第47話 普通は戦えないものなんです
リアの例があった以上、私の正体を知っている人間は少なからずいるだろうとは思ったが、まさかこうもすぐに出会うとは思わなんだ。
それも、私と同郷の人間――――
「あんた、プレイヤーか」
「はい、その通りです」
先程のお辞儀も何処の形式だったのかも思い出した。あれはクラン[North・Knights]がロールプレイの一環で取り入れていた貴族的所作だ。
元々ギルマスが騎士系ロールプレイをしていて、そこに同好の士が集った結果発足したクランだからな。結果として最大手になりはしたが、昔は本当に少数だった。因みにその頃、私も1度だけ体験入団したことがある。
「うん、そう考えると最大手クランだから出会う確率が高いのも妥当だな……」
「そこまでお察しのようなら話が早いですね。まあ、クランに関しては所属していただけで、単なる平団員でしたけど」
厳しい入団試験があるガチクランのメンバーってだけで上澄みだ。物量でnorth・Knightsに敵うクランを私は知らない上に、プレイヤー1人1人の質もかなり高い。
「にしても何で分かった?」
「うちの職員には登録に来た者の中で過去の登録者とデータが重複する者を見つけた場合、絶対にわたしに教えるように言い付けてあるんです。まあ、今回はあなたの担当が他所の都市から転属して来た子だったのでその話が伝わっておらず、気付くのに暫く掛かりましたが」
なるほど、確かにプレイヤーは1度冒険者登録をしてある。レベルが1に戻ったとしても、個体としては同じだ。再度登録しようとすると、必ず登録データが重複するから気付くのか。
「それで先程の質問ですが、フランさんはいつ頃こちらに? その様子だと既に大分レベリングとか装備集めされてますよね」
「大体1年と3ヶ月くらい前だ」
私の答えを聞きながら、ライネルは腰の剣から防具へと視線を移した。初期装備は壊れかけなので修理に出していて、今は既に黒衾装備一式だからな。結構レベリングしているのは当然バレバレである。
「そうですか……では、場所はどこで目を覚まされましたか?」
「オスカントの、レベル高いほう」
「……えっ?」
「えっ?」
1年前既にこの世界に来ていたことを知っても冷静だったのに、彼は飛ばされたエリアを聞いた瞬間にポカン、としてしまった。
「オスカントの、レベル―――」
「だ、大丈夫です、聞こえてます。普通に驚いたんですよ、えぇ……? オスカントのレベル高いほうって、アレですよね、地竜がいる……」
「そうそう、いやぁマジであいつゲームと変わらず鈍かったぞ。ブレスで1回死にかけたけど、まあボコって来た! 私的にはどっちかというとアークマンティスがヤバかった。アレは低レベルでタイマンする相手じゃないわ」
「待って待って待ってください! ちょっと情報過多! 一旦落ち着かせて……えっと、じゃあフランさんはオスカントに転移して、1年間生きていたってことですか?」
私が頷くと、ライネルは今度こそ呆れた表情を浮かべた。
「えっと……では、その件について言及するより先に、こちらの知っている情報をお教えしますね。まずご存知かと思いますが、貴女や私を含めてこの世界にはLAOをプレイしていた人が5年前から転移して来ています」
「それはまあ知ってる、現地人から幾らか情報も貰ったぞ」
「今得ている情報としては、転移直後のレベルは1であること、転移する場所が完全にランダムであること、モーションアシストがない、1度死ねば二度とリスポーンできない、の4つです。私は運良くディアント近辺の草原に転移しましたが、この都市に辿り着いた人は皆、這々の体と言うべき状態でした」
「レベル1でモーションアシスト無しとか、地球の一般人と変わらないレベルだからな」
私はあくまで特異体質で、地球の人間を超えた身体能力さえ伴えば、ゲームと同じ動作を寸分違わず再現出来るだけだ。それさえ出来ない人が、突然実戦に放り出されたらどうなるかなど良く考えなくとも分かる。
日本のネトゲプレイヤーの大抵は、学生や普通の社会人であることが多い。中には職業軍人や警察、国によっては兵役があるためそれなりに動ける人もいるだろう。しかしそれでも尚、日夜オンラインゲームを楽しめる環境にいるような人間が、命がけの戦いを経験している方が珍しい。
「わたしが出会った
「実際に死んだ奴もいるだろうな、怖くて出来ない奴の方が多そうだ」
「ええ、だからわたしはそういった『戦えない転移者』を出来るだけ保護出来るよう、この都市でギルドマスターをやっているんです。プレイヤーが比較的安全な所を第一に考えた時、ディアントが思い浮かぶでしょうから」
「成程、それで私のことを見つけた……と」
ライネルは静かに頷きを返すと、神妙な面持ちで瞑目した。
