第44話 ワンナイト☆モーニンfeat.ゲロイン

 裸ですやすや眠るリアの横で、私は血の気が引いて最早冷たい顔を両手で抱えていた。


「ヤッちまった……」


 やべえよ……どうする……どうする……?


 貴族家の当主とねんごろとか洒落ならないというか、ヤッたことに対する責任がッ……! お、おおおお、落ち着け、まだ大丈夫。誰にも見られていない以上、当人リアを言いくるめればなんとかなる……!


 それにまだ本当にしたかどうかは分からない。ただ酔っ払って一緒に寝ただけの可能性だってある。裸になったのは、暑かったからだ、うん。


 こちとら童貞で人生を過ごした男ぞ? 気安くそういう関係に持ち込めるようなメンタリティしとらんのじゃ! 年齢=彼女いない歴舐めんな!


「よし、取り敢えず服を着よう。話はそれから――――」


 インベントリからインナーを取り出して着た直後、部屋の扉が微かに開かれているのに気付いた。その隙間から覗く視線が3つ。恐らくリアを起こしに来た屋敷の女中だ、しかもおばちゃん。


「……」「……」「……」


 彼女たちは一瞬私と目を合わせると、静かに扉を閉めて去っていく。


「ちょっと待って」


「今夜はお赤飯ですよおおおおぉぉぉ!!」


「エグい声量で叫んでんじゃねえよ!!」


 慌てて廊下に出て引き止めるも、おばちゃんの1人が屋敷中に響き渡る勢いでおめでたお赤飯宣言をした。窓バタンバタン言ってんだけど、元オペラ歌手か何かか?


「ふぁ……なんだお前たち、朝っぱらから騒々しいぞ……」


「リア!」


「おお、おはようフラン殿」


 そんな時、目覚めたリアがダボついた夜着を纏って廊下へと出てきた。何故寝起きでここまで絵になるのか分からないくらい可愛い。


 かくなる上は――――


「頼むリア! 昨晩何があったか教えてくれ! 酔っ払って全く覚えて無いんだ!」


 諸刃の剣。当人の口から事実を告げさせる。下手にこのまま噂を流されるよりかはマシだ。もし本当にヤっていたら、仕方ないので示談金を払って土下座する。


「なんだ、記憶がないのか。あんなに気持ちよさそうにしていたのに、勿体ない」


「気持ちよさそうに……?」


 あれ?


「そうだぞ、はじめは痛がっていたのに、最後の方は気持ちよくなって自分からしていたじゃないか。いやあ、しかしいい汗を流したなぁ」


「自分から……?」


 待って?


 これ、もしかして私が抱かれた側? そっち? 私がリアを手籠にしたのではなく、リアに手籠にされたってこと?


「あらぁ……やっぱり……」


「ふ、ふふふふふ……」


 も、もうお嫁に行けない……。自分の記憶のない間に純潔を散らされていたなんて。女同士だけど、そこは多様性だ。ヤッたことに違いはない。私はこれからリアの愛人として、毎晩ベッドで鳴かされるんだ……。


「さて、じゃあ朝餉の前に昨日の続きと行くか」


「えっ、今から!? まだ朝ですけど!?」


 それは流石に旺盛過ぎないか? いや、でもこんなはっきり求められたら断れないというか……嫌悪感はないけど、そういう関係に至るにはまず先に半年間の文通から始めるべきだと私は思うんですよね!?


「何を言うか、アレは朝にやるのが最も効率がいいのだ」


「効率?」


 そこで何か話が噛み合わないことに気づき、私は首を傾げる。


「そうだ、は朝晩1時間ずつが理想だからな」


「あ、ああぁ~……」


 天井を仰ぎ、目を覆った。


 そう言えば、微かにそんなことをした記憶がある。闘気の源である気功の巡りを良くし、活性化させるためのツボ押しマッサージとかなんとか……。段々思い出してきたぞ。


 服を脱いでいたのも、そのせいだと思えば合点がいく。そうか……私の貞操は無事だったのか。



 尚、朝ごはんには小豆と一緒に炊いたライスが出た。ヤってねえつってんだろババア。








 内気功マッサージと朝食の後、迎えに来たソフィアたちと共にリアへ挨拶を済ませた。1番の功労者として酒の付き合いがあるのは理解していたが、夜通し飲んでいたことに若干の小言も貰っている。


「これが[五霊宝書]だ、大事に使ってくれ」


「にゃにゃっ! こんな高そうな本、貰ってもいいのかにゃ!?」


「武具というのは使い手がいてこそだろう。倉庫の隅で埃を被るよりその方が良いと、母様も言うはずだ」


「じゃあ、ありがたく貰いますにゃ」


 そして見送りの際、玄関で[精霊術士]とその派生クラスの専用装備、[五霊宝書]を手渡された。


 重厚な外見に違わず重く、ランドが受け取ると一瞬落としかけるが――その直後に本が浮いた。ページは閉じたまま、手元の高さで少し上下に浮き沈みしている。


「ほう……正しい持ち手に渡ると、力を取り戻すというのは本当だったのだな」


「やっぱり凄いもの貰っちゃったにゃ……?」


 この現象は単に適性のあるクラスで装備したというだけのことだが、現実になるとそういう不思議な感じの解釈になるらしい。


「目立つから普段は仕舞っとけよ」


「そ、そうするにゃ」


 仕舞おうとすると本はランドの背に向かい、留具のベルトが肩に背負える長さに調整された。丁度小さなリュックのようになっている。これなら小柄なランドでも持ち運びに苦労はしないだろう。


