第15話 お前は私と行くんだよ

 地竜を倒した後、素材と化した死体をインベントリに納めた。どうもアイテム判定があるならなんでも入るらしく、今まで狩ったオークなどの死体も詰め込んである。


 今回は激闘ではあったものの、アークマンティス戦と違って目立った外傷はない。スキルの自傷ダメージで若干しんどいけど、逆に言うとそれだけだ。


「あ、の……フラン、その……」


 戦闘が終わってから、ずっと所在なさ気に視線を彷徨わせていたランドが、おずおずと声を掛けてくる。耳を弄りながら、俯いたまま。


「助けてくれて、ありがとう……にゃ。やっぱりフランは強いにゃ、ボクなんかと違って、本当に、強いにゃ」


「なんだよ、改まって。私が強いのは当たり前だろ」


「にゃはは……そうだよにゃあ。でも、これではっきりと答えが出せたにゃ」


 答えと聞いて私は訝しみ、目を細めた。その声音は何処か悲壮感が漂う、後ろ向きなものだ。


「結局、ボク1人じゃあどうにもならなかったにゃ。でも、だからフランに頼らないでボクはボクだけでこの森の外に出るにゃ」


「お前……」


「ごめんにゃ、変なお願いして。そりゃこんな足手まといがいたら、嫌がるのも当然にゃ。もう一緒に連れて行けなんて言わないから、安心して欲しいにゃ」


「いや……だからお前さ、何バカな事言ってんの?」


「へ……?」


 しかし、ランドの言っていることは、何一つとして理解出来なかった。


「勝手にお別れする雰囲気作ってるけど、普通に連れていくからな? と言うか拒否っても無理やり引き摺っていくから」


「ふ、フラン? さっきは迷惑だって言ってたし、地竜と戦った時だってボクは何も出来なかったのに……」


 この期に及んで寝ぼけた事言いやがって。何が「何も出来なかった」だよコイツ、ふざけてんのか?


「いいか一度しか言わないからよく聞け? いやもう本当に他人にこれ言うの嫌で仕方ないから、マジで、絶対に二度は言わないけどな――――お前は強いぞ」


「にゃ……」


 地竜戦で与えたダメージの割合は、誠に遺憾ながら私が4割でランドが6割だ。自爆ダメージとは言え、実に60%のダメージを稼いでいる。誠に遺憾ながらな。アイツ三回もブレス撃ちやがって……。


 これで弱いとか抜かされたら、あれだけ必死に動いて4割しか削れなかった私はどうなる。


「そもそも16レベルの精霊術で、90近い地竜に怯み取れる威力が出るのがおかしいんだよボケが! 計算どうなってんだよ、何か絶対固有特性ユニークスキル持ってんだろお前コラ!」


「褒めてるのか怒ってるのか、どっちかにして欲しいにゃ……」


「……褒めてんだよ、言わすなアホ」


 クッソなんか顔が熱い、何で猫相手に照れてるんだ私は……。


「とにかく、お前の力はちゃんと通用するから私と一緒に来るの! 分かった!?」


「う……にゃ……」


 私が唇を尖らせながらそう言うと、ランドは口を引き結ぶんで大粒の涙を流し始めた。前々から思ってたが、本当に泣き虫だな。


「行く、一緒に行くにゃあぁ……!」


「なら良し! お前は私が死ぬ気で守ってやるから安心しろ」


 ランドと一緒に戦って思い出したが、私は意外と協力プレイが好きだったようだ。今はまだ背中を預けられる仲間、とまでは行かない。しかし、それでも共にこの世界を冒険したいと思えた。


 それに伴い、私は新しい目標を立てることにした。


 元の世界ではPvPランキング1位を目指してやっていたが、それは叶うことなくこの世界に来てしまった。起きた事は仕方ない、ならこの世界で強い奴全員シバき回して最強になってやる――と、これまではそう考えていた。


