道子元顕10 王恭討伐 下

司馬道子しばどうしから内応をそそのかされた庾楷ゆかいではあったが、その話を受けると、切れた。


「以前に王恭おうきょう山陵さんりょうにまで迫ってきたとき、あなた様は震えるだけで、なんの手立てを取れなかったではないか! 去年のあの事件にしたところで、あなた様が命じてさえ下されば、わしは王恭と一戦まじえる覚悟であったのだぞ! これまでわしが相王に背いたことがあったか? 裏切ったのは相王、あなた様であろう! だので王恭を防げず、むしろ王國寶おうこくほうが殺されることになったのだ!

あんなことをしておいて、誰があなた様のために袖を振るって駆けつけようだなどと思うのだ! この庾楷、わずかな手勢を引き連れておめおめと滅ぼされなぞされたくはないのだ! この胸にあるのはもはや奸臣の誅滅のみ、大権や実入りになぞ、今更あくせくするものか! わしはもはや王恭の檄に応じ、兵馬をかき集めておるところよ!」


返答の手紙が戻ってくると、朝廷内にはいよいよ憂懼が広がり、内外に厳戒態勢が敷かれた。すると司馬道子のもとに司馬元顕しばげんけんがずかずかと歩み寄り、声高らかにいう。


「去年に王恭を討たずにいたから、このような事態になったのですぞ! このまま奴の好きにしておいたら、父上の身に何が起こるともわかりませぬ!」


対する司馬道子は日夜酒に溺れていたため、ついに事態の収拾を司馬元顕に押し付ける。

司馬元顯はこのときわずか十六歳であったが、聡明であり、視野も広かった。またその気力も志も高く、自らの責任でもってこの事態を乗り切るべく立ち上がり、司馬尚之しばしょうしにその補佐を命じた。当時の朝廷における宰相や、あるいは司馬元顕の教育係がその風貌を見ると、誰もが過去に王敦おうとんの決起をねじ伏せた明帝めいていの如き気風を感じ取った。


司馬元顕は自らに征討都督、假節の位を載せ、王珣おうしゅん謝琰しゃえんをはじめとし、桓不才かんふさい毛泰もうたい高素こうそといった将軍を率い、ついに王恭を討ち取った。




楷怒曰:「王恭昔赴山陵,相王憂懼無計,我知事急,即勒兵而至。去年之事,亦俟命而奮。我事相王,無相負者。既不能距恭,反殺國寶。自爾已來,誰復敢攘袂於君之事乎!庾楷實不能以百口助人屠滅,當與天下同舉,誅鉏奸臣,何憂府不開,爵不至乎!」時楷已應恭檄,正徵士馬。信反,朝廷憂懼,於是內外戒嚴。元顯攘袂慷慨謂道子曰:「去年不討王恭,致有今役。今若復從其欲,則太宰之禍至矣。」道子日飲醇酒,而委事於元顯。元顯雖年少,而聰明多涉,志氣果銳,以安危為己任。尚之為之羽翼。時相傅會者,皆謂元顯有明帝神武之風。於是以為征討都督、假節,統前將軍王珣、左將軍謝琰及將軍桓不才、毛泰、高素等伐恭,滅之。


(晋書64-14)




ほんと司馬元顕、才能の使い方さえ間違えなかったら普通に皇帝もやれてたと思うんだ……頭いい、度胸もある。足りてなかったのは、本当に、師。司馬道子最大の罪は、あるいは司馬元顕にまともな師をつけなかったことかもしれませんですわね。

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