「現在までで200人の転移者を保護しました。彼らに仕事を斡旋して生活を支援し、今は戦いとは無縁の生活を送っています。ほかの都市でも同じような働きかけをするために、2年前に転移者を支援する『クルー機関』も発足されました」
「へぇ、色々考えてやってるのか。大変だな」
「どちらかと言うと大変なのは貴女の方ですよ……オスカントを生きて脱出するどころか、普通にレベリングして出てきたんですよね?」
「うん」
いや、まあ初めにエグいグリッチ使ったし、2回くらい死にかけたけど……他は特にアクシデントも無かったし。私以外のプレイヤーでも似たようなことすれば、多分生きて出てくる程度は出来るとは思う。
確率としては5割はあるんじゃないかな。
「やっぱ上位ランカーって皆同じ思考なんでしょうか……」
「どゆこと?」
「いえ、ジョーヌさんやセトさん、プッチヨさんとかPvPのランカーは普通に戦闘民族してるんですよ。お陰で僻地の転移者捜索と保護が捗ってますけど、普通の日本人は命がけで冒険する勇気とか無いですよ」
「ちょっと何言ってるか分かんない……」
そういう人種は寧ろ自分の命が懸ってるから楽しいのでは? ボブは訝しんだ。
「フランさんは
「それは環境次第じゃないか? レベリングの仕方を知っているんだから、現地の強い人に技術的な指導をして貰えれば数年でもそれなりにはなると思うぞ。スキルとかも加味して、地球より能力的には伸びるんだし」
ランカー勢は不完全とは言え、自力でモーションアシストの再現が出来た。しかも一部はリアルで武芸の師範であったり、元自衛隊レンジャー徽章所持者など、アシスト無しでもそれなりに戦えた連中もいる。よっぽど外れのエリアを引かない限り、まず生きて近場の都市に辿り着けるだろう。
そこからは道場やらなんやらに弟子入りして鍛えて貰えば、後はレベルを追いつかせるだけでいい。実際はもっと大変だろうが、やること自体はシンプルである。
「と言うかライネル、お前も大分レベル高いだろ」
「いえ、わたしなんて全然……ある程度自衛出来る力を得るためにレベルだけ上げた状態ですから」
黙って[解析]させてもらったライネルのレベルは65。今まで見てきた感じだと、人間としてはかなり上位の強者になる。しかし、そこに技術が伴わなければ宝の持ち腐れだ。
「この程度じゃ、何も出来ないんですよ」
「謙遜……じゃあなさそうだな」
彼のその瞳には、後悔の色彩がありありと浮かんでいた。
「多分わたしが思っているよりも多くの地球人がこの世界に来ています。そして先に来た我々の力が及ばないばかりに、死んでしまった人も大勢……」
「その……なんだ、出来る限りはやってるんだろ? だったらあんまり思い詰めるなよ、所詮人間にやれることなんて限られてるんだし」
「ええ、ですが1人でも犠牲者を減らす努力は続けるべきなんですよ。今日は、フランさんへそのお願いをする為に呼んだのです」
「先に断っておくが、私は慈善事業に興味は無いぞ」
恐らくライネルは私に、危険な土地に転移したプレイヤーの保護を求めるつもりだ。実際、今の実力的に大半のエリアでそれは可能だが、出来るのとやるのとではまた話が違う。
「情報1つにつき、10万ゼニー。救助した場合はクルー機関まで連れて行って頂ければ50万ゼニーの謝礼が出ます。お願いします、どうか同郷の仲間を助けると思って、手を貸してください……!」
ライネルの机に額が付く程に頭を下げるのを見て、私は大きな溜め息を吐いた。
「金だけじゃ駄目だな、そっちも私の求める情報を寄越せ。ローンデイル五英傑、それから英雄たちのだ。今すぐにでなくとも良い、手に入り次第連絡してくれるなら――その条件で受けても良い」
「……それだけで良いんですか?」
「私にとって価値があるのは、アイツらの所在と生存の有無だけだ。特に私を除いた五英傑と英雄の序列6位から12位……ユーマにジョーヌとセトがいるのは分かってるから、他だな」
「ありがとうございます……!」
ほぼ無条件で頼みを受けたのは、あくまで本命のついでだ。どうせ連中を探しに行くとなれば大都市からとんでもない秘境まで、世界の隅々を巡ることになるだろうし。
「それに、男が恥を忍んで頭下げてんだ。断ったら私が人でなしみたいになるだろ」
「お願いをした身ではありますが、あくまで強制ではありませんので。旅や仕事の途中で困っている転移者を見かけたら、救助をお願いします」
ま、元々そういうスタンスで行くつもりである。私は最強なので、ついでに人命救助くらいわけないのだ。
◇TIPS
[クルー機関]
転移者の保護を目的として設立された機関。
クランマスターを主とした多くの出資者と協力者によって運営され
現在は世界中に支部を持つ。
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