第54話 神威開放

 ファンタジーにおいて、度々人狼と吸血鬼というのは敵対関係という設定にある。LAOでも例に漏れず、獣人の[人狼族]と魔人の[吸血鬼]は国という単位で諍うような間柄だ。


 互いの何が気に食わないのか知らないが、3000年という歴史の中で戦争を繰り返し続けている。


 ただ、それはあくまで設定であり、プレイヤーに適用されるかはまた別の話。別に人狼族を選んだプレイヤーと、吸血鬼を選んだプレイヤーが一緒に遊ぶことになんら不都合は生じない。


「おいおいワン公、随分雇い主の趣味が悪くなったなァ! 前はもっと拘ってたろ!」


「抜かせ、おれにはおれの事情があんだよ。お前こそなんだ、こんなところまで乗り込んで来て正義の味方気取りか? 英雄プレイしたけりゃ、とっとと帰ってDQでもやってな!」


 繰り返しになるが――ただ、それもあくまでプレイスタイルの問題であり、全員に適用されるかはまた別の話。私とこのセトという男は、プレイヤー時代から犬猿の仲と言われてきた。


 セトがマスターを務めるクラン『流浪狼』や私の所属していたクランは、プレイヤー間の戦争やボスレイドに雇われとして参戦する――所謂『傭兵』というプレイスタイルを主としている。


 傭兵クランはそう珍しいものでもなく、バトルコンテンツで金が稼げることから割と乱立していた。その中で1位2位を争う程に有名だったのがうちと流浪狼で、まあ……結論から言うとうちが雇われたのと逆の勢力にセトが付いて争う仲だったのだ。


 はじめは単なる偶然だったが、それが数度重なった辺りで互いに示し合わせたかのように敵対派閥に雇われるようになり、一種のお約束のような形になった。


「はぁ? DQ!? あんなんナンバリング20超えてからはやってねーわハゲ! 時代はFFだろうが!」


「FF、FFて! オサレに背伸びした中学生かお前! D&Dを源流に置く最強の和製古典派国民的ファンタジーRPGを愚弄するなよ! 子供から大人に至るまで、親しみやすさが違うんじゃボケ!」


 ご覧の通り趣味嗜好が似てるようで違うところも影響し、他のプレイヤーからは名物ライバルクランという認識がされている。


 しかし、別に本気で険悪な仲というわけではなく、このやり取りもプロレスに近い。互いのクランでは戦争以外での喧嘩行為は禁止していたし、普通に遊ぶクラメンもいた。そういう"ロールプレイ"が面白く、ゲームを盛り上げる要素となり得るから演じていたのだ。


「それより、なんだよお前。よりによってこんなクソ野郎に雇われただと? 正気かよ」


「ガハハハ! お前に正気を心配される日が来るとはな。だが安心しろ、正気だ。おれはおれの意思でここにいる、それにもう理由なんざどうでもいいだろ。殺ろうぜ、早く」


 それを踏まえて先程の攻撃を思い返してみると、本気で殺しに来ているとしか思えない威力だった。プロレスにしてはあまりに過激、或いは私の耐久力を信頼してのことか?


「……まあいいや。お前の言う通り、雇われ2人が出会っちまったならすることは1つだもんな」


「相変わらず話が早くて助かるぜェ……!」


 お世辞でも何でもなく、セトは強い。PvPランキング上位の実力は伊達ではなく、タイマンで私を打倒しえる可能性を持つ数少ないプレイヤーだ。コイツがこの場に立ち塞がる限り、逃げたゴルドーを追うことは敵わない。


 つまり、




「ぶった斬る」「ぶっ潰す」




 戦争だ。


 クリスに雇われた私と、敵対するゴルドーに雇われたセト。条件は揃っており、その上で出会った以上は戦るのが2人の間に作ったルールである。


「お前、何年目だ」


「1年と3ヶ月」


「にしちゃ装備潤沢だな、大分パワーレベリングしたろ」


「8割は爪と牙研ぐのに費やしたよ」


 しかして、互いに得物を抜いた。閉所じゃ刃渡りの長い剣は不利なので、予備の短刀を逆手に持つ。セトも同じことを考えたのか、背中の戦斧ではなく腰に下げた手斧を両手に掲げている。