 今はもう1つの目標として、パーティー、及びクランを作りたいと思っている。如何に私が最強な美少女とは言え、出来ないことは出来ない。それを補う仲間を集めて最強のクランを作り、世界に名を轟かす。


 この2つの願いを叶えたい目的は勿論ある。


 私はLAOにログインしようとしてこの世界に来た。何か特別な神様との出会いがあったわけでも、勇者召還されたわけでもない。冷静に考えるとマジで迷惑な異世界転移だが、それは私が特別ではないと言うことになる。


 つまり、この世界にはきっと他にも転移して来たプレイヤーがいる筈だ。そして私は彼らと再会したい、会ってまた――――ボコボコにして今度こそ誰が1番かを分からせてやる。


 そのためにも、あちらから見つけて貰えるように有名になりたいというわけだ。


「あ、でも……」


「何だ、まだなにか不満があるのか?」


「現実的な話にゃ。フランと比べて、ボクのレベルは低すぎるからにゃ……」


「それに関しては気にするな。誰しも最初はレベル1からスタートするもんだ、今から速攻で上げればいい」


「今から、速攻で上げ……?」


 パーティーを組めば、誰が敵を倒しても経験値は分配される。それもレベル差のあるプレイヤー同士だと、低い方に多く分配されるシステムだ。これで仮にランドが1でもダメージを与えれば、後は私が倒して――といった風にレベリングが出来る。


「さあ、思い立ったが吉日。まずはオーク共から轢き殺しに行くぞ!」


「もしかして選択を逸ったかにゃ」


 泣き顔から一転してスン、とした表情になったランドを掴みあげ、私は今日来た道を逆走し始めた。なあに、1週間もあれば2人ともレベル80にするくらい余裕よ。


 このブートキャンプが終われば、ランドも立派な戦士に鍛え上げられていることだろう。







 あれから1ヶ月が経った。


 予定よりも滞在期間が伸びたが、それに見合うだけの対価は手に入れている。まずはレベル、これはランドも私もしっかり80レベル弱まで上げた。




===================

[名前]フラムヴェルク・フレアウォーカー

[メインジョブ]剣豪

[種族]吸血鬼

[性別]女


冒険者等級:未登録

称号:生態系の破壊者


Level:80

HP:10719/10719

MP:1010/1010

EXP:1043/902500

===================

===================

STR:2915

VIT:1388

AGI:3902

MAG:156

DEF:232

MND:385

===================


===================

[名前]ミ・リリイア・アル・ランド

[メインジョブ]霊魔導師[サブジョブ]薬師

[種族]ケット・シー

[性別]男


称号:窮猫竜を噛む


Level:78

HP:4238/4238

MP:6040/6040

EXP:56673/854670

===================

===================

STR:102

VIT:459

AGI:2450

MAG:915

DEF:122

MND:3560

===================


 というわけで、私は順当にレベルとステータスが上昇している。ランドに関しては、ジョブの一次覚醒を終えて[霊魔導師]に。ステはMPとAGIにMND重点で成長が進み、立派なキャスターとして育った。


 しかし、何故かレベリングの最中にランドが死んだ目になっていたが、あれはもしかして張り合いが無さ過ぎたからなのだろうか?


 そう言えるほど、既にあの森で私達に勝てる相手はおらず、ランドだけでもタイマンなら余裕で戦える。最後の方には2体目の地竜と戦ったが、危なげなく勝利を収めた。


 それから運良くドロップしたレア素材が幾つかあった。将来武具を作る時の助けになるだろうし、都市に行ったら換金してもいい。森を出た後のお金の心配も無くなって一安心である。





「――――はぁ……この一ヶ月で100回は死にかけたにゃ……」


「いや、それは言い過ぎだろ、精々30回だ」


 モンスターの素材で作ったポンチョを着て、あちこちに傷の増えたランドが独り言つ。私はそれにツッコミを入れ、手持ち無沙汰に剣の留具を弄んだ。


「30回でも多いにゃあ……」


「それも全部私が守ってやったろ」


 今は森を抜けてオスカントの低レベル地帯に到達した所。あれから1月経ったのは、この行程が予想以上に長かったからである。


 そりゃまあゲームで縮小されていた分の距離が戻ったと考えれば、現実でこれぐらい掛かるのは妥当だろう。エリア移動に1週間も掛かるとか『どんなクソゲーだよ』ってなるしな。


