第29話 ユノン地下寺院

 ラトニアを出てすぐ、洞窟との中間辺りにある集落跡。そこに隠しダンジョンがある。名称は『ユノン地下寺院』と言い、推奨最低レベルは100。


 そもダンジョンとは[夢の神ヘザ]の戯れにより、特定の地域に齎された異常空間の事を指す言葉だ。


 試練を施す場とも言われ、ダンジョンでは無限にモンスターが湧き、最深部にはダンジョンの守護者たるボスが待ち構えている。それを倒せば、試練を突破した者に神からのご褒美が貰えるという寸法だ。


「ケインたちに何も言わなくて良かったのかにゃ?」


「いんだよ、どうせ知っても付いてこられないし。知らなきゃまず見つけられない危険な場所だからな、わざわざそんな情報教える必要ない」


 男部屋からランドを引っ張り出して、ダンジョンの入り口までやって来た。ぱっと見は何処にあるか分からないが、精霊が見えるランドは膨大な神気と魔力の溜池であるそれが近くにあることを認識出来ている。


「確かこの辺だった筈」


 廃屋にあった像を退かして、地面に敷かれた木板を外す。その下にある落とし戸を開けば、地下へと続く階段が現れた。


「うにゃ、この先凄い気配がするにゃ」


「ここが次の狩り場だ」


「ま、またあんな地獄のレベリングをやるのかにゃ……」


「安心しろ、今回は安全運転でいく!」


 流石にダンジョンで戦うのは通常のフィールドよりも難しいからな。敵が強いのもあるし、大体が集団で徘徊している。迂闊に全部アクティブにすると、私でも対処しきれない。


 ランドにダンジョンの説明をしながら、長い長い木製の階段を降りていけば、途中でそれが石段に変わった。そこから更に下って、漸くユノン地下寺院が姿を現す。


 地下の大洞窟に作られた門と無数の堂、書庫などは圧巻の一言。壁に埋まった発光する鉱石と、今も尚寺院を守り続ける守護者たちの灯す炎によって明るく照らされている。


「超広いにゃ……」


「ボスまでのルートは結構短いから安心しろ」


 とは言え、暫くはボスとは戦わない。ユノン地下寺院は100レベル近辺のダンジョン中でも、特に雑魚による稼ぎがやりやすい場所だ。


「まずは狩り場までレッツゴー!」


「ほんとに大丈夫かにゃあ……」


 地下寺院の構造としては、まず入り口から山門を抜けてボスへ続くルートである本堂をガン無視。庫院へと向かう。道中で出会う敵も無視、本当に直行する。


 ダンジョン内で出現する雑魚は主に木で出来た人形兵。青銅の武具で武装しているタイプや、腕が多かったり腕そのものが武器になっている奴もいる。木偶人形なので、索敵能力が死ぬほど低いので近づかなければ見つからない。


 それに私の真の目当てはそいつらでは無く、庫院にのみ出てくるレアモンスターだ。

 

 庫院は本堂の左、ちょっと広めの厨房がある。その内部に、稀に[霊偶の怪僧]という薙刀を持った僧侶のモンスターが出現する。この怪僧を倒した時の経験値が他の雑魚の比にならない程多く、1体倒すだけでレベルが上がるほど貰えるのだ。


 出現条件は、ダンジョンの雑魚を倒し続けること。確率なので絶対ではないが、それでも50体倒せば1体は出てくる筈。


「では、ここからは周辺にいる雑魚を倒します」


「これ全部かにゃ?」


「倒したら新しいの湧くからそれもな」


「にゃあ……」


 庫院周辺の雑魚を倒しながら、怪僧が湧いたかどうかを逐一確認する。ここでの簡単なレベリング方法だ。


 主に狩るのは[木骸の斥候]と[木骸の剣兵]と[木骸の大蜘蛛]。大体この3種が複数固まって徘徊している。グループは1匹釣ると全部寄ってくるため、大体3体纏めて戦う事になるだろう。


「分かったらはじめんぞ」


 ランドをけしかけ、1番近くにいた斥候1体と剣兵2体のグループへと洞窟で使った[輝天の噴炎ソル・イラプション]を放たせる。弱点属性な為、最も脆い斥候はそのまま消し炭に。残った2体もダメージを負って、こちらに気付いた。


「オラァ!」


 手前から頭を叩き割り、その流れのままもう1体の胴体を両断。炭化して脆くなった体は容易く砕けた。流石にこのレベル帯になると、3体倒してもレベルアップするための経験値には足りない。


