89.5 (第三者視点・ザック)ラックと出会う数日前

「父よ……これはどういうことだ」



 俺は父へと剣を向けた。

 父は食事を終えていて応接室でゆっくりと座っていた。

 いくら父だろうが俺は納得いかなければ切るつもりだ。



「ザック。落ち着け」

「落ち着いていられるか、帰って来たと思ったら我がグリファン家の廃止というのは納得できるわけがない。

 そもそも辺境貴族としてのエルフとの密約はどうする。

 たとえ国が無くなろうともエルフとともに生き、エルフとともに死ぬ。それが我が家に教えられている家訓ではないか」



 父はだまって葉巻に火をつけると一口吸い、口から煙を放つ。



「グィンだ。アレが王子暗殺の疑いで捕まった」

「くっ…………あの愚弟め!」

「と、いうのは表向きだ」



 どういう事だ?



「元々グリファン家は中央に疎まれていたからな。グィンとは中央で会った。すでに釈放されて、潔白と言い渡されている。しかし、騒がせたとして我が家が取り潰しが決定していた」

「そんな馬鹿な話があるかっ!」



 あるんだよ。と父は喋りながら続きを喋りだした。



「アレはお前の言うような事はなくてこの数年の記憶が抜けている。逆にグィンが王子を暗殺してくれたほうが良かったのかもしれん」

「しかし…………」



 黙って指をくわえてみてろ? というのか。

 貴族としてのプライド。

 いや、グリファン家としてのプライドの問題だ。

 ここは我が家でも剣をもち粛清に立ち上がるべきだ。



「エルフの里にはすでに連絡をつけておいた。なに……すぐに攻め込むような事はしないだろう。暫くはワシが連絡係のまま。それよりもだ」

「まだ何かあるのか?」

「喜べエルフと結婚できるぞ」

「なっ!」




 俺は言葉を失った。

 父はもう一度葉巻を吸うと煙を吐き出す。



「考えてみろ。このまま貴族でいえば決められた家。決められた家から娘を貰い結婚をする。それも一つの道ではあるが、基本的にお見合いだ。

 ワシは運よく幼馴染と結婚出来たからいいが、その中に可愛いエルフも当然にいた。ワシとしてアイツよりも……」

「父の浮気話など聞きたくもないな」

「だろうな、グィンだって自由を求めて家を飛び出した口だ」



 それはそうだろうが……いや、しかしなぁ。



「前回来てくれたクアッツル様。アレと一緒になりたくはないか?」

「おそれ多い」

「恐れるな、本音をいえ」



 ……………………。



「使用人たちはどうなる」

「爺に任せている、支度金も渡しているし懇意にしている所に行ってもいいし余生を過ごしてもいい。なんだったら後日来る領主に仕えてもいい。その分ワシらの金がなくなるがな」

「新しい領主というのは、今いる辺境から選ぶのではないのか?」

「今の所はそういう話もない。お前の方でも調べて置け。ワシはこれから雲隠れする」



 父がそういうと背後で嫌な気配を感じた。

 飛びのき、剣を握る。

 まっすぐに剣を抜き出して一等切断の構えを取ると意外な人物が笑みを浮かべている。



「メリッツ様!」

「はい、皆のメリッツです。いい子にしてましたかーザックさん」



 エルフを束ねる族長の娘であり辺境担当の偉大なるエルフ。

 豊満な肉体であり俺が小さい頃から変わらない美貌を持つ、一歩間違えれば魔女に等しい。



「なぜ……ここに」

「この度はご愁傷さまでした。ですが、縁はまだ消えたわけではありません。あなた方はエルフにとって剣を向けた事はないですもの。私達辺境のエルフは剣を取り合う仲間には寛大で、剣を向ける相手には不幸を祈ります。堅苦しい挨拶はこれぐらいで、亡命の準備できましたわよ」



 亡命……?

 俺は父をもう一度見る、厳格だった父の顔がふにゃらけて見る影もない。



「と、いうわけだ。ワシもここから逃げる。なに、これ以上ワシの名声が下がる事もないからの」

「ザックさん、あなたはどうするの?」

「俺か……俺は残る! 腐った領主が来るようなら俺が叩き斬る」

「困った事があればクアッツルに頼りなさい」



 俺は膝をついてメリッツ様に忠誠を誓う。

 顔をあげた時には父もメリッツ様もすでに屋敷にはいなくなっていた。

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