「面白れー女」→ヒロイン辛酸フラグを叩き折らせて頂きます!

月白ヤトヒコ

前編。


「面白れー女。気に入った。お前と付き合ってやるよ。ほら、行くぞ」


 にやっと笑う、端正ながらもワイルドさを感じさせる俺様系の笑顔。


 その場面を見たとき――――少女マンガや恋愛系のドラマの、恋が始まる定番のセリフっ!! と、思った。瞬間、わたしの頭の中を様々な記憶が駆け巡った。


「ぅぐっ……」


 思わず頭を押さえる。


「お姉様、どうしました? やっぱり、どこかぶつけたの?」


 心配そうな妹の声に、


「そんな地味女より、俺のことを見ろよ」


 被せられる不満げな低い声。


 廊下を歩いていると、所謂スクールカースト上位のグループが余所見をしながら歩いていて、わたしにぶつかった。それを、気の強い妹が咎め・・・


「謝ってください!」


 と、相手を非難して――――からの、『面白れー女』というテンプレな状況。


 相手は、王家に次ぐ権力を誇る公爵家の令息。とは言え、嫡男ではなくて放蕩者の三男。親にあまり構われず、優秀な長男二男と比べられ、されど間違った甘やかしを受けて育ち、遊び人に。


 そして、なにか面白いことはないか? と、よくないことに手を出す……不良貴族一歩手前の輩。


 実家が下手に権力を持っているから、下っ端貴族が忖度して割と半グレに近いことをするようになる。そんな中、『面白れー女』に出逢って本当の愛を知り――――という感じの、王道なんだかよくわからない中途半端な西洋風貴族物語が始まる。


 そして、相手の野郎がクズ手前の、けれど権力者の息子ということで、子爵令嬢なヒロインは下手な貴族令嬢やらどこぞの有閑マダム的なおば様、クズの親などに絡まれ、疎まれ、辛酸を舐めさせられる。


 その辛酸を舐めている健気なヒロインに、クズ手前ヒーローはどんどん惹かれて行き、今までの態度を改めて更生し、愛を育んで行く。


 途中、ヒロインのことを好きだと言って猛烈にアタックして来る当て馬君が出て来て、その当て馬君に嫉妬して暴走し、ヒロインを傷付けるヒーロー。ヒロインの心は揺れ、当て馬君へと気持ちが傾き、三角関係に。


 けれど、ヒロインはヒーローを選んで、最終的にはヒーローの家族に「息子を一途に愛し、更生させてくれてありがとう」と認められ、ハッピーエンド――――


 というストーリーの、そこそこ人気な少女マンガがあったのだ。


 あれだ。当て馬君は、余所の国のハイスペック男子。クズよりも断然一途で、ヒロインのことを幸せにしてくれそうな、すっごくいい男だった。


 なのに、ヒロインはなぜか元クズヒーローを選びやがったっ!?


 『あなたが幸せになるなら』と、身を引いた当て馬君の男気に、なんでこの子選ばなかったヒロインっ!? 明らかにヒーローより当て馬君のが君を幸せにしてくれるよっ!? という意見が殺到したという。


 そんなことが一気に頭を駆け巡り――――


 わたしは、ハッ! とした。


 この迷惑坊ちゃんが『面白れー女』と妹に興味を持って付きまとったら、わたしの可愛い妹が様々な辛酸苦渋を舐めさせられるっ!?


 わたしのこの可愛い妹が……幾ら後で妹に更生させられるとは言え、現在クズなこの男に付きまとわれ、このクソ野郎を慕う見る目の無い貴族令嬢やら有閑マダム、このクソ野郎の親族共に絡まれ、誹謗中傷され、我が弱小子爵家がピンチにおとしいれられた挙げ句、泣かされる?


 そんなの、誰が認めるかっ!!


 しかも、このクズ野郎のやらかしで公爵家の権威は失墜。それでも態度の変わらないヒロインに、公爵家の人々もやがては心を打たれて――――改心したところで遅ぇんだよっ!?


 手前ぇらのやったえげつない、我が家への追い込み、たとえヒロインが許しても、手前ぇらを許してねぇ読者のが圧倒的に多かったんだかんなっ!?


 く言うわたしも、許さん派だっ!?


 まあ、現時点では『まだ起きていないこと』ではあるけどね!


 でもお姉ちゃん、可愛い妹を泣かすようなクソ野郎には妹はやらん! 関わらせて堪るかっ!!


 というワケで、『面白れー女』からのヒロイン辛酸フラグを叩き折らせて頂きます!


「………………」

「お姉様? やっぱりどこか痛い? 保健室に行く?」

「はあ? 保健室くらい一人で行けんだろ。そんなことより、お前は俺に付き合えって」


 と、妹の腕を掴もうとした汚い手をバシッ! と強く払う。


「ってぇな! なにをする!」

「ああ゛? ……コホン。許可無く、婚約者でもない殿方が女性に触れるものではありません。公爵家では、そのようなマナーも教えないのですか?」


 危うく、ガン付けを食らわせるところだった。わたしはしがない、子爵令嬢。一応、お嬢様の端くれに属している。ここは一つ、穏便に蔑みの視線と口撃だけにしてやろう。


「え? お姉、様?」

「なんだお前、ブスのクセに・・・ああ、あれか? 俺が妹に構うのに嫉妬してんのか? もっとマシな外見になって出直して来いよ」


 にやりと自信満々な笑みを鼻で笑い飛ばす。


「ハッ、なにを言っているのか全くわかりませんわ。自分の機嫌も自分で取れないようなお子ちゃまを、わたくし共が相手にするとでも? わたくし、そこまで心が広くないのです」


 あと、わたしは可愛い妹よりも地味顔ではあるが、不細工という程の顔ではない。


「あ? 手前ぇ、なにを」

「あら、嫌だわ。早速お子ちゃまが不機嫌になりましたわ。残念なことに、オモチャのガラガラやおしゃぶりの持ち合わせがございませんの。それとも、情緒不安定なお子ちゃまが欲しいのは、お気に入りの毛布の方でしたかしら?」


 お気に入りの物を持っていないと情緒が安定しないという症状を、ブランケット症候群というらしい。某愛され系お茶目わんこのマンガに出て来る、お気に入りの毛布が手放せない男の子からの命名だそうだ。


「えっと、お姉様? どうしちゃったの?」


 わたしの辛辣な言葉に、目を白黒させる妹。うむ、慌てる顔も可愛いゾっ☆


「てめっ、言わせておけばっ……誰に向かって口を利いてんだっ!?」

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