謝玄3 河北不安
謝玄はもともと封じられていた
このとき
玄上疏以方平河北,幽冀宜須總督,司州縣遠,應統豫州。以勳封康樂縣公。玄請以先封東興侯賜兄子玩,詔聽之,更封玩豫甯伯。復遣甯遠將軍{夭曰}演伐申凱于魏郡,破之。玄欲令豫州刺史硃序鎮梁國,玄住彭城,北固河上,西援洛陽,內籓朝廷。朝議以征役既久,宜置戍而還,使玄還鎮淮陰,序鎮壽陽。會翟遼據黎陽反,執滕恬之,又泰山太守張願舉郡叛,河北騷動,玄自以處分失所,上疏送節,盡求解所職。詔慰勞,令且還鎮淮陰,以硃序代鎮彭城。
(晋書79-15)
これ、タイムライン的には朝廷が前線のラインを少し引き下げようとしていたところに翟遼の襲撃、張願の反旗があった、って感じなんでしょうかね。ほんに河淮エリアの安定のしなさやべえよなあ。そりゃまあ北に
謝玄はその辺のバランス感覚を持ってたけど、劉牢之は持ってなかった、ってことなんでしょうかね。いまいち劉牢之の対慕容垂戦の流れ把握し切れてないな。
なお本文で謝玩となっている人物は墓誌が出土しており、それによると正しい字は珫である、とのことです。確かにかすれ具合ではそう読み間違えても仕方ない感じですね、しかも珫なんて当時でも珍しいんじゃない?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます