第28話 秩序の騎士を名乗りながら女心の秩序は乱してそうなイケメンは死ね
入ったつけ麺屋は麺の感じとかタレの風味は色々違ったが、久しぶりに懐かしい味を堪能出来た。お土産に乾麺とスープ、つけダレのセットも買ってホクホクである。
それから店を出て宿を探している最中のこと。
「誰か! 泥棒だ! 捕まえてくれ!」
野太い叫び声が通りに響く。次いで金目の物が入った袋を抱えた男が、こちらへ走ってくるのが見えた。片手には大ぶりのナイフを持ち、威嚇するように振り回している。とんでもなくステレオタイプな強盗だ。
「どけぇ!」
「はい」
私はその言葉に従い、進路上に足だけ残して後ろへ退く。強盗がそれに躓き、石畳の上をスライドした。手放した袋はランドがキャッチ。
「ぐおおぉ……! てめぇ、何しやがる!」
「どけって言われたから……」
「だったら足もどけろよ!?」
「言って貰わないと分からない……」
そういうことは、たった一言で通じあえるほどの確かな信頼を築いてから言って欲しい。私とあなたとでは、まだそんな段階じゃあないのよ。
「クソ! こうなったらぶっ殺してやる!」
冗談はさておき、ヤケになった強盗は両手でナイフを構え、私へと突っ込んでくる。それを適当にいなそうかと構えるが、
「[
直後に背後から光で出来た鎖――捕縛スキルが通過し、強盗の体を雁字搦めにした。
飛んできた方向を見ると、白銀の軽鎧に青いマントを靡かせた男が立っている。金髪ロン毛の、枕詞で美と付く男子だ。その背後には部下らしき騎士が数人。
「怪我はないでしょうか?」
「……秩序の騎士」
この男は秩序の騎士、それも装備の色からして幹部クラスだな。
一般階級の騎士は深い青色の鎧を、それ以上になると銀を伴った明るい色合いの鎧を着ている。しかし隊長の顔は全て覚えているが、記憶にないので恐らく副隊長以上の役職だろう。
「私はクライン、秩序の騎士団第4番隊隊長代理です。犯人捕縛に協力してくれて感謝しますよ」
「見ろ、クライン様だ!」
「今日も素敵……」
道行く人々もクラインを見て模範的なミーハーをしている。秩序の騎士団は市井に人気だからな、私は散々追いかけ回された記憶があるので嫌いだけど。
それにコイツ秩序の騎士とか名乗ってる癖に、女心の秩序は乱してそうなイケメン具合だから普通に死んで欲しい。イケメン死罪だ。
「レディ、お名前を聞いても?」
「フランだ。それよりもお前今、隊長代理と言ったよな。レーベルハイトはどうした」
秩序の騎士団は幾つも部隊を持っており、数字で識別されていた。中でも上10桁の隊は精鋭とされ、第4番隊も化け物みたいな強さの隊長――レーベルハイト・ローデンが率いている。
奴には私も悩まされた。秩序の騎士は[秩序の女神レーナリア]の加護を持っており、悪特性を持つ存在と戦う場合に能力値が大幅に上昇する。
そんな連中がわんさかいる上に、レーベルハイトは素のレベルとステータスが非常に高い。しかも隊長クラスにのみ付与される『1日に1度だけ死んでも蘇生する』加護持ち且つ、プレイヤーを上回るステで一生追いかけて殴ってくるのだ。
「知らないのですか……? レーベルハイト隊長は5年前の戦いで、その……亡くなられました。今は私が力不足なりにその代理を務めています」
「なんだよそれ……」
それを知っていたからこそ、レーベルハイトが死んだと聞かされて驚いた。
プレイヤー絶対粛清装置、半ば公式のチート持ちだった存在だぞ。しかも黒教は紛うことなき悪で、秩序の騎士は奴らに対する特攻持ちである。
「隊長殿のことを呼び捨てという事は、もしかして知り合いかなにかで?」
「まあ……知り合いと言えば知り合いか」
「わざわざ来てもらった所を、すみませんね」
「いや、いいんだ。仕事のついでで寄っただけだから」
ただ、どれだけ強くとも、人を守る仕事をしている以上危険とは常に隣合わせだ。秩序の騎士となれば尚更、絶対に死なないなんて保証もない。
いつか本物になったレーベルハイトと戦ってみたかったが、いないのなら仕方が無いだろう。せめて墓前で手を合わせるくらいはしてやるか。
「仕事か……見たところ冒険者のようですが、もしかして領主の依頼で来たのですか?」
「よく分かったな、その通りだ」