 低レベル地帯は都市部と同じように廃墟が連なっている。とは言えそこまで都会というわけではなく、所謂小さい街レベルだ。あちこちに朽ちた家屋や、村の中心には教会もある。


「誰もいないにゃ」


「もぬけの殻だな」


 本来のストーリーでは「見習い冒険者として、この教会に拠点を持つ盗賊を倒す」というチュートリアルからスタートするのだが、一応中を確認した所無人だった。あちこちに打ち捨てられた家具や、元は何かしらの神を模していたのだろう石像が横たわっている。


 まあ、私自身今がゲーム上のどの時間軸にいるのか分かっていない。もしかすると既に討伐された後か、あるいはその前か。何れにせよ確認する術を持たないので、考えるだけ詮無いことだ。


 他にも何か無いかを一応探してみたものの、特に収穫は無かった。一応見つけたといえば、序盤に手に入る最低レア[粗悪クルード等級]の短剣――[パリングダガー]だけである。


「ま、初期スポーン地点にレアアイテムは無いよなぁ……」


 廃墟探検は早めに切り上げて、さっさと街道へと向かうことにした。ここは元いた場所と同じ植生の小さな林になっていて、視界や足場がそれなりに悪い。骨格がほぼ猫のランドは余裕で通れるが、私は油断すると顔に枝がぶつかる。


 適度に枝葉を切りながら進んでいると、ランドが立ち止まって耳をピクピクさせ始めた。


「何か聞こえるにゃ」


「本当だ、人の声か?」


 人より圧倒的に五感が鋭い吸血鬼でも、やはり猫にはかなわない。それから少し遅れて、私も先の方から聞こえてくる人らしき声を捉えた。それによく耳を澄ませると「ぎゃー」とか「わー」とか言っているのが分かる。


「……なんか、襲われてね?」


 金属音とかもするし、異世界怖い……。


 取り敢えず詳細を把握するため、音の主たちが見える場所まで向かうことにした。林を抜けてその先にある崖まで行くと、下に大勢の人間がいるのが見えた。


 横転した綺麗な馬車と無事な幌馬車の周囲に固まる人々、それを追い詰めているらしき武装した集団。


 どう見ても移動中の馬車を襲撃した盗賊だ。異世界怖い……。


「フラン、どうするにゃ……?」


「どうするってもなぁ、関わると絶対面倒だろ」


 襲われた側も武装した人間が何人かいるが、もう半数が死んでいる。残った2人も、片方は杖を持った女。恐らくキャスターだし、この戦況じゃ実力を発揮出来ないだろう。


「あ、あいつら女を人質にしたにゃ!? なんて卑怯にゃ……」


 そうこうしている内に、馬車の中から1人の女性が引き摺り出された。外見は見るからにお嬢様。柔らかそうな栗毛に白磁の肌、瞳は涼しげなアイスブルー。体つきも女性らしく、特に胸部装甲は凄まじい物を持っている。


 賊の1人がその女性の髪を乱暴に引っ張り、首筋へと剣を突きつける。その美しい瞳から涙が溢れ、助けを乞うも、賊は下衆た笑いを浮かべ――――





「ッ」


「えっ、ちょ……フラン!?」


 その光景を見た私はほぼ反射的に崖から降りて、渦中へと飛び込んでいた。





◇TIPS


[パリングダガー]


特殊な柄や湾曲した刀身を持つ短剣。

パリイに適しており、重量さえ許せばどんな武器でも弾くことが可能。


短剣1つ手に、薄汚れた剣客は嘯く


「真の達人とは、ちんけなナイフ一本で誰も彼もを殺せるものだ」と。

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