第25話 可愛いあの子と(ソフィア視点)
自由都市ディアントには歓楽街や、女子の好むようなお店の集まる通りも多い。元々商人たちによって興された都市なだけあり顧客の層は幅広く、あたしにとっても過ごしやすい場所だ。
「ねえぇぇ、やっぱいいじゃん買わなくても、別に死ぬわけでもないんだし」
「駄目よフラン、下着は女の戦闘服なの。そんなダサいのしか持ってないのは、あたしが許さないわ」
不貞腐れた様子でこちらを睨むのは、まるでビスクドールのような少女。細く滑らかな銀の髪と、不思議な光を宿す真紅の瞳はとても美しい。
10人の男とすれ違えば、その全員が振り向くような麗人。実際、今も通りを歩く男共は彼女を見て、鼻の下を伸ばしたり惚けたりしている。失礼な連中とは思うが、正直見惚れてしまうのは仕方ないとも思う。
黙っていれば非常に冷たい印象の、近寄りがたい美人に見える。しかし、コロコロと表情を変える愛嬌とか、ふとした時に見せる憂いを帯びた表情は思わず同性のあたしですら心臓が高鳴るのだ。
ほら、今もちょっと不機嫌そうに半目になって、頬を膨らませている。もうほんと子供みたいで――
「……可愛いなぁ」
「ソフィア?」
「あ、え……? 何?」
あたしとしたことが、思わず見惚れてしまっていた。別に女の子が好きってわけじゃないけど、どうにもフランだけは気になってしまう。
もしかすると、吸血鬼の固有能力である魅了を使われているのかもしれない。いや、コイツに限ってそんなことはしないか。きっと浮世離れした美少女と出会って、目が離せないだけだ。
◇
あたしの贔屓ファッションブランド『レイニー』は、ラナさんの経営するお店だ。あの仕事以来彼女と懇意にしており、その付き合いの中で聞いた。彼女の実家であるシャーミット商会の傘下であることは知っていたが、まさか自分で立ち上げた店だとは最近まで知らなかった。
その本店で、現在フランの為に服を選んでいる。正確に言えば、ラナとあたしで彼女に似合う服を片っ端から着せている最中だ。
「ど、どうでしょうか……?」
そう言って試着室から出てきたフランは、濃紺のドレスワンピースを着ていた。
肩口の辺りは薄いレース生地で白い肌が少し見えており、上品な雰囲気ながらとても色っぽい。ウエストに結ばれた大きなリボンもふんわりとしたシルエットで可愛らしく、大人らしさと少女っぽさの共存するフェミニンなコーデに仕上がっている。
ヒール付きの靴に慣れないのか少しぎこちないが、背伸びした女の子らしくてそこがまた良い。簡単に結われた髪も、普段と少し違う特別な雰囲気を演出していた。
と言うか、モジモジと恥じらう表情と仕草が可愛すぎる。普段はボケ倒しているのに、天然なのか不意にこういう顔を見せるから油断できないのだ。
「ま、アリじゃない?」
「ですねぇ、とても可愛いです!」
「じゃ、これでもう終わりに――」
「次はこっちを着てみましょうか!」
「まだやるの……?」
次に着せたのは、先程とは打って変わって少女趣味のフリル満載ビスチェとスカート。スタイルの良いフランの、特に細くて長い足が強調される短めのスカートはとても良い。あの手折れそうな足に、凄まじい脚力を秘めているというのだから凄いものだ。
「ちょっと!!! めっちゃ恥ずかしいんですけど!?」
「まあ、ちょっとあなたには合わないかもね。もっと大人っぽい方が良いかしら……」
少しイケない匂いがする辺り、好きな人は好きだろうけどね。脚フェチにはたまらないと思う。
「それならこれはどうでしょう?」
ラナがそう言って持ってきたのは、赤く染められた服だった。トップスはノースリーブのブラウスで、立ち襟にラッフルのアクセント。コルセットと一体化したスカートは短めだが、それがロングブーツによる美脚効果を高めている。
「これって、もしかして……英雄の衣装?」
「はい。フラン様はかの英雄フラムヴェルク様と同じ吸血鬼ですので、お似合いになるかと」
「いやいやいやコスプレじゃん! 私からするとコスプレじゃないけど、コスプレなんだよね!」
またフランが良く分からない事を言っているが、確かにこの服は彼女に似合うだろう。これは英雄フラムヴェルクを代表する装備のレプリカだ。叙事詩にもその姿が描かれており、未だに根強い人気を誇る。
「まあ、確かにこれならあんまり恥ずかしく……いや、スカート短いわ」
渋々と試着したフランのそれは非常にしっくりと、それはもうまるで本人が目の前にいるかのような錯覚に陥る程似合っていた。
「いいじゃないの、成程そういう方面の感じね」
それから結局似たようなコーデを数着、夜会用のドレスを1着選んだ。
「最後は……下着ね」
「あ、じゃあ私この辺りで失礼しますね」
「待ちなさい、本命はこっちでしょ」
