柳川さんは男らしくない

なかみゅ

第1話 ナマゴミノカタマリな遠藤君

 週明けの月曜日。

 僕はいつもの憂鬱な気持ちで教室の戸を開ける。

「おはよう。柳川やながわさん」

「おはようー」

「皆おはよう」

 クラスメイトの挨拶に笑顔で応える。

「今日も可愛いね、柳川やながわさん」

「あ、ありがとう、谷村さん」

 僕は少し頬を赤くしながら谷村さんにお礼を言って、席に付く。谷村さんはポニーテールの女の子で、小さな花形の飾りのついた髪ゴムがよく似合っている。

「おはよ。柳川やながわ

「おはよう」

「お前、真面目だよな。もっとスカート短くした方がきっともてるのにな」

 前の席に座る真がからかうように言ってくる。真は僕の親友だ。

「だって、校則だもん」

 僕はそっけなく答える。

「まあ、柳川やながわは今でも十分もてるからな。あ」

「何?」

「虫」

「え?」

 机の上を見ると、ちっちゃなこおろぎがいた。ぴょんと跳ねた。

「わっ」

 僕は声を上げて席を立った。がたんと椅子が鳴る。急な驚きに心臓がばくばくとする。

 そしたら、隣の席の土田君が立ち上がった。

「ちょっと待ってろ」

 土田君は小箒とちりとりを持ってくると、さっさとこおろぎを窓の外に出してしまった。

「土田君。ありがとう」

「お、おう」

 土田君は照れくさそうで、なんだか誇らしい様子で胸を張っていた。


 一時間目は社会だった。

 二人組になって教科書から問題を出し合うことになった。隣同士だと、慣れてしまってさぼったり真面目にやらなかったりする組があるということで、先生の作ったくじで相方が決められた。

 僕は遠藤君と一緒になった。

「どっちから問題出そうか?」

「ぼ、ぼ、ボクハドチラデモ」

 遠藤君はちょっと挙動不審な様子で、座る姿勢がロボットみたいに角々していた。

「じゃあ、遠藤君先に出して」

 僕が言うと、遠藤君は歴史の教科書をぱらぱらめくった。

「え、えっと、大化の改新が起こった年」

「……七〇一年?」

 暗記系の科目はあんまり得意でない。そもそもタイカノカイシンて何だったろう。覚えのある年号を当てずっぽうで答えてみた。

「あの、惜しい、というか、そっちは、大宝律令の年」

 遠藤君はしどろもどろになりながら、頼りなさげな顔で僕の間違いを指摘した。

 タイホウリツリョウ? とりあえず僕は、他に覚えている年号を脳内で探してみる。

「六四五年?」

「正解」

 何故か遠藤君はとても安堵したように息を吐いていた。

 でも不思議だ。七四一年と六四五年じゃ五十年くらいずれてる。どこが惜しいのだろう?

「次は僕が出すね」

 僕は問題を考えるついでに、タイカノカイシンの頁を開いてみた。

 あった。

 説明が長くて全然頭に入らない。「大化の改新」と書くのは思い出した。

 問題もここから出そう。

蘇我そが親子を倒したのは誰?」

 遠藤君は勉強のできる方だから、きっと簡単に答えられるだろう。それに、さっき彼が問題を出したところの頁だ。

 遠藤君はちょっと困った顔になった。

「確か、二人いた?」

「あ。んー、じゃあ、中大兄皇子なかのおおえのおうじじゃない方」

「えーっと……」

 緊張しているのかもしれない。すぐには出てこないみたいだった。

「な――――――」

「な?」

 頭文字は思い出したようだ。正解は中臣鎌足なかとみのかまたり。でもそこから先に繋がらないようでじっと宙を睨んでいる。

「ヒント、出す?」

 遠藤君はふるふる首を振った。眉を寄せて真剣に考えている。ちょっと頬が赤い。

「な――――――」

 遠藤君が閃いたという風にかっと目を見開いた。

 そしてはっきりと言った。

「ナマゴミノカタマリ!」

「え?」

 生ごみの塊? 

 僕は一瞬ぽかんとしたのだけれど、すぐに察した。

 『ナカトミノカマタリ』と雰囲気が似ていないこともないけれど、『ナマゴミノカタマリ』って。

 思わずぷっと笑いを漏らしてしまった。遠藤君の顔がみるみる真っ赤に染まってゆく。

 彼は僕と目が合わせられないというように、視線を明後日の方向に投げて言い直した。小さくてぼそっとした声だった。

「……じゃなくて、中臣鎌足なかとみのかまたり

「……あ」

 遠藤君の生ごみ発言があまりに衝撃的だったものだから、問題の出し合い中だったのを忘れていた。僕は気まずい空気を払拭するのと、遠藤君の慰めになればと思ってぱっと明るく言ってみた。

「正解! さすが遠藤君!」

 そうしたら、遠藤君はますます恥ずかしそうに目を伏せてしまった。

 僕はちょっと申し訳ない気持ちがした。変に気を遣ってヒントなんて出そうとしたのが、彼を焦らせてしまったのかもしれない。

 幸いにも、ここで先生から元の席に戻る指示があったから、これ以上遠藤君が居たたまれない空気の中に晒されることはなかった。

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