第33話 鏡開きを前に華麗なる挑戦状(ケセラ視点)

 冷凍庫を開けると溢れるように置かれた四角いもの。

 それは冷凍庫の場所を支配するように我が物顔で存在してた。


「安売りやからって調子にのって、年末に餅を買いすぎたな」


 ケセラはラップにくるんだ餅を見つめながら餅への愛を語り始める。

 あの頃は若かったと……。


「まあ、ウチもフケるわけやな」


 ウチはいくつかの餅を冷凍庫から取り出して電子レンジで解凍に取りかかる。


 今日は否応なしにもあの日である。

 出番は正月しかなかったが、これまで世話になった感謝のお礼がしたい。


「鏡開きに感謝やな」


 鏡開きでもある今日は年に一度の餅を嫌でも食べてくれの行事。


 ──餅に食われて、餅に飲まれろ。

 冬の交通安全週間のイベントで事故に注意みたいだけど、餅を喉に詰まらせて救急車で搬送の事故の方が多いから怖い。

 ちなみに掃除機のノズルを口に突っ込んで餅を取る方法もあるけど、下手したら食道を傷つけるので慎重な対応が必要や。


「うーん。無難に鍋に入れるか、カレーにするか……でもそれ以前にすでに発想が鏡餅レシピやないからな」


 ケセラは首を傾げ、餅を相手にキッチンで色々と悩んでいた。

 普通は大きな鏡餅を包丁で割って食べやすい大きさにするんやけど、これ普通の餅やし、十分なサイズなんよね。


「ハラヘリー、ハラヘロー。ケセラさん、お昼ご飯まだですかあー?」

「いや、ミクル。さっき昼飯食べたばかりやろ」

「えっ、私食べました? いつどこで地球が何回、回された時間ですか?」

「回されたって何やね。その歳で痴ほう症なんて洒落にならんわ」


 昨日もお泊まりしたミクルがひょこっとキッチンに姿を現す。 


 ──ひょこり能天気娘。

 ジーラとは違い、この歳で娘の心配もしない謎の存在でもあるミクルの親たち。

 この娘の家族は放任主義なのか?


「そうですかね。私の感覚ではすでに消化されて昼ご飯の気分なんですけどね」

「まだ食って一時間も過ぎてないで。どんな胃袋してるねん」

「人は私を魔性の胃袋と言いますからね」


 誰が言ったか知らんけど、誉め言葉ではないことは確かやな。


 大方、弁当だけじゃ足りず、クラスメイトのお弁当を拝借してもらったんやろ?

『おお、美味しそうな卵焼きやね、ちゃんと洗って返すから、その弁当箱丸ごともらってもいい?』みたいな。


「この飽食の時代にどんだけ食に飢えとんね、この娘は?」

「確かに高校から学校給食が無くなって飢える頻度は増えましたね」

「だからと言って学食の入り口の食品サンプルを見ながら、おにぎりを食うのは止めてな」

「ご飯におかずは付き物です」

「おかずって何やね、何かの魂がとりついてるな」


 元々、あれは紙だけのメニューだと分からないから展示されてるサンプルであり、お持ち帰りでも、いただきますー的な食べれるサンプルでもない。

 クリスマスケーキに付いたサンタの砂糖菓子のように頭からガリガリと食べれたら話は別やけど……ジャー、ジャーン♪

(BGM、ジョーズのテーマ)


「ところでケセラさん。そのお餅で何を作るのですか?」

「シンプルにぜんざいにしようかとな」

「フムフム。まさかのぜんざいのお言葉が出るとは。甘い一時ですね」

「ミクルは食いしん坊な上に甘党やからな。ベストチョイスやろ」

「個人的には甘党より、自由民衆党に立候補したいのですが」

「こりゃ民衆だけに荒れそうな内閣やわ」


 荒れるのは大型台風だけかと思いきや、一人の人間によって、こうまで生活基準がガラリと変わるとは。

 しかも、そのアイテムがぜんざいだけに……。


「そんなわけでミクルは大人しくリビングで待っててや。今からちゃちゃっと作るから」

「そのちゃちゃっと料理計画に私も参加してもいいですか?」

「いや、ミクルは授業参観では子供のような立場やろ。大人しく待っててや」


 カボチャの真ん中に包丁をぶっ刺して、これどうやって半分に切るの? なんて言う料理音痴な相手やで……。


 恐ろしや、迂闊に作らせたら何の創作料理が出来るやら。

 煮ても焼いても食えないヤツの限定で……。


「ええー、ケセラさんつれないですよ。ジーラさんもリンカさんも待ってるんですよ?」

「おい、勝手に上がらすな」

「だって暇だからどうしてもって」

「あんなあ、ウチの家は託児所やないんやで」

「はい、泣く子も黙る学割食堂ですよね」

「はあー、泣く泣く食堂ね……。それで何で割り引きにする必要があるん?」

「売り上げ金の一部を恵まれない子供に寄付するためにですよ」

「ヨダレ足らしながら言う台詞かねえ……」


 売り上げ金の一部で大量にコンビニのおでんを買うじゃなくて、もう買い占めそうなミクル限定での後ろ姿が脳裏に過る……。

 その切ない後ろ姿は食レポに満ちていた。


「とにかくみんなと大人しく待っててや。ぜんざい以外のメニューも考え中やし」

「ケセラさん、その考え中に私たちも混ぜてもらっていいですか?」


 えっ、今、私たちって発言したよね。

 何のたちが悪い冗談か?


「……まぜまぜ」

「これはこうご期待ですわー‼」


 ウチはお馴染みの二人の追加キャラにひっくり返りそうになる。


「おい、ミクル。ただでさえキッチンは狭いのにギャラリーを増やすな!」

「ええー? ケセラの三分クッキングなら、人数は多い方が賑やかですよね?」

「そういう問題やないやろ。YouT○beの料理動画の撮影でもないし、四人もおったら邪魔でしょうがないわ!!」


 キッチンは縦長だが、通路は狭し。

 人一人がようやく通れそうな場所に四人も群がってるんだ。

 これじゃあ、動きたくても動きようがない。


「……食うて食われるか」

「弱肉飽食の時代ですものね」

「……弱い人間は群れで狩りをする」


 いや、だからな、時と場所を選んでやと心の奥底から叫びたいケセラ。

 彼女は無言で己の欲求と戦っていた。


「ジーラさん、調理された食材の運搬には白馬も必要でしょうか?」

「……メエー」

「おい、それはヒツジやろ?」


 こうして、鏡開きの日さえも空しく時間が過ぎていき、解凍された餅だけが無言で語る。

『ええから、はよワシを解放してくれや』みたいに……。

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