第48話 陰謀の先触れ

「いやあ、まさかこんな近くにプレイヤーがいたとはなぁ」


 私はご機嫌に街を歩いていた。それはもう、久しぶりにプレイヤーと会えたのはかなり嬉しいからだ。ギルマスであるライネルの手前、無邪気に喜ぶのは憚られたが、ウッキウキである。


 因みにソフィアは午後から仕事があるので置いてきた。金持ち婦人の猫が逃げたとかで、ランドを連れてペット探しをするらしい。獣人は別に動物と会話できる技能はないが、精霊に力を借りたいのだと。


「帰ってケインと将棋でも指すか」


 私は猫にだけ妙に嫌われているらしい悲しい男が宿にいるので構ってやろう。実は少し前に近所の雑貨屋で将棋盤と駒が売っていた。東には日本をモデルにした国があり、そこで生まれた文化とか店主は言っていたな。


 見た通り熟考するタイプのケインはボードゲームにハマり、休みの日は一局やる仲になっている。大抵は負けた方がご飯を奢るという賭け付きで。



 そうと思い立てば早く帰りたい欲が出てきて、近道をすることにした。俗に言う裏道というやつで、表通りから外れた路地を通るとかなりのショートカットになる。


 全く人気が無い場所だったため、PKプレイヤーキルRMTリアルマネートレード――――ゲーム内のアイテムなどを現実の金銭と取引する違法行為を行う業者の温床だったが、今じゃプレイヤーも消えてスッキリしたものだ。


 どれだけ質の良いゲームでも、悪質なプレイヤー自体はいるからな。それらが纏めて排除され、この辺りの治安が良くなったのは否めない。


 そう過去の思い出に浸っていた私の前に、曲がり角から大柄な男がヌッと姿を現した。


 短く刈った青みがかった髪、獰猛そうな顔立ち。肩から腕にかけて彫られたタトゥー。ここまで分かりやすいチンピラっているんだなぁ。


「よぉ」


「ドーモ、チンピラ=サン」


 アイサツをされたので取り敢えずアイサツを返す。戦う前のアイサツは基本だからな、古事記もとい1世紀前から続く謎の忍者が忍者を殺す小説でもそう言っていた。


 そして、アイサツの前のアンブッシュも1度だけ許されるらしい。


「!」


 前方のチンピラに意識を向けさせている間に、背後からもう1人の男が音も無く忍び寄り、大振りのナイフを振るってきた。私はそれを抜き放った刀を肩から背に回し、受け止める。


「なっ……止めただとッ!?」


「チッ、ヘマってんじゃねーよヒム!」


 攻撃を止められた細身の男、ヒムは後方に大きく飛び退いて距離を取った。


「今俺は完全に匂いも音も、気配すら消していた筈だ。何故気付かれた……」 


「勘」


「馬鹿げたことを……!! 2度目はない!」


「おお、消えた」


 屈辱に顔を歪めながら、ヒムはゆらりと体を動かす。それに合わせて気配が希薄になっていき、視覚や聴覚の認識から外れた。


 成程、暗殺者クラスのスキル[隠形]だな。発動中はカモフラージュ状態になり、この状態で攻撃するとダメージが2倍になる。さっきのはバックスタブ不意打ちの判定もあったから、単純計算で4倍。私は紙防御だから、刺さってたらヤバかったかも。


「よそ見してんじゃねえぞ!」


「うおっ、凄いゴリラ!?」


 今度はチンピラゴリラの番らしく、両手で掴みかかってくる。避けるかどうか悩んだ挙げ句、私は刀を収めて受け止めることにした。


 ガッツリ組み合い、上から筋肉の質量で押し込まれる。相当STRに自信があるらしい。でなきゃ吸血鬼相手に取っ組み合いなど仕掛けてこないだろう。


「[剛力][剛力・天]! このままペシャンコにしてやるよ、ガキィ!」


「その前になんで襲ってくるのか教えてくれない? お金無いなら吉牛くらいは奢るよ?」


「うるせぇ! 黙ってろ!」


「うわ、そんなキレんなよ……」


 STR上昇スキル[剛力][剛力・天]によって元々太い腕に血管が浮き上がり、力を籠めた分だけ筋肉が怒張していく。しかし、私は足裏の地面が少し割れた程度で、寧ろ徐々に押し返し始めた。


「うっ……ぐ……!? な、押し負けてる!?」


「私は今かなーーーーーり機嫌が良いからな、半殺しで済ませてやる!」


 ミシリ、と握ったチンピラの手の骨が軋みを上げる。そのまま握り潰し、骨を粉々に砕いた。


「がああぁぁぁぁ!?!?」


 指が歪な方向へ曲がり、苦痛の絶叫が路地裏に響き渡る。


「貴様ァ!」


「いや、姿消して見てたんなら助けに入ってやれよ、薄情か?」

 

