第37話 ソフィアちゃんの出る幕はありません

 ソフィア・クレイシアスは非常に怒っていた。元より乾いた冬のユーカリよりも燃えやすい性質だが、今日は一段とその怒りの炎が燃え盛っていた。


「おっっっそい!!!!」


 時刻は午前5時35分。山賊、あるいは盗賊と呼ばれる無法者を討伐する依頼日の当日朝である。


 既に起きて準備を整えた後、ギリギリまで宿の前で待っていた彼女は、明け方にも関わらず大きな声を出した。そして直後に反省して小声になった。


「……全く、何してるのよあいつら」


 出立は後数時間だというのに、同行するフランとランドが先日から姿を消したまま帰って来ていない。正規のパーティーメンバーではないということで、行動を制限する権利はないが、これは流石に度が過ぎている。


 出会う前からあちこちをふらふらしていた疑惑はある。放っておいても死にはしない実力があるのも知っていた。なればこそ、今回若干のキナ臭さを感じる依頼に同行して貰ったのだ。


 強い相手を利用出来るならするが、プライドもある。これでは恥を忍んで誘った意味がない。


「ソフィア……! 駄目だ、やっぱり見つからん」


 都市の内部を探しに出ていたケインが、息を切らしながら帰ってきた。これで数度目の捜索。何の収穫も無かったということは、恐らく都市外部に出ている。


 そうなるともう探しようがない。


「仕方ないわ、あたしたちだけで集合場所に行きましょ」


「……だな、フランたちが一緒にいてくれれば心強かったんだが」


 心強い、というもののケインはまだフランのことを過小評価している。初めて会った時、しっかりと彼女の戦闘を見る余裕が無かったのだろう。


 あの二振りだけでも、ソフィアは愕然とせざるをえない力の差を理解した。剣を振った軌跡すら見えず、敵の首が飛ぶなんて現象は見たことがなかった。


 嘗て見たAランク冒険者と比べても遜色のない卓越した技量。在野であれだけの人材がいるのだから、世界の広さには驚かされる。


 とは言え、いないものはしょうがない。仕事をする時のスイッチに切り替え、気を引き締める。


「……ソフィア、あれはなんだ?」


 それと同時に横を歩くケインが立ち止まり、道の先を指さした。目を凝らして見ると、何かがこちらへ近づいて来ている。長く尖った耳がピクピクと震え、微かに精霊の怯える声が聞こえた。


 エルフの血を継ぐソフィアは、精霊の声に耳を傾けることが出来る。その声が、警鐘を鳴らしていた。


「ケイン、構えて!」


「えっ?」


 ここからの判断は非常に迅速だった。短い言葉で指示を飛ばし、自身は杖を構えて詠唱に入る。


「燃やし、穿ち、焦がせ――[火炎槍フレイムランス]!」


 魔法の威力を強化する触媒、杖の先端に据えた宝石の先に魔法陣が生まれ、巨大な火の槍が前方へ放たれた。こちらへ向かってくる集団の手前へと着弾し、爆発が起きる。


「おい! 今人がいたぞ!?」


「大丈夫、当てて無いわ。でも……」


 舞い上がった土埃と煙が晴れた先には、依然として黒尽くめの集団が立っていた。そして、ソフィアはその姿を見て確信する。


「……黒教」


「嘘だろ……何故ここに……?」


 黒い外套、あるいはローブに描かれたつ目髑髏の印。即ち、黒教のシンボルに他ならない。


「予想通り厄案件だったわね。この前のといい、最近ほんっとツイてないわ!」


「お前の勘は昔からよく当たるからな。俺は何かあるのでは、と思っていたぞ」


 そらみろ、やっぱりだ。と嘆きながらも、2人は背後を見やる。早朝なのが幸いして人影は無い。それを確認すると、改めて正面に向き直った。


「どうする?」


「どうするって……まさか逃げたいわけ?」


 ソフィアが冷や汗を流しながら引き攣った笑みを浮かべると、ケインも苦笑を漏らす。相手は黒教、不気味さだけで言っても関わり合うメリットは皆無。実力はその辺の冒険者よりも厄介と来た。


