劉牢之3 王恭を切る

王恭おうきょう王國寶おうこくほう討伐に出ようとしたとき、劉牢之りゅうろうしを引き入れ府司馬ふしばとし、南彭城內史みなみほうじょうないしを兼務させた上、輔國將軍ほこくしょうぐんに任じた。王恭が王廞おうきんを怒らせた際には、ご存知の通り劉牢之に制圧させた。劉牢之はさらに晉陵太守しんりょうたいしゅを兼務することとなった。


王恭はもともと自身の才覚にせよ門地にせよこの国の第一人物たるべきと自認していた。自身の発した檄が建康けんこうに至った側から司馬道子しばどうしらが王國寶と王緒おうしょを処刑したのも、全ては自らの武威と徳望が著しかったからであると考えていた。軍事についてはほぼ劉牢之に頼りっぱなしでありながら、武将として陣に居並ばせるのみであり、いわゆる士大夫としての礼遇はほぼ無かった。劉牢之は自身の才覚について自負が重かったため、こうした王恭よりの扱いを深く恥と思い、恨みを抱いた。


やがて王恭が司馬元顯しばげんけんらを討伐せん、と立ち上がる。すると劉牢之のもとには司馬元顕らの使者として廬江太守ろこうたいしゅ高素こうそがやって来、劉牢之が王恭を裏切った暁にはその地位をそのまま差し上げよう、と提案してきた。劉牢之がこの申し出を受け入れると、王恭の幹部であった何澹之かたんしはすぐに王恭にこの裏切りを報告。しかし王恭は劉牢之と何澹之との間に不和があったことから、この報告を疑い、退けた。それどころか出陣に際し、公衆の面前で酒盃を交わし、劉牢之を兄と呼び、精兵や強力な武具をことごとく与え、前鋒に配した。


劉牢之は先行して竹裏ちくりにまで至ったところで王恭を裏切り、司馬元顕についた。王恭が死亡すると、約束通り王恭の代任、すなわち都督ととく兗青冀幽并徐揚えんせいきゆうへいじょようしゅう晉陵軍事しんりょうぐんじとなった。


とはいえ、劉牢之はもともとただの一武将に過ぎない。基本的に軍権と家門がリンクしていたこの時代にあり、劉牢之のようなのし上がりは貴族世論より大いに嫌悪されるところとなった。このため劉牢之は徐謙之じょけんしを腹心として招き入れ、自らの体制を強化しようと目論んだ。


王恭の死は、西方にも大いなるショックとして伝わった。楊佺期ようせんき桓玄かんげんは兵を率いて長江を東下、王恭の罪を取り下げた上で劉牢之を処刑すべきである、と主張。この動きに対抗すべく、劉牢之も北府兵を率いて京口けいこうを出て建康に馳せ参じ、そこから建康の川港の一つである新亭しんていに陣を張った。朝廷としてはたまったものでもない。勝手に一触即発の情勢が出来上がるのである。やがて詔勅が下され、桓玄らが撤退。劉牢之もまた京口に帰還した。




及王恭將討王國寶,引牢之為府司馬,領南彭城內史,加輔國將軍。恭使牢之討破王廞,以牢之領晉陵太守。恭本以才地陵物,及檄至京師,朝廷戮國寶、王緒,自謂威德已著,雖杖牢之為爪牙,但以行陣武將相遇,禮之甚薄。牢之負其才能,深懷恥恨。及恭之後舉,元顯遣廬江太守高素說牢之使叛恭,事成,當即其位號,牢之許焉。恭參軍何澹之以其謀告恭。牢之與澹之有隙,故恭疑而不納。乃置酒請牢之於眾中,拜牢之為兄,精兵利器悉以配之,使為前鋒。行至竹裏,牢之背恭歸朝廷。恭既死,遂代恭為都督兗、青、冀、幽、并、徐、揚州、晉陵軍事。牢之本自小將,一朝據恭位,眾情不悅,乃樹用腹心徐謙之等以自強。時楊佺期、桓玄將兵上表理王恭,求誅牢之。牢之率北府之眾馳赴京師,次於新亭。玄等受詔退兵,牢之還鎮京口。


(晋書84-12)




何だこのあぶねー話。


劉牢之の動き、これ司馬元顕も制御しきれてない感じじゃない? 「おっやろうってんだな、やったろうじゃねえか」みたいな感じで勝手に動かれてそう。ここで桓玄らは、どういう目算で引いたのか。さすがに真正面から劉牢之とぶつかって勝てるとは思ってもなさそうですけど、どうなんでしょうね。なんだかんだで桓玄って結構な諜報網敷いてた気配もありそうですし、いったんノセちゃえばチョロいとも見抜きはしてそうなんですよね。実際劉牢之の末期ってだいぶチョロいですし。


とは言え、こんな火薬玉みたいな木っ端将に北府軍の大権与えちゃえば、そりゃ劉裕の台頭を防げなくなるよなーと思えてなりません。劉牢之の北府統括、思ったよりもどでかい転機だった気がしてきました。

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