「それじゃ、私たちはそろそろ行くよ」


「ああ待て、1つ話しておかねばならんことがある」


 貰うものを貰ったので屋敷を出ようとすると、リアに引き留められた。


「5年前の襲撃もそうだが、都市の乗っ取りという大規模な作戦には必ず大主教クラスが関わってくる。今回の一件で、恐らくフラン殿は黒教に目を付けられたはずだ。一緒にいるお仲間もな」


「「うっっっっっっわ」」


「おい」


 そして隣にいた2人から露骨に距離を取られて泣いた。


「ということで今後は要注意なのは当然、特に気をつけるべき相手もいる。ここ、ローンデイル大陸の中央で目撃されている大主教――『鴉羽レイヴン』と『黄金狂エルドラド』はレーナリア教会本部の騎士でさえ返り討ちにあったという。出会わないのが1番だが、もしやむを得ない場合は逃げたほうが良いとも……」


「……?」


「なんで『何言ってるか分からない』みたいな顔をするんだ?」


「リア様、コイツ自分の勝率が100%の前提で話してるんで、多分噛み合ってませんよ」


 うるせえこちとら転移してきてから182キル0デスやぞ。


「まあ……………………うん。最終的にどうするかは貴公が決めることだが、出会ったらまず逃げることを考えて欲しい。それだけの相手だ」


「あっ、ちょうちょ!」


「少しは話を聞け」


 ちゃんと分かってるって。出会ったらまず戦って相手の戦力を見極める、逃げるのはそこからでも遅くはない。


「ともかく気をつけるのだぞ。それから、またいつでも遊びに来い」


「じゃあ明日のAM2時にバットとグローブ持って空き地集合な!」


「もしかして貴公には社交辞令が通じないのか?」


「…………冗談だよ」


「その間はなんだ」


 冗談を交わしたのち、私とランドはヒラヒラと手を振りながら踵を返して館を去った。ソフィアとケインは律儀にお辞儀をしてから後ろを追いかけて来る。


「さて、じゃあそろそろ白状して貰おうかしら」


 追いついて横に並ぶと、ソフィアが私を指差しながらそう告げた。なんか尋問始まったけど、そんな問い詰められるようなことしたっけ?


「何を?」


「赤い召喚石のこと! あんなの一体どこで手に入れたのよ?」


「あれ……か。その、親の……形見なんだ」


「嘘おっしゃい!…………えっ、本当に?」


「はいうそでぇーす!」


「よし、殺そ」


「落ち着けソフィア、聞いて普通に答えるような話じゃないのは分かってたろ」


 真顔で殴りかかろうとするソフィアをケインが羽交い締めにし、肩に乗るランドは溜息を吐く。それを見て、私は思わず笑ってしまった。


「冗談だって、単なる戦利品ドロップアイテムだよ。運が良かったんだ」


 先の戦闘に使った赤い宝玉は[召喚石]と言う、協力NPCを召喚するアイテムだ。大体は倒したモンスターやNPCそのものが召喚できる。私が持っている[イルウェトの影身]も、あの侍のNPCだと思われるが……確証はない。


「運がいいって、召喚石よ? どれだけの価値があるのかちゃんと分かってる?」


「いや、それぐらいは知ってるって」


 流石に真ボスの召喚石など簡単に手に入るものではないので、それなりに希少なのは理解している。今回一発でドロップしたのはラッキーだった。


 オークションは価値が低すぎるため無理だが、マーケットに流せば大体底値でも500万ゼニーくらいで売れるだろう。110レベルのボス召喚石とは言っても、見た目も可愛くないし妥当な値段だ。


「欲しいならあげるけど」


「そ、そんなの受け取れるわけないでしょ、あたしの月の稼ぎの何倍だと思ってんの!?」


 えっと、確か酒に酔って聞かされた愚痴によれば、ソフィアの宿賃は月6万で、食費諸々込で大体2万。あとは消費アイテムで1万、貯金で3万だから……


「50倍?」


「500倍よ!」


「えっ? なんか月収低くないですか? ディアント最強Bランク冒険者のソフィアさん」


「ああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」


「壊れちゃった」


「あんたのせいだぞ」


 ソフィアの月収がDランクの私より数段低いのはどうでもいいとして、桁1つ多いのは変だ。


 もしかして産出するプレイヤーが根こそぎいなくなって、レア度の高い召喚石の需要も上がってるのか。そうなると昔持ってた末端価格5億の召喚石とか、幾らまで跳ね上がるのか気になってくる。


「それから、召喚石の他にもまだ隠してることあるでしょ」


「まさか、ソフィアの部屋の魔動冷蔵庫にあった果物ゼリー食べたのバレた?」


「あのちょっと? それ初耳なんですけど?」


「とても美味しかったでへぼぉっ……!?」


 感想を言い切らない内に、私の鳩尾へ綺麗なボディブローが刺さる。大したダメージは無いけど、魔法でノックバック付与しやがったせいで道の真ん中で転がされた。


「吐けや」


「いや、そんなんもう胃に残ってな――――」


「じゃあ死ね」


「やめて、暴力反対! ちょっと、ケイン!? 助けて!」


 必死に手を伸ばして助けを求めても、ケインに目を逸らされる。寸でのところで逃げ出したランドは……あいつ、嗤ってやがるッ! この薄情者がぁ!!


「オボロロロロロロロ」


「うわ、きったね!」


 行きはスムーズだったが帰りはドタバタ。道を歩きながら騒々しく帰路につき、結局ラトニアからディアントへと着いたのは、とっぷりと夜が更けてからだった。







◇TIPS


[黒き神の大主教]


黒教における位階の1つ。

特定の区域の教徒を取り纏める長でもある。

その実力は秩序の騎士の団長と並ぶ程に高い。


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