「そりゃあ、俺たちの手に余る相手だ。逆に聞くが、逃げずに戦って勝てるとでも思っているのか?」


「流石のあたしも、あの数相手にどうこう出来ると思ってないわよ」


 それから首を横に振って「でもね」と言葉を接ぎ


「アイツら相手に敵前逃亡なんてダサい真似する方がよっぽど嫌よ。死んだほうがマシ」


 今度こそ歯を見せて笑った。


 黒教が街に入った時点で、ここに住む人々の命が脅かされる事態に至っている。もし2人が踵を返して逃げたのなら、間違いなく周辺の住人は皆殺しになるだろう。


「……命知らずなお姫様だな、全く」


 ケインは呆れながらも盾と剣を構え、信徒たちを見据えた。今回は人質もいない、敵は正面のみ。ある程度までなら時間は稼げる。


「10分だけだぞ、それ以上は俺も保たん」


「ありがとね、あたしのわがまま聞いてくれて」


「いつものことだろう」


 秩序の騎士が到着すれば状況は好転する筈ゆえ、10分もあれば問題はないと踏んだ。


 が、


「ケイン、新手よ!」


 前方にいる黒教信徒たちを飛び越え、2人の前へと黒い人型実体が着地する。その手には真っ赤な粒子で出来た剣を握っており、目も同じように煌々と妖しい光を放っていた。


「ッ……!」


 それが放つ威圧感に、ケインは息を呑んだ。あの数十といる信徒たちなど話にならない。たった1人でも、僅かな時間さえあれば2人共が殺されるであろうことが分かる。


 しかし状況は更に転々とし、黒の人型は2人に背を向けた。そのまま徐に信徒たちの方へと向かい、少しずつ歩く速度を早め、最後には走り出す。剣を腰につがえ、抜刀の姿勢に入った。


「なんだ貴様!?」


 先頭に立つ信徒が声を上げると同時、その首がフードごと斬り飛ばされる。鈍い水音を立てて地面を転がる頭部を見て、他の信徒に動揺が広がった。ここに至って漸くそれが己等の敵であることを悟る。


 全員が各々の武器を構え、人型へと襲いかかった。しかし、そのどれもを紙一重で回避し、代わりに反撃の一撃を見舞っている。完璧に動きを見切って、後の先を取っていた。


「……えっ、どうなってるの?」


 困惑を顕にするソフィアたちをよそに、黒い人型は信徒たちとの乱戦を繰り広げる。


 ナイフの刺突を摺足で避け、その動作から流れるように体を撫で斬りに。背後からメイスが振り下ろされると、峰で力の方向を逸して生まれた後隙で喉を切り裂く。


 この場に駆り出されたということは、いずれも戦闘に長けた者たちの筈。それが、まるで為すすべも無く蹂躙されていた。


 劣勢を察したのか更に増援がやって来るが、既に今いる信徒たちはほぼ全滅。全てが血の海に沈んでいる。


「[風仙・空裁之風カラダチ]」


 そこへ追い打ちを掛けるかの如く、増援を竜巻が襲った。人の体が紙切れのように巻き上げられ、風の刃に切り刻まれていく。


「「ランド!?」」


「二人共、無事かにゃ?」


 竜巻を生んだ主、ランドは死屍累々で積み上がった人の山を横切って2人の前へとやって来る。そして黒の人型は、役目を終えたと言わんばかりに赤い宝玉へと吸い込まれて消えた。


「今のは、もしかしてお前が?」


「あ、竜巻はボクだけど、こっちはフランのアイテムにゃ。それと伝言『か弱いソフィアちゃんの出る幕はありません』だってにゃ」


「アイツねぇ……!! ぶっ飛ばすわよ!」


「ソフィア、それよりもだ。これ、召喚石じゃないのか……?」


 ケインは訝しみながら光る宝玉を見やる。これは間違いでなければ、強力な存在が封印された召喚石。まず市場には出回らない、出たとして末端価格で5000万ゼニーはくだらないであろう代物だ。


 ただ、今は召喚石に構っている場合ではない。


「ランド、今どういう状況か教えてくれ。何故黒教が街の中にいるんだ」


「分かったにゃ、西門でフランが戦ってるから移動しながら話すにゃ」


「ちょっと待って、他の場所は!? 黒教はまだいるんじゃないの?」


「それに関してはもう問題ないにゃ」


 走り出そうとする2人を留め、ソフィアがそう尋ねるが、ランドはあっけらかんとした様子で答える。


「ここに来るまでに、全部倒してきたにゃ。アイツら、見た目の割に数だけで弱かったから、ソフィアたちにとっては余計なお世話だったかもにゃあ」


「……ねえ」


「ああ」


 その言葉を聞いて、やはり見た目で人――猫を判断してはいけないと、2人は心に誓うのだった。








◇TIPS


[召喚石]


内部に魔獣や魔人、悪魔などの召喚獣を封じた特殊な魔石。

その技術はランドールの古き呪術に端を発し

歴史の半ばで召喚術師と袂を分かった。


厳密に言えば、これは呪いである。

人ならざる力を月の魔力で封じ込め

人に使役させる、人の生んだ呪いに他ならない。

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