第40話 ハリセンで扇げば尊し(ミクル視点)
「これより卒業証書授与式を行う。名前を呼ばれた生徒は前に出るように!」
体育館の教壇で校長先生自らが立って卒業生を出迎えます。
色々あったこの学校での生活。
私たち三年生はこの日を境に卒業します。
「ケセラ君」
「はい!」
何名かの名前が呼ばれ、いよいよケセラさんが呼ばれる順になりました。
「ミクル、ウチの勇姿をよく見とき」
そう言ったケセラさんがパイプ椅子から立ち上がり、元気よく行進を始めました。
顎を引き、しゃんと伸ばした背筋に前へと振る手の動き。
ただの行進と見せかけて一分の隙のない動きです。
その洗練された綺麗なフォーム、
この日のために練習してきたことだけはあります。
「……要するにただの暇人ということか」
「ジーラ、口を慎みなさい」
「……包み紙はガムを噛んでる時しかいらない」
「そう。そのガムとやらは没収ですわ」
「「「あははははっ‼」」」
二人とは離れた席にいるここからでもジーラさんとリンカさんの声が聞こえてきて、生徒一同が笑いに包まれました。
どうやら包まれたのはガムではなく、人の心みたいですね。
「あのなあ、あんたら、ウチの卒業する瞬間までボケは止めてくれん?」
「……笑いを取れたケセラは今日から有名人」
「こんなんで有名になっても嫌やし、友達ならいっぱいおるんやけど?」
「……ケセラは純真な自分に心の傷をつけた」
「普段から毒舌なのによく言うわ」
ケセラさんが卒業証書を手に持ったまま、ジーラさんと面白いやり取りをしています。
毒をもって毒で制す。
交換条件はお互いの口の悪さでしょうか?
「ジーラ君」
「はひっ‼」
その隙をつかれ、校長先生からの呼びかけに声が裏返るジーラさん。
周りが笑いを堪える中、ジーラさんが勢いよく立ち上がった時、パイプ椅子に足を絡めて壮大にこけました。
「ぎゃふーん‼」
「「「あははははっ‼」」」
笑いの連鎖反応で笑いが吹き出る生徒たち。
でも教師たちは極めて冷静で生徒たちの場を沈めていました。
別に海に沈めたわけじゃないですよ。
こういう事態のマニュアルを想定してか、教師の方が大人な対応だっただけです。
「ジーラ君、卒業証書を取りに来れるかね?」
校長先生も怒ることはなく、優しい気遣いでジーラさんの心配をしていました。
「……無論。勝って兜の帯をしめろ」
「ジーラ、その慣用句の表現法めちゃくちゃですわよ」
「……フッ。この世は分かった者勝ち。相手に想いが伝わればそれでいい」
ジーラさんが保健体育の先生から受け取った松葉づえをついてヨロヨロと立ち上がり、教壇へと向かう。
その勇ましさは評価に値するが、卒業式でも時間は限られている。
たった一人の生徒のために時間は割いていられない。
「ジーラ君、卒業おめでとう」
「……あっ、ありがと」
校長先生自らがジーラさんの前にやって来て、卒業証書を手渡そうとし、ジーラさんは驚いた表情で受け取っていました。
これにはみんなも想定外だったらしく、中では『ジーラちゃん、最高。結婚して‼』と叫んでるパリピな生徒もいました。
「ではリンカ君」
「はい‼」
リンカさんが凛々しい顔つきで席を立ち、校長先生のもとへ足を運びます。
その軽やかなステップで教壇への階段を上り終えた際、思い切って床へとすっ転びました。
「「「あははははっ‼」」」
「痛いですわね。こんな床にバナナの皮とか置いて」
リンカがホコリで汚れたスカートをはたきながら文句を垂れる。
「……自分の笑いが取れなかった時の保険」
「ジーラ、あなたねえー‼」
頭に血がのぼったリンカがジーラの場所に急接近し、華奢なジーラの肩をグイッと強引に掴む。
「さっきのズッコケはわざとなのね‼」
「……わざとではない。あれは自然体」
「天然の間違いじゃないかしらー‼」
「……自分は養殖もののはやし立てるライス派」
「素直にハヤシライスが好きと言えないのかしら? このひん曲がり‼」
「……リンカも人のこと言えない」
「キイイー! 後で覚えてなさいですわ」
こうしてリンカさんも卒業証書を無事に受け取り、いよいよ私の出番となりました。
「ミクル君」
「はい!」
これでいよいよ私も卒業なんですね。
この三年間色々ありました。
今までありがとうみんな。
私も翼を生やして羽ばたきますー‼
「そのミクル君……」
「何ですか? サインなら後でお願いします」
「いや、誠に残念なんじゃが……」
校長先生の顔に影がさす。
これからサスペンス劇場の始まりでしょうか。
それとも別の……?
「えっ、残念うっかりの賞ですか?」
「いや、うっかりしていたワシが悪いんじゃが……」
「もう勿体ぶらないで教えて下さいよ‼」
「うむ……コホン」
校長先生が軽く咳払いをして私の担任教師からのプリントに目を通しています。
ドキドキ、私一人だけ豪華クルージングで海外旅行に行けるとかいうご褒美付きなのでしょうか。
「実は君、留年のようじゃよ?」
「ええっー!?」
私の高校生活はまだ終わりが見えないみたいです。
四人の中で私だけが留年だなんて……。
「……ミクル、安心しろ」
「リンカたちも一緒ですわよ」
「親友を一人にさせんよ」
私が落ち込む間も見せずにいつもの仲間たちが優しく声をかけてきます。
「でもケセラさんとリンカさんは大学があるのでは?」
「そんなん休学すればいい。一年くらい何とかなる」
「リンカも同意見ですわ。一年みっちりミクルちゃんに勉強を教えますわ」
「……自分も専門学校に再チャレンジしたいし」
お三人さん、お侍さんのようにカッコつけるにも程がありますよ。
「皆さん……うるうる」
「いい友達を持ったな。ミクル君」
私が服の袖で涙を拭こうとすると校長先生が白いハンカチを差し出してきました。
私は深くお辞儀をしてそれを受け取ります。
「校長先生、私、これからも頑張ります」
「いや、ええよ。元はと言えばこの状況を理解してなかった教師に責任がある」
「エンガワ教師、お前はこの責任をもって丸刈りの罰じゃ!」
「はっ、大変ご無礼をいたしました‼」
エンガワ先生がその場で正座させられ、他の教師が持参していたバリカンで頭を刈られる。
エンガワ先生はニヒルな笑顔を浮かべて、『さらば宇宙戦艦アフロー』と口ずさんでいました。
「ミクル君」
「君も晴れて卒業じゃ。おめでとう」
「あっ、ありがとうございます!」
校長先生が画用紙に書いた即席の卒業証書を受け取り、私はその場で大きく礼をする。
「じゃあ、行こうか。ミクル。みんなが待っとるで」
「はいっ‼」
私たち四人はこれからも走り続ける。
段ボールを頭から被って列車の真似事をし、チョークで描かれた線路の上をどこまでも、どこまでも──。
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