第7話 梅雨、散々、好みに降って(ジーラ視点)

「あーあ、今年も嫌な時期がやって来たわね」


 激しい雨が屋根を叩く教室での昼休み。

 ケセラが自分の席の前でお好み焼きパンを食べながら窓の外を見る。

 この人いつも脂っこい惣菜パンばかりで飽きないのか?


 しかしケセラも傍目から見たら、風情のある美少女ですな。

 中身は空っぽの美少女だけど……。


 ──五月も後半となり、今週から自分たちの地方にも早めな梅雨が来た。

 この女子高の校内では湿気で髪がボサボサになるとか、雨に濡れて登校するのが嫌だと色々言っているけど、そんなに嫌なら北海道に移住すればいい。


 それとも地球飛び出して月に行っちゃう?

 隕石の雨は食らいそうだけど。


「……フフフッ」

「リンカさん、何かジーラさん、一人で笑っていますが?」

「いいのよ。この子の妄想はに始まったことじゃないし」

? その相手はテレビでしょうか?」

「まあ、キッチンで騒がれるよりはマシよね……」


 リンカがため息をつきながらピンクの弁当箱に添えられたミートボールを口にする。

 同じスポーツのボールでもミートボールを受け止めた方が抜群に美味しいはず。


「……リンカ、くれ」

「あげないわよ! これでも材料費かかってるんだから」


 リンカが自分の泣き言を無視して、独裁者な態度で次のミートボールに手をつける。


「……リンカ、じゃあ貸してくれ」 

「レンタルもしてないわよ‼」 


 自分は素直な言葉を出したのに弁当の一品すらもくれない冷酷な女。

 この心の冷たい雪女め、何が目的だ。


「へえー、リンカさん、そのお弁当手作りなのですね」

「今どき感心な若者やな」

「ケセラさん、言っていることがおじさんです」

「おじさんじゃなく、お姉様やろ」

「いえ、ちょっとその設定は無理があります」

「おう、そうか、ミクルちん。ちょっとトイレまでついてきな」


 ミクルとケセラがいつものようにじゃれあう中、自分はハンバーグサンドを平らげ、二個目の栗入りつぶあんパンを頬張る。


 このパンはいつ食べても衝撃。

 ほのかなあんこの味わいが口の中に広がっていき……毎度ながら美味だ。


「……フフフッ」

「あのリンカさん。またジーラさんが一人で笑っていますが……」

「察してあげてよ。あの子、あんパンが大好物だから」


 リンカはああ見えて自分の酒肴しゅこうをよく知ってる。

 でも未成年だからお酒は飲めない……。

 大人になったらグビグビ飲んで酒豪のスキルを習得してやる。

(お酒はほどほどに)


「あんこが好きなんて、まるで耳をかじられた猫型ロボットみたいなやつだな」

「ケセラさん、その耳は食用だったのですか?」

「はあー……これだから天然さんは困るわ」

「えっ、私、輸出もされてませんし、生まれも育ちも日本ですよ?」

「あー、もう勘弁してや」


 ケセラが頭を抱えた後にゆっくりと床に四肢をつける。

 今からここでツイスターゲームでもやるの?


****


「それにしてもこの雨、いつまで降り続けるんやろ」

「一向に止む気配がないですね」


 放課後、下駄箱で待ってもずっと降る土砂降りの雨。

 これじゃあ傘をさしても確実に濡れる。


「ああー、もう覚悟決めて帰るしかないわ!」

「ケセラさん、私も手伝います」

「えっ、ミクル? 手伝うって何を? のわっ!?」


 ミクルは全身を青い雨カッパのコーデに早着替えし、ケセラに水玉デザインの傘を向けてる。

 確かにその装備だとこの豪雨? にも対抗できる。

 ポッケに入ってるメモ用紙にメモメモ……。


「ジーラ、こんな所に座って何を書いてるの?」

「……ネットに投稿できるアニメのイラスト」

「ふーん。本当に二次創作が好きよね」


 リンカはそれ以上は追求せずに自分の手にある物を握らせる。


「……折り畳み傘?」

「今日の登校時は晴れてたから大方忘れてきたんでしょ?」


 しらを切っても、この人にはお見通しということか。


「……もつべき物は鍋」

「それを言うなら友でしょ?」

「……そうとも言う」

「もう本当にジーラって強情よね。自分の意見を曲げないというか非も認めないし」

「……リンカがそういう体にした」

「ちょ……ちょっとジーラ、他の生徒もいるのにその誤解を招く発言はどうかとー!」


 とりあえずリンカ、冷静に。

 自分よりも君の方が目立ってる。


「さあ、グズグズしてないで帰るわよ。外も大分暗くなってきたから」

「……大丈夫。リンカが守ってくれる」

「なっ!? リンカはあなたの用心棒じゃないのよ!」


 リンカが自分に黒い傘の先を向けて警告する。


 クククッ。

 この自分を前に怯まないなんて、お嬢さんいい度胸だ。


「……待って一歩で火事の元」

「それは火の用心よね‼」

「……水の用心でオケ?」

「オケ? じゃないわよー‼ 何に用心するのよ?」

「……電気ナマズ」

「感電したらどうするのよ‼」

「……勇気を持って素潜り?」

「だからやらないってば‼」


 いつも自分には甘くても、この人には海女あまさんは向いてないな。

 自分は鼻で笑いながら、購買の自販機で買ったペットボトルのイチゴミルクを喉に流し込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る