第26話 ジェルって色々使い道あるよね

 まだ夜も明けきらぬ早朝。ラトニアへと向かう為にディアントの北門から出発した。ランドは無論、ソフィアとケインと言う同行者を連れて、街道を歩いて行く。


 ディアントから暫くは舗装された道が続くが、国境線を超える辺りで1度天然洞窟のトンネルを通る。そこはモンスターも湧くため、商人や貴族が通る際は必ず護衛を付ける必要があるらしい。


 まあ、知ってましたけどね! なにせクローズドベータで、最初にそのトンネル通ったの私だし。当時は外で出現しないタイプのモンスターがいて興奮したっけ。


「あんたらに来てもらえて正直助かる」


「私も用事があるからついでだよ」


 先頭を歩くケインと、そんな言葉を交わしながら歩く。どうせ冒険者ランクは上げないと色々不都合があるし、ダンジョンのついでに仕事に行くだけだ。別にソフィアたちに恩を売るつもりはない。


 少しすると、東の裾野から昇る朝日に平原が照らされた。色彩の無かった世界に草花の青さが生まれ、眩しさに目を細める。世界に朝を告げる日の光は美しく、3人も足を止めて日の出を見つめていた。


 朝方の冷えた空気も相まって、何処か非日常な感覚に襲われるが――ここは正真正銘の異世界だ。


「冒険って感じだな」


「うにゃ! 楽しみにゃ!」


 それから歩くのを再開して暫く、太陽がしっかりと昇りきった辺りで朝食を摂る事にした。今回のクエストは合同。集合日時が大まかに決まっており、私達はその2日前に着くように出発した。洞窟まであと2時間程で着くので、時間的余裕は十分にある。


「そういえば、あたしの選んであげたの着てる?」


「何で聞くんだよ……今も穿いてるって」


 ソフィアとラナに散々っぱら着せ替え人形にさせられた挙げ句、買わされた黒いレースのおぱんちゅ。とてもえっちなデザインのそれを、私は渋々穿いていた。


 ブラジャーだって、付け方を教わってからはちゃんと着けている。放っておくと形が悪くなるらしいから、致し方なくだが。


「……本当かしら、この前買った黒の奴よ?」


「今ここで見て確認するか?」


 私がスカートの端を摘んで訝しむソフィアを睨むと、彼女は鼻で笑いながら集めて来た枝へと魔法で火を付けた。その上にティーポッドを吊るし、お湯を沸かしている。


「男のいる前でそういうこと言わないの。特にケインは、こう見えて結構ムッツリだから注意した方がいいわよ」


「な……!? お前、それはどういう評価だ!? 俺がそんな事考えるわけないだろう!」


 慌てたケインが訂正するが、その顔はほんのり赤い。


「じゃあ、想像しなかったの? フランの下着」


「…………目の前でそういう会話をされたら、流石に」


「ほーらやっぱりムッツリじゃないの!」


「お前って、なんか男に厳しいよな」


 やはりこの女、男に対して手心を加える気が一切ない。これで私が元男だと知ったら、どんな顔するんだろうな。


 それからケイン君は丁度そういうお年頃だからしょうがないのだよ。私にも気持ちは痛いほど分かる。


「チラッ」


「ぶッ……!?」


 なのでちょっとだけスカートを捲って見せたら、ケインが口に含んでいた水を盛大に吹き出した。やはりこの歳の青年に黒パンは刺激が強すぎたらしい。


「ちょっと、何してるの!?」


「いや、話だけ聞かされてかわいそうだなって思って」


「何でそういう部分の恥じらいだけ無いのよ!?」


「ゲホッ……」


 人に選ばれた物を穿かされてまじまじと見られるのと、自分から意図してパンチラするのでは気分が違う。見せているという能動的行為であり、この場における主導権はこちらにあるのだ。


「……人間のオスは、一々下着を見ただけで騒ぎ過ぎにゃ」


 ちなみにランドだけは心底どうでもいい様子で、お茶をちびちび舐めている。人間と獣人とではそもそも美的感覚が違う。異性に対して興奮する部分もまた差異があるらしい。



 騒がしく朝食を終え、午前中の内に洞窟の入り口へと辿り着いた。ゲームだとディアントから出て5分で着いていたのも、現実の縮尺だとおよそ5時間掛かっている。洞窟内部も構造自体は同じだろうが、広さは既存の感覚でいると拙いことは気に留めておこう。


