第16話★ 未知なる援軍
迂闊だった。
乱戦の中、美しい細工のされた杖を握りしめた少女は歯噛みする。視界の隅では、武装した賊が依頼者の女性を人質に取っていた。業務上助けに入るべきだが、今も尚戦闘は続いており、自分の身を守ることで精一杯だった。
相手は野盗紛いの格好をしているが、その武具は統一されている。賊を装った別の勢力であることは間違いない。
この林に面した人目につかない街道では、助けを呼ぶのも不可能だろう。御者が近道をしたばかりにこんな事になったと内心で恨み言を言うが、その相手は心臓を貫かれて既にこの世にはいない。
依頼者の女性は、この先にある自由都市ディアントの権力者の娘だった。名前はラナと言う。背後の馬車2台も、彼女が隣町から仕事で帰る為に用意されたもの。
明らかに、これは政敵による攻撃だ。雇われた護衛は少女を含めて5人いたが、既に3人が殺された。相手は統率の取れた兵士であり、こちらは即席で組まれたチーム。不利なのは明白であった。
「チッ……何で金持ちってこうも命を狙われるのかしら」
少女、ソフィア・クレイシアスは冒険者である。母からエルフの血を継いだ混血であり、才能ある魔法使いだ。その苛烈なまでの攻性から「
今回ラナが雇った理由も、そんな冒険者が護衛にいるという箔付けのため。これだけで迂闊に手出しが出来なくなると踏んでいたのだろう――実際に襲われるまでは。
「た、すけて……」
「ッ!」
苦しげにラナが声を上げ、ソフィアは唇を噛みしめる。
「ソフィア、もう無理だ。ここは撤退するぞ」
「何言ってんのよ! 仕事を投げ出す気!?」
「しかし、俺とお前だけでこの数は相手にできない! 冒険者は命あっての物種だ!」
残ったもう1人の護衛の男――ケインは剣戟を繰り広げながら、どうにか逃げるための突破口を探っていた。しかし相手は8人。ラナ専属の護衛たちも応戦してはいるが、そもそも逃げ出す隙のある数ではない。
幾ら二つ名を持つ冒険者と言えど、魔法使いの身体能力は貧弱だ。例え1人持っていけたとしても、その間に肉薄されて喉を斬られる。
「……ほんっと、ツイてない」
ソフィアには、今日何か嫌なことが起こる気がしていた。
その証拠に朝から運が悪かった。いつも若干癖のある髪は湿気で更にうねり、お気に入りの髪型である編み込みカチューシャを作るのにも苦労した。朝食ではトマトをフォークで刺したら跳ねて顔に当たり、買ったばかりのブーツの紐が切れた。
終いには知らずに政争に巻き込まれ、命の危機に陥っている。
場に張り詰めた緊張で、ソフィアの首筋から汗が伝う。やけに喉が乾いて、心臓の音がはっきりと聞こえた。ラナの首へあてがわれた刃にプレッシャーを感じ、一歩後退る。
そんな時だった。
「えっ」
林道の側面、崖の上から何かが飛び出して来たかと思えば、戦闘が繰り広げられる中心に着地した。その正体は、年の頃が15か16かであろう少女だった。しかも恐ろしい程に見目が美しい。
高い所で結われた腰まで届く長い白銀の髪、人形と見紛うほど精緻に整った顔立ち、カールした睫毛の下には血のような真紅の瞳が光る。耳は若干下向きに尖り、その口端からは牙のようなものが見え隠れしていた。
少女は腰に提げた剣へと手をやり、姿勢を低くした。
「何だ貴様!?」
前髪の隙間から覗く紅い瞳が、ラナに乱暴を働いた賊を睨めつける。自分がされたわけでもないのに、ソフィアは首筋に氷を当てられたように寒気が走った。
「――――汚い手で女の髪引っ張ってんじゃねえぞ」
少女が軽く踏み込むと、5mはあった距離が一瞬で詰まる。