そそくさと帰ろうとするフランを引き止め、下着売り場へと赴く。ラナが先程言った通り、サイズのお大きい人向けの物が多い。
「あんたバストサイズ幾つ?」
「えっ、知らん……測ったこと無い……」
じゃあ今付けているそれはなんなんだ、と言いたい所を我慢。店員を呼んで測ってもらう。
「はい、バンザイしてくださーい」
「あ、え、ちょっ、そんなとこまで測るの……!?」
試着室の中で姦しい声が聞こえること数分。サイズを測り終えて、合う物を持ってきて貰ったフランがカーテンの隙間から顔を出した。
「その……ちゃんと着れてるか確認してくんない……?」
彼女にしては珍しく自信無さ気な声でそう言われ、あたしは試着室の中へと身を滑らせる。そこに立っていたフランを見て、一瞬息が止まった。
「どう……? 変じゃない……?」
少し恥じらいを感じる仕草で、体を隠さないように腕を後ろに回している。その胸にはしっかりと、黒のレース生地で出来たベビードールが付けられており、下も同じ柄のショーツを穿いていた。
「これはちょっと――――」
――――ずるい。
形の良い胸には色気のある谷間が生まれ、しっかりと女性としての魅力を引き立てている。ショーツは言わずもがな、柔らかい臀部を支えて、細くくびれた腰と足回りを強調していた。
何より単なるブラではなく、ベビードールというのがより甘い印象を醸し出している。黒い生地というのも、銀の髪と白い肌との対比になって一層映えていた。下着と言うより夜着だが、それはもうこの際どうでもいい。
もしかするとあたしは、とんでもない才能を開花させてしまったのかもしれない。これは、絶対男に見せてはいけない気がする。
「あなた、ほんと外見に関してはポテンシャルエグいわね……」
「も、もももういいだろ!? 着替えるからな!?」
結局ブラの試着もして、下着はそのまま付けた状態でお買い上げ。ぐったりとした様子のフランと店を出たあたしは、流石に休憩するかと近くのカフェに入った。
「ぢがれだ……」
「まあ、あれだけ着せ替え人形にされればね。ラナも途中からヒートアップしてたし」
「このパンツ、フィット感があるのに心許ない謎の感覚があるぅ……」
「我慢なさい、じきに慣れるわ」
ここまで弱音ばかりの彼女も珍しいな。普段の奔放さ加減からは想像も出来ない。こんな一面もあったのかと、思わず笑みが漏れる。
「……何で笑ってんの」
「だっておかしいんだもの。あなた、まるでつい最近女の子になったみたいな反応ばかりで」
「ッ!?」
有り体に言うと、フランは非常に初々しいのだ。ある意味では非常に純粋だから、こうして慣れないことをしているのを見ると、ついそんな事を思ってしまう。
「やっぱり擬態出来て無かったか……」
「擬態って、別に初めてを恥ずかしがることはないわ」
「いや、そういうんじゃないんだけど……まあいいや……」
諦めたように溜息を吐くと、丁度ウェイトレスが注文した物を運んできた。あたしの前にはカフェラテとチーズケーキ、フランは温かいココアにスフレパンケーキが置かれる。
血液以外の食物に拒否反応を示す吸血鬼も多いが、フランはそうでもないらしい。
「あなたが甘い物好きなのも意外かしら」
「昔はそうでもなかったんだけどな、最近味覚の変化が著しいんだわ」
成長すると味覚が変わるとも言うし、吸血鬼にしてはまだ若い彼女には普通の変化なのだろう。あたし的には、血の気の多さから肉が大好きって勝手なイメージがあるけど。
「んー! おいひぃ! やっぱ疲れた時は甘いものに限りますなぁ」
頬袋を一杯にしてパンケーキを頬張る姿は、なんとも可愛らしい。帯剣さえしていなければ、ただスイーツが好きな少女に見えることだろう。
「なんか本当自分に素直に生きてるわよね、あなたって」
「そう見えるか?」
「ええ」
「ふぅん……」
あたしが頷くと、フランはニヤリと笑ってココアを啜った。
「何よその思わせぶりな反応」
「別に? 素直は良いことだからな、そういう風に生きてるように見えるなら良かったと思っただけだよ」
「本当かしら……」
「ま、今日は割と楽しかったよ。服もありがとうな」
そしていつの間にパンケーキを食べ終えていたのか、テーブルに代金を置いて席を立つ。
なんだか久しぶりに女の子とショッピングした気がする。ここのところ仕事ばかりで、息抜きらしい息抜きが出来ていなかった。もしかするとあたしは、彼女の下着にかこつけて、ストレス発散がしたかったのかもしれない。
「……あたしって意外と、そっちの気があるのかも」
それはそれとして、結構役得だったなぁとも思うのであった。
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