 私とランドはランタン、ケインが松明に火を着けて中へと入っていく。内部は記憶通りにザラついた質感の岩肌、群青色の壁と床が広がっていた。


「じゃあおさらいね、この洞窟に出る魔物は?」


「ケイブバット、ブルースライム、ジャイアントワームの三種だ」


「正解」


 洞窟なので当然それっぽいモンスターが出現する。主に湿気の多い土地を好むか、暗所を住処とするタイプだな。


 ケイブバットとブルースライムはソフィアとランドが、ジャイアントワームは私とケインが対応する手筈になっている。まあ、ここならランド1人でも特に問題はないだろうけど。


 2人のレベルは40前後、ディアントでは最も高い部類に入るらしい。詳細なステータスを聞くのはマナー違反ということだが、恐らく然程高くはないことだけは分かる。


 試しに[鍛錬値]というワードを出して見ても、知らない様子だったしな。別の言葉で伝わってるかも知れないが、プレイヤーと同等の能力を求めるのは危険だ。


「来たな、ブルースライムだ」


「ランド、適当な感じで適当にどうぞ」


「意図が一切伝わらない指示はやめるにゃ……」


 そう言いつつも、出現したブルースライムへ向けてランドは精霊魔法の詠唱に入る。


「いと猛き業火の霊よ、かの敵を滅す紅焔を……![輝天の噴炎ソル・イラプション]」


 レベル78で取得出来る火属性精霊魔法が、ブルースライムの直下から爆炎を噴出させた。炎は洞窟内を眩く照らし、大地を揺るがす。地鳴りで天井から石が降り注ぎ、私は手でそれを払う。


 しかし、相手はレベル7程度なのでオーバーキルも良いところだぞ。ほら、跡形もなく蒸発してる。


「……は?」


 仕留め損ねた際に備えて、魔法を打てるように構えていたソフィアが間抜けな声を上げる。手から杖を取り落とし、頭に石ころがクリーンヒットした。


「な、なによ今の……」


「そうだぞ猫ォ! ドロップ拾えなくなっただろうがボケが!」


「もしかしてボク、また何かやっちゃいましたかにゃ……?」


「なろう主人公ムーブしてんじゃねえぶち転がすぞ!」


 ブルースライムのドロップアイテムである[スライムジェル]は4桁単位で色々使う。燃料とか道具の強化とかクエストとか、集めても集め過ぎということはないくらいに使うのだ。


「ぶにゃあぁぁ!? やめ、やめるにゃぁぁ!!」


「お前、相手のレベルに合わせて使う魔法変えろってなんべんも言ったよなぁ!? MPの無駄遣いすんな!」


 私がランドを捕まえて両頬を抓っている間も、2人はまだ立ち直れないのか呆然としている。


「へ、変な事を聞くようですまないが……今のはランドの撃った魔法なのか……?」


「あん? 当たり前だろ、[輝天の噴炎ソル・イラプション]は霊魔導師のスキルだ。魔術師のソフィアじゃ撃てねぇよ」


「そ、そうよ……あんなのあたし、見たこと無い……」


 少々不機嫌になっていたせいでぶっきらぼうな返事をすると、ケインはそれ以上何も言わずに口を噤んだ。ソフィアはと言うと、彼女も彼女で常識が破壊されたような顔をしている。


 それを見て、私は一瞬で機嫌を直した。


「フッフッフ……見ろあの顔を、お前の実力にビビり散らかしてるぞ。伊達にディアントで二つ名付きの冒険者やってないような奴が、驚いてるんだ」


「にゃ、ボクもちょっとは強くなれたのかにゃあ……!」


「ちょっとなんてものじゃないでしょ今の! あなたが強いのは知ってたけど、そこの猫……猫? 猫なの? ……猫までとは聞いてないわ!」


 猫かどうか迷った挙げ句猫で通してきたな。まあ、ぶっちゃけ言うと一撃の威力なら圧倒的に私よりランドの方が高い。さっきの魔法を当てられたら普通に死ねる、そもそも当たらないけど。


「でも、まあいいわ。こうなりゃどんどん行くわよ! ほら猫、片っ端から敵を燃やしなさい!」


「にゃあ!?」


「やれやれ……俺たちはとんでもない相手に借りを作ったのかも知れんな……」


 開き直ったのか、ソフィアはランドを抱えて突き進んでいく。それを追うケインは乾いた笑いを漏らした。







◇TIPS


[スライムジェル]


スライムから採れる

ヌメヌメとした、ジェル状の肉片。


触れても溶ける心配はなく

香料や薬品などの素材として

幅広く使用される。


また発火に至るまでの温度が低いことから

松脂や蝋燭などの素材にも用いられることが多い。


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