第7話 涙

 僕は固まってしまった。言われてみると、真に彼氏ができる所を想像したことがなかった。

 真に彼氏ができたら、僕はどうするのだろう。当然、真が僕と過ごす時間は減るだろう。僕は男子達とはつるめない。でも真みたいな女子はそういなくて、ちょっと話すだけなら別として、いつも一緒にいて楽でいられる女の子なんて他にいない。

 たとえば僕が他の女の子達の輪の中に入って、四六時中おしゃれだとか、恋愛だとか、かっこいいと思う芸能人なんかについての話に付き合わされるような毎日になったら、心が病んでしまいそうだ。

 谷村さんと一緒にいられたら嬉しいけど、それはそれで緊張しすぎて平気でいられない気がする。僕と話してた時の遠藤君みたいになるかもしれない。

 もしかして僕は、真がいないと学校でやっていけないのではないか。

 そういう立場の弱さに気付くと、急にこれまでの自分の言動が反省されてきた。

 さっき少女漫画の場面を連想したからかもしれない。今度は別の少女漫画の内容が頭に蘇って来た。

 その話は、優しいけどブス……というか、あんまり男うけのしない感じの女の子が主人公だ。それから、顔は可愛いけどその子をことあるごとに虐める女の子がいて、二人とも同じ男の子を好きになるのだけれど、最終的には優しい女の子が好きな人と結ばれるという結末だ。

 性格の悪い方の女の子が主人公にやった嫌がらせの中にこんなのがあった。好意のある友人みたいに近づいておいて、何にも意図してない風を装って、女の子がとても傷つく言葉や態度をさりげなくぶつける。主人公が女の子らしい事を言ったら凄く意外そうな顔をして見せたり、恋愛なんかに興味無さそうだと言って見せたりとか。

 これって、さっきの僕の発言そのままではないか。大切な親友に対して、傍から見たらフィクション世界の悪女みたいなことをしていたと思うと、恥ずかしさと背徳感に身悶えしたくなる思いがあった。

 ひょっとして真は、僕のそういう言葉に気を悪くしているのだろうか? あるいは、本当に好きな人がいて言っているのだろうか? どちらにしても僕は苦しい。

 自分が頼りない表情をしているのが分かる。

 恐る恐る真に聞いてみた。

「真、好きな人がいるの?」

「いないけど」

 即答だった。ほっと胸を撫で下ろす。じゃあ、やっぱり気を悪くしている方だろうか。

 思えばこれまで、僕は真をほとんど男みたいに思ってきた気がする。

 真は言葉遣いがぶっきらぼうで、男子と口論するのだって躊躇わない。僕よりも背が高くて服の趣味だって中性的だ。小学校二年生の時にジャングルジムから落ちた時以来、真の泣くのを見ていない。

 真は男らしい。

 僕は男っぽい女子と好んで仲良くしてきたのだから、必然ではある。

 しかし真は僕とは違う。

 真は女の子だ。男子に恋をするのは当然だし、彼氏が欲しいと思っても全然不思議ではない。女の子らしく見えないからってそんな気持ちが無いと決めてかかるのはひどい暴力だ。

 僕は真に甘えていたのかもしれない。

 男らしい女子を見つけて、勝手に自分の同類に出会ったような気になって、一人で安心していたのかもしれない。

「男らしいこと」と「男であること」は全然違うはずなのに。

「女であること」と「女らしいこと」も同じように違うはずなのに。

 それを一緒くたにされてしまう寂しさを、僕はよく分かっているはずなのに。

 自分だけ楽になって、真に同じ寂しさを押し付けてきたのだとしたら、僕は最低な奴だ。

 真はずっと傷ついてきただろうか? 今日のことだけでなくて、今まで、ずっと。

 女の子は嘘を吐くのもうまい。真がそっちの才能も持ち合わせているのかというのは謎だけれど、もしそうならきっと僕には見抜けないから。

「どうしたんだよ? 暗い顔して。本当だぞ?」

 真は優しい。僕が元気のない風にしていると、いつも心配そうに聞いてくれる。こんな時でも。そうやって気を遣わせてしまうことが、僕は情けない。情けなくて、視界が滲む。真の顔がぼやける。

 真は慌てた様子で言った。

「泣くなよ。あたしが悪かった。ちょっと聞いて見たかっただけだよ。あたしが男にとられたら、そんなに寂しいか?」

 寂しいかと聞かれたら、そんなのは決まっている。

 僕はゆっくりと頷いた。

 そしたら、真の手が伸びてきた。

 僕の頭を撫でた。

 ぼやけた視界の中でも真の表情が分かる気がした。優しい声が聞こえた。

「大丈夫だよ柳川やながわ。あたしはどこにも行ったりしないから」

 胸が熱くなる。心が乱れる。我慢できると思っていたのに、気付いたら頬を伝うものがあった。謝らなきゃいけないのは僕の方なのに、言葉がうまく出てこない。

 真は僕が落ち着くまでそうしていた。

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