「どんどん行くぞー!」


 続けざまに少し遠くへいた斥候へ足元の石ころを投擲する。後頭部にヒットしたそれに反応した直後、ランドの二撃目が纏めて吹き飛ばした。


 この調子で狩り続けて30分程経った頃、庫院の中に気配が生まれた。それにすぐ気付いた私が引き返すと、建物の中から白頭巾を被った僧兵が姿を現す。


 顔部分は木の洞のようになっており、真っ暗で見えない。身の丈以上もある薙刀を構え、私を認識して戦闘体勢に入っている。


「よっしゃー! ランド、1体目は手ぇ出すなよ!」


「はいはい、分かってるにゃ……」


 機先を制したのは[霊偶の怪僧]だった。まず、挨拶とばかりに突きが放たれる。それを紙一重で躱し、二撃目の軌道を読みつつ距離を詰め、下段から切り上げ。


「当たり前のように反応するか」


 攻撃はしっかりと柄で受けられた。直ぐにそのまま地面を蹴って回転斬りを見舞う。高度を上げた場所からの打ち下ろしに、怪僧も刃部分を合わせて迎撃してきた。


 激しい金属音と火花が散り、衝撃で周囲の空気が揺れる。


「まだまだ小手調べだぞっ」


 着地狩りを狙った攻撃を横へ跳んで回避。曲げた膝のバネを使って上段へ回し蹴りを放つ。


「ぐっ――」


 それを回避するために逸した身を戻す勢いで柄を叩きつけられ、足が宙に浮く。後ろへ数メートル程吹き飛ばされるが、受身を取って即座に立ち上がった。


「フハハハハ!」


 地面を蹴り、何度か方向を変えながら肉薄。速度を乗せた胴狙いの横薙ぎを受けようと、怪僧が薙刀を構える。それを見て剣の軌道を下段からの切り上げに変えた。


「腕、貰ったぞ」


 実体の無い布と篭手だけの怪僧の腕が飛び、薙刀を取り落とした。その隙を逃さず、上段から袈裟斬り、逆袈裟、横一文字の3連撃を見舞う。


 甲冑が砕け、布を裂いた先に鈍く光る宝珠が見えた。


「核めっけ」


 霊体のモンスターは大抵がこの核を動力として動いている。逆に言えば、これをどうにかしなければ倒せない。破壊するのが最も手っ取り早いが、私は確定ドロップを狙っている。


 布の隙間から核へと手を伸ばして掴むと、そのまま力任せに引っ張り出した。


「おおぁ!? 冷たっ!?」


 ずるり、と抵抗感を伴って抜き出した核――[怪僧の心核]は、霊的な冷たさを纏っている。心臓を簒奪されたも同然の怪僧は実体を維持できず、大量の経験値と薙刀を残してその場で消滅。


「お、ラッキー。武器もドロップした」


「結構あっさりだったにゃあ」


 まあ、腕斬ってその間に核のある部分の鎧壊して……って楽な倒し方を知っていればこの程度で済む。レアエネミーの中だとかなり柔らかい部類でもあるが、攻撃力は高い。


 核の破壊か簒奪以外に倒す方法がないため、知らずに挑めばそれなりに苦戦する相手ではあるだろう。知ってしまえば、カモでしかないが。


「しっかし斧槍系装備、私に装備適性無いんだよなぁ」


 ドロップした[怪僧の薙刀]をアイテム化して再び取り出すと、ご丁寧に私のサイズに合わせて縮んでいた。システムに邪魔されて振れないということは無いが、この手の武器は余り得意じゃない。


 1本だけ取っておいて売るか、もしくは錬金素材に使うくらいだろう。


「……いや、これを機にちょっと練習してみるか?」

 

 一応STR+AGIのステ上げは大体の物理職に応用出来る。ゲーム時代も別に剣だけ使ってた訳じゃないしな、システム上の縛りが消えた今、他の武器も扱えるようになっておくと戦いの幅が広がるかもしれない。


 取り敢えずお試しで、その辺の雑魚を殴って使い心地を確認してみよう。








◇TIPS


[ユノン地下寺院]


白と黒の二大宗教によって他の信仰が弾圧される時代。

東方を由来とする神仏に救いを求める人々は

集落の地下に小さな祠を作り、密やかに信仰を繋ぎ続けた。


密告により滅んだ後も尚怨嗟の嘆きの残る土地に

興味を抱いた混沌の神の戯れによって、祠は巨大な寺院へと変貌した。


その最奥には、心を鬼と化すことと引き換えに

人々の信仰を守った修羅の侍が

己の剣技を継ぐに相応しい者の来訪を願い座している。


「――――恐るることなかれ、ただ某は試すのみである」

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