分積み重ねて水に流したいのだ。黒い石を置いて。赤い渚に目を抜かせる。




「こんなことをしても無意味です」

「何故、無意味だと言える」

「望ましい結果が出るとは思えません」

「結果は出るじゃないか」

「でも、不幸になるだけです」

「別に一生分じゃない」

「一生に一度だけの願いを積み重ねて、ここに立とうとしている者たちに恥ずかしくないんですか」

「命の瞬きだよ」

「これしか方法がないということですか」

「それは、最初から分かりきっていたじゃないか」




「あなたによく似た花がありました」

「綺麗でしたか」

「とても、綺麗でした」

「何という名前の花ですか」

「分かりません」

「分からないのに、紹介しようとしたんですか」

「すみません」

「勘違いを繰り返して大人になるんです」

「今のは勘違いではなくて、間違いです」




「ミスター」

「はい」

「ミスター、そこにいるのかい」

「おりますとも」

「ミスター、喉が渇いたから水を持ってきておくれ」

「承知しました」

「ミスター、風を浴びたいから窓を開けておくれ」

「承知しました」

「ミスター、幸せになろうとしたのかい」

「はい」

「で、なれたのかい」

「気が付くと、夢はすべて叶っていました」

「それは何より」




 頼むからここで泣いてくれ。

 他の場所だと君の声が響いてしまう。

 分かるだろう。

 このステージに僕らの居場所なんてないのさ。

 勘違いをしてはいけない。

 僕らはずっと、このステージに憧れ続けていただけなんだ。

 分かっただろう。

「あなただけ」




「死とはなんですか」

「何者にもなれなかった人々の永い言い訳」

「善とはなんですか」

「オナニー」

「完全とはなんですか」

「夢のまた夢」

「情報とはなんですか」

「人間に最も近づいた概念」

「死刑とはなんですか」

「一応の着地点」

「千年とはなんですか」

「ほんの少し前。ほんの少し後」

「未来とはなんですか」

「未踏」

「心はなんですか」

「そんなものはない」

「自由とはなんですか」

「春と夏の間と夏と秋の間の期間」

「困難とはなんですか」

「本人が納得するために必要な壁」

「言い訳とはなんですか」

「小説」

「弱音とはなんですか」

「評論」

「戯言とはなんですか」

「辞書」

「奇数とはなんですか」

「高潔」

「偶数とはなんですか」

「なれ合い」

「平行四辺形とはなんですか」

「ヤリチン」

「正方形とはなんですか」

「童貞」

「菱形とはなんですか」

「教授」

「穴とはなんですか」

「人による」

「空とはなんですか」

「触れぬように避けて来た天井」

「地球とはなんですか」

「偽物」

「時間とはなんですか」

「傷を抱えた化け物」

「傑作とはなんですか」

「すべて」




 雪だるまが一体。

 春を待っていた。

 死を待っていた。

 しかし。

 雪だるまは一年、二年、三年、四年、五年と生きた。

 雪だるまを作った者たちが先に死んだ。

 雪だるまはまだ生きている。

 そのうち、何もかもできるようになってしまった雪だるまは、すべて集めきってしまった。

 物質も、概念も、感情も、他者も、立場も、権力も、世界も、名声も。

 森羅万象も。

 雪だるまは、もう自ら動こうとはしない。

 雪だるまはパフェが好きだそうだ。

 今日も雪だるまは、知り合いと一緒にパフェを食べに行く。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたによく似たわたしとあなた エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