第5話 歪な恋バナ


***

 

「なあ柳川やながわ、聞いてる?」

 真がこちらを覗き込むようにしていた。

「え? ごめん。少し考え事してた」

 僕達は『フォーリンドーナツ』という店のテーブル席でドーナツを食べていた。僕はシュシュみたいな形の、生クリームの入ったやつを齧る。クリームが口の中で甘く蕩けてゆく。真はチョコレート味の茶色いのを頬張っていた。

「だからさ、クラスの男子達がさ、あたしらがいつも一緒にいるのをからかって言ってくんの。あいつら付き合ってるんじゃね、って」

「そうなんだ」

 気の無い返事を返しつつ思考を巡らせる。今度ドーナツを作ってみようか。今日のお礼にご馳走したら、真はきっと喜ぶと思う。味はチョコレート。

「ほんとあいつら下らないこと考えるよな。お前はどう思う?」

「え? そうだね」

 意見を求められるとは思わなかったのでちょっと考えてしまう。

「……それってさ、どっちが男役とかあるのかな?」

「ああ。うーん、そりゃああたしが男でしょ? あたしの方が背、高いし」

 確かに真は男子に混じってもそんなに目立たない。比べて僕はわりと小柄な方だ。

「でも――――――」

「それに、柳川やながわはどう見ても美少女って感じだもんな」

「やめてよ」

 真が屈託の無い笑顔で言うのを聞いてしまうと、強く言い返せない。

「あ、けどさ」

「けど?」

「あたしはお前みたいな男子もありかなって思う。彼氏にしてもいいかも」

「え?」

 唐突な言葉にどきっとする。顔が熱くなるのを感じる。

「ほら、かわいい系の男子って一定の人気があるじゃん。あたし料理できないし、作ってくれたら正直ありがたい。お前みたいな男子がいたら、あたしみたいなずぼらなのには結構もてるんじゃないかな」

「そ、そうかな?」

 冗談で言っているかもしれないから、遠慮がちに問い直してみる。

「うん。というか、お前はどうなんだよ?」

「え? どうって?」

 僕はきょとんとして尋ねる。

「あたしの好み教えたんだ。柳川やながわのも教えろよ」

 真の言葉に、ちょっとドーナツを吹き出しそうになる。慌てて口元を抑えて事なきを得る。

 でもまさか真と僕の会話の中で恋愛トークに花が咲く日がやってくるなんて。周りの女子達が「恋バナ」なんて呼ぶ話題。しかも自然な流れで。明日は天変地異でも起こるのかもしれない。

「そんなに恥ずかしがることないだろ」

 恥ずかしいだけじゃないんだけど、真は気付いていないようだ。僕は少し赤面しながらもちゃんと答える。

「え、と、ね。僕も可愛い系いいと思う」

 可愛くないよりは可愛い方が良いに決まってる。だって僕は男だし。

 騙してるような罪悪感が後ろめたいけれど、真は男のタイプだなんて一言も言ってない。嘘は吐いてない。

 そうしたら真は妙な得心顔でしきりに頷いている。

「ふうん、そうかそうか。うん。やっぱりお前もそうなんだな」

「?」

 僕は怪訝に首を傾げる。

 真は自信満々の表情で僕に言った。

柳川やながわ。お前さ、遠藤のこと気になってるだろ?」

「へ?」

 思いも寄らない名前に裏返った声が出る。

「だってお前、たまに遠藤のことちらちら見てるじゃん。トイレで話した時も、妙にあいつのこと気にかけてた風だったし。それに、前から思ってたんだよな。告られてもいつも断ってるのって、他に好きな奴がいるからなんじゃないかって」

「別に気になってなんかないよ」

 僕の秘密に関わることだから、咄嗟に口を衝いて出てしまった。真は即答した。

「嘘だね」

「何で?」

「何となく」

 女の子というのは嘘を見抜くのが上手い。ずっとそういう輪の中にいたから僕は身をもって知っている。それは真も例外ではないらしい。僕も体は女の子なのだけれど、そんな不思議な観察眼は持ち合わせていない。漫画の中の異能力みたいに瞳に宿る訳ではないみたいだ。

「まあ、ほんとのこというと、遠藤君のこと、気になってないことはないけど」

 でも真の言うような意味ではない。

「だろ? 告ったら?」

「な、なんでいきなりそういう流れになるの⁉」

「え? あんなやつお前が告ればいちころだって」

 さも当然のことを言い聞かせているみたいな口ぶりだった。

「あんなやつって……。というか、真はいいの? 今の話だと、真も遠藤君みたいな男子がタイプってことになるよね?」

 真は何気ない感じで言った。

「ん。あたしはあいつはないわー。だって料理できないし。お前みたいに料理できなきゃ駄目だな」

「ああ、そういう。真は現金だね。けど真、何でそんなこと知ってるの?」

「お。気になるかあ?」

 真が楽しそうに勿体付けて聞いてくる。

「まあ」

「いいよ。教えてやる。あたしあいつと家庭科の班が一緒なんだよ。調理実習の時に遠藤の奴、あたしよりひどいミスやらかしてさあ、出来上がった餃子がとんでもない味に……あの時は本気で遠藤のこと恨んだな」

 真が料理下手なのは昔から知っていた。それ以下ってことは、彼は料理に関して相当不器用みたいだ。

「そうなんだ。真、遠藤君と同じ班だったんだ」

「どうだ? 羨ましいか」

 にやにやと口の端を持ち上げているのがいかにもわざとらしい。

「……まあ」

 遠藤君と話してみたいのは本当だ。誤魔化してもまた見抜かれそうだからやんわりと肯定しておく。ただ、話がどんどんねじれている気がして不安だ。

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