「ごはっ……!」


 その直後に姿を現したヒムくんを蹴り飛ばし、壁にぶつけて意識を刈り取った。声出しながら奇襲するとバレるから止めたほうが良いと思う。


「このオレが、こんなガキにやられる……!?」


「失礼だな、こう見えて立派なにじゅ……いや、永遠の17歳なんだが?」


「クソがああぁッ!!」


「この世の中がクソだと感じてるのがお前だけだと思うなよ」


 私は正当な冒険者、たとえ卑劣漢相手でも正面から堂々と受けて立つ。苦し紛れに突っ込んできたチンピラの顔面を掴んで止め、そのまま持ち上げる。


「さて、何が目的だ?」


「誰が言うか……よ」


「手に顔の脂付くから早くしてくんないかな、もう指ギトギトやねん」


「ぎっ、あぁ……!? 痛い、痛い潰れる潰れるゥ!!」


 さっきまで上機嫌だったけど、なんか段々イライラしてきた。急に襲ってきた上に理由も話さないで、一方的にボコる私の気持ちよ。これじゃあなんの大義もない犬の喧嘩だ。

 

「真面目な話、素直に全部話すなら半殺しで勘弁してやるが、黙ってるならこのまま殺すぞ。まだ喋る口はもう1つあるからな」


「け、っきょく……半殺しにすん、じゃねえか……! 表の人間の、癖に……」


 私が気絶してるお仲間へと視線をやると、チンピラは忌々しげにそう吐き捨てる。


「表とか裏とか知らんけど、喋らないならもう殺すからな」


「あ、ぐっ……ああぁ!!!」


 掴む力を強くすると、チンピラの頬骨が砕けた。次いで眼窩が圧迫され、激痛に目が見開かれる。


「わがった! しゃべる、しゃべる!!」


 チンピラが痛みに耐えかねてそう叫んだので私は手を離した。その場に崩れ落ち、ややあってからなんとか顔だけをこちらへ持ち上げた。


「オレは、『葬儀屋』にお前――『銀髪で紅い目をした吸血鬼の冒険者を殺せ』と命令された……それ以外は知らねぇ、本当だ……」


「葬儀屋? なんだそれ」


「この『裏路地』の支配者、デカい組織の……ことだ」


「ふぅん」


 私のいない5年で新たに生まれた組織か、はたまた……。元々裏路地はプレイヤーの治安最悪だったし、そういう部分がこうして現実にも作用しているのかもしれない。


「ここまで喋っちまったら、もうオレは奴らに消される……それは嫌だ。今ここで、殺せ」


「えっ? やだけど……」


「『葬儀屋』は、裏切り者に出来る限りの苦痛を与えて殺す……それなら、いっそお前に殺された方がいい」


「私を妥協した自殺の道具にしないで……」


 殺せって言われると途端に殺したくなくなるの、なんなんだろう。さっきまで凄いぶっ殺しても良いかなあとか思ってたのに、今はもう絶対殺したくない。


 ふと、背後にある建物の屋上を見上げると、動く影が1つあった。チンピラの言う『葬儀屋』とやらの手先か。視認した瞬間に姿を消したということは、恐らくこのことを報告しにいったのだろう。


「あ、そうだ」


 これはなんだか良いこと思いついてしまったぞ。


「おま、何を!?」


「ちょっと黙ってろ」


 インベントリからメガポーションを取り出し、チンピラにぶっかける。全身から煙が出て瞬時に傷が治り、折れた指も元通りになった。死なれたら困るからちょっとサービスしたけど、全回復しちゃった。


「なんだこの効果のポーション……明らかに流通してる奴の比じゃねえ……」


「元気になりすぎたし、やっぱ半殺しにしとくか」


「待って」


「よいしょ」


「ああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!」


 それから適度にボコボコにして口に猿轡を掛けてから腕を縛り、大きめの麻袋に入れて口を紐で閉じる。中でジタバタと暴れているが、追加で数発殴ったら大人しくなった。それを担ぎ上げ、裏路地を走って抜けていく。


「ニシシ……いい生き餌が手に入ったぞ!」


 そう、こいつを誘拐しておけば、始末しにくる葬儀屋とやらと直接会えるのだ。裏社会の支配者と言うくらいだから、私が楽しめる相手が送り込まれてくることが期待出来る。


 かくして人目につかない、戦いやすい広い場所を探して私は走るのだった。








◇TIPS


[メガポーション]


部位欠損を修復させることの出来る貴重なポーション。

稀に市場に出回る他

オーナーの意向でカジノに8本のみ景品として置かれている。


錬金術師のクラスで製作が可能。

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