「なら、1度領主の館を訪ねておいてください。当日は我々騎士団との合同任務になるので、その辺りの説明もして貰うといいでしょう」
「会えるのか?」
領主とそう簡単に顔合わせ出来るのか、という質問に対してクラインは頷いた。
「彼女は貴賤を問わない。会いに行ける領主をモットーにしてるのです」
「随分と風通しが良さそうな経営モットーだな」
そういうことなら、予定の合間を縫って会いに行くことにしよう。話を聞く限りだと冒険者だけでなく、騎士団との合同任務でもあるらしい。事前に詳細を聞いておくのはマイナスにならない筈だ。
「じゃあ、私はこれで失礼します。泥棒を檻に入れないといけないので」
クラインとその部下が捕縛した泥棒を連行していくのを眺めながら、私はレーベルハイトの死について少し考えていた。あの男は多少因縁はあったが、所詮ゲームのNPCだ。だというのに、今は名状し難い感覚に襲われている。
古い級友の凶報を、後から知ったような感覚と言えばいいのだろうか。
「ねえ、騎士団の人と話してたけど、なんだったの?」
「ちょっとな、依頼日までに領主の元を訪ねておくと良いらしいぞ」
「なら、明日にでも行くか」
ソフィア達から声を掛けられたことで若干ナイーブな思考は中段され、再び宿探しが始まった。
拠点として使っている所がそこそこお高めなので、出先の宿は出来るだけ安く済まさねばならない。そのために足を使っているわけだが……どうも割高な所が多いように感じられる。
都市によって物価が違うのは当たり前とは言え、一泊素泊まりで5000近く取られる店ばかり。仕方がないので、それとなく宿の女将に聞いてみたところ、ラトニアに限らず不景気が続いているらしい。
「ここは5年前の事件以来ずっとさ。黒教がこの街を襲って、旅人も余り寄り付かなくなっちまった」
その背景には、黒教の襲撃が関わっていた。
「英雄様がいなくなってから、あちこちで似たようなことが起こってるって聞くしねぇ。あんたらも気を付けなよ、この街も昔と違って安全じゃあないんだ」
「忠告痛み入るが、俺たちは冒険者だ。いざとなったら己の身を守る力くらいはある」
そして更に元を辿ると、プレイヤーたちの消失が原因の一端だった。確かにラトニアも二つ目の都市として賑わっており、歴史情緒溢れる街並みが好きなプレイヤーは多い。何か悪さをしようなどという輩は、近寄ることさえ出来ない環境だっただろう。
先程のクラインの話と今の話を聞いて、少し認識が改まった。この世界は恐らく困窮している。
結局話を聞いた宿に泊まる事にして、男女で部屋に別れた後。ベッドに寝転がりながら、先程の話を脳内で反芻していた。
当たり前だが、LAOはゲームな以上果たすべき目的がある。それは強大な悪の討滅であったり、種族間の差別の根絶だったり、色々と問題を解決する必要があった。
なら、そんな世界観がそっくりそのまま現実になったここで、それらを解決する存在――プレイヤーがいない状況と言うのは果たして正常か否か。答えは否、どう考えても拙い状況だ。
ゲーム時代は鳴りを潜めていた黒教の跋扈に限らず、世界中が邪悪の脅威に晒されている。元プレイヤーとして、この状況は少し考えさせられてしまう。
「珍しいわね、あなたが考え込むなんて。やっぱりあの騎士に何か言われた?」
「……ん、別に」
そりゃあ偶には私だって考え込む。10年……いや5年に1度くらいはな。
でもよく考えたら、今の世の中は強い敵が沢山いる状況ということになる。私としてはとても有り難いのではないだろうか? いや、そうに違いない。殴り甲斐のある敵はどれだけいても良いのだ。
「よっしゃ、ちょっと出てくるわ!」
「一瞬で思考放棄したわね……」
そもそも考え込むなんて私らしくない。さっさと強くなって、全員ぶっ飛ばせば済む。そのために、これからダンジョンへと赴くのだから。
◇TIPS
[レーナリア教]
全知であり秩序を司る女神レーナリアを主神とする宗教。
ローンデイル全土で崇められている。
ザグリス王国及び自由都市ディアント
その宗主国であるファルシア神聖王国では
司法と行政に深く根付いており、強い権力を持つ。
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