「あ、UFO」


「子供騙しかっつーの!」


 その言葉と共にセトが手斧を振り下ろした。左後方へローリングで回避すると、さっきまで立っていた床が砕け散る。間髪入れずに横薙ぎ、私はそれを短刀で弾き返す。


 弾かれた手斧を持った側の腕が上に伸び、無防備を晒した。


「相変わらずパリイの精度ぱねえなおい、これに合わせてくんのか」


「お前もどんだけ筋力補正装備付けてんだコラ、この脳筋狼がよぉ」


 ただ、STRによる威力補正がかなり乗る斧系装備をパリイした代償に、私の腕も痺れている。速度が乗ったところに合わせたのが拙かった。


「小手調べその2だ。[轟力天][震壊天][愚鋼天]」


「そういうことなら付き合ってやる。[旋風裂波][弐公重撃][天刃参牙]」


 互いにバフを炊き、正面から武器を叩きつけ合う。衝撃で部屋の家具が吹き飛び、窓ガラスが割れて建物全体も軋みを上げた。その渦中にいた私とセトは勢いに合わせて後ろへ飛び、距離を取り直す。


「どうやらステ的にレベルは同じくらいみてぇだな、お前も100前後か」


 私の今のレベルは109。今使ったバフそれぞれの効果と倍率は同じなので、セトとのレベル差は殆どない。


「じゃあこれはどうだ? 新要素だ―――[神威開放 北風の天縫]!」


「うお!?」


 奴は更にそこから頭一つ抜きん出た。新要素という[神威開放]を使用した直後、全身から青白いオーラを放ち、体毛が伸びると同時に青銀に輝き始めた。体躯も一回り大きくなり、目元から全身へ黒い模様のような痣が走る。


「ガハハハハッ!! これマジ凄くね? 常時全ステ1.5倍、しかも完全固有技能まで付いてくるチートシステムだぞ!」


「ぐ……お前だけずるいぞ! 私にも教えろよぉ!!」


「おれに勝てたら教えてやんよ、まあ無理だろうけどな」


「はぁ!? 負けないが?」


 有り体に言って格好いい。なんか完全に強化変身みたいな感じだし、個々で貰えるスキルも違うと来た。多分これ、種族によっても変身した姿も変わるんだろう。めっちゃやりてぇ……!


 システムと言った辺り、恐らくスキルとは別の発動条件がある。メニューウィンドウだけで事が済むなら、私も今すぐに使える筈だが――――


「クッソ……見当たんねぇ! こりゃクエスト系か……?」


「今探してんじゃねえよ! 叩き潰すぞ!」


「ちょ、待て待てステイステイッ!!!」


「グルルァ!!」


 私が必死にメニューから色々探している間にもセトは間合いを詰め、手斧を床に叩きつける。その衝撃に尻もちを着き、とんでもない隙を晒してしまった。


「っぶねぇ……って、あれ?」


 しかし、そこから追撃が飛んでくることはなく、不審に思って見上げるとセトが手斧を振り上げた姿勢で固まっていた。その顔は度し難い程狼狽しており、目が凄い泳いでいる。


「み、みず……みずいろ……」


「チャーンス!」


「グォ!?」


 なんだか知らないが助かった。すかさず立ち上がり様に足払いを掛けるが、流石にこの体幹を完璧に崩すのは至難の業。辛うじてよろけて射程内に入ったところで、胸ぐらを掴んで一本背負い。受け身を取らせないように投げ、セトは思い切り背中から落ちる。


「ガハッ……おま、それはずるいぞ……」


「いや何がだよ」


 柔道、空手はどちらも仕事の都合上段位を持っており、素手での格闘は得意な方だ。特に柔道は紅白帯まで上り詰めているため超近距離での吸い込み力には、ザンギ並に自信がある。


 何しても強いとか、やっぱ私最強かぁ。


「クソ……思わず油断した、もう惑わされねぇぞ……」


「だから何がだよ」


 というかさっきから何を言ってるんだコイツは。








◇TIPS


[人狼族]


狼の頭部に人の体を持つ獣人種。

過去、北海にて起きた大寒波に合わせ

ローンデイルへと上陸した。


それら移民を灰流公種はるこうしゅ

北の大陸に留まる人狼族を北節公種ほくせつこうしゅと呼び分ける。

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