移動したことにすぐ気付かなかった賊は、既に肉薄していた相手を見て声を上げようとしたが、音が出る前に顔面が半ばから斬り飛ばされた。断面から血飛沫が上がり、賊がその場に崩れ落ちる。
「大丈夫か?」
「は、はぃ……」
少女は解放されたラナを抱き止め、流し目で微笑みながら一瞥をくれる。それを見る依頼主の顔は何処か熱に浮かされたような、酷く夢見心地なものだった。ああ、あれはもう完全に落ちたな、と戦闘中にも関わらずソフィアは悟った。
「新手だ! 殺れッ!」
すぐさま異変に気付いた賊のリーダーらしき男が指示を飛ばす。1人がそれに応じ、斬りかかった。背後から迫る敵に対して、少女は剣を中段に構える。
「掴まってろ」
「キャッ!?」
そうしてその体が一瞬ブレたその直後、死角にいた筈の賊の首が宙を舞った。ソフィアは少し置いてから何が起きたのかを理解し――すぐさま叫んだ。
「今よ!」
同時に詠唱を始め、火属性魔法の[爆火]を放った。少女に意識が向いた賊らへ着弾したそれは、巨大な爆炎と化して周囲を飲み込む。炎に巻かれた者達は炭化し、口から煙を上げながら地に伏せる。
「ケイン!」
「分かっている!」
少女が参戦したことで生み出した穴を魔法でこじ開け、そこへケインが突っ込んだ。立ち塞がる賊の剣を丸盾で弾き、空いた胴体を直剣で突く。すぐに刺さった剣を抜いて、踏み込みざまにもう一人を斬り伏せた。
「チッ……撤退だ!」
形勢不利と悟るが早く、賊のリーダーは既に馬に足を掛けて逃げる態勢を整えていた。何人かがそれに続き、取り残された者は全て討たれた。
追撃は不可能、元より冒険者であるソフィアにはその義務がない。戦闘が終わった事が分かると、大きく息を吐いて杖をホルダーへと戻す。依頼者に怪我はなく、最低限護衛としての役割は果たせた。
しかし、あの少女が現れなければ全滅していたことは明らかだった。正体は不明なれど、助太刀の礼を言おうと姿を探していると――――
「オロロロロロロロロロ…………」
「えぇ……!?」
何故か吐いていた。胃に何も入っていないのか、黄色い胃液だけが口の端から伝っている。
「あの、大丈夫かしら……?」
「うん大丈夫、ただ初めて人殺したからちょっときぼぢわるロロロロロロロロォ……」
「わ、分かったから取り敢えず落ち着きなさい、ほら水」
初めてにしては余りにも躊躇が無さ過ぎたし、一瞬見せた目は紛うこと無く戦う者のそれだった。とは言え、今のやつれた顔で水筒を受け取り、苦笑いしているのも演技には見えない。
「それにしても……」
美少女が吐いている顔は中々に倒錯的で、新しい扉を開きかけていると――水を飲んで復調したのか謎の少女が立ち上がる。そのタイミングで名乗ろうとしたが、
「えっと、私は――」
「先程は助けて頂いてありがとうございました! あなたは命の恩人です! ソフィア様も命がけで御守り頂き、感謝しています!」
横からラナが割って入った。少しムッとするソフィアをよそに、彼女は銀髪少女の手を取る。
「良ければお名前を聞かせて頂けないでしょうか? 私はラナと言います」
「でっっっっっっっっっか……じゃなくて、フランですはい」
「フラン様と言うのですね! 素敵なお名前です!」
ギュッと握られた両手を、ラナの豊満な胸元へ引き寄せられた少女――フランは先程までの凛々しさを何処かへと投げ捨て、変な顔でしどろもどろになりながら名乗った。顔が良いだけに、その表情の変化は実に可笑しい。
「なんなのかしら、コイツ……」
ソフィアはこの時点で、フランという人物を測るのを一旦止めた。
「おーい! フラーーン!!」
「あ、ランド。すっかり忘れてた」
「ね、猫がしゃべ――――」
それは新たに林の方から二足歩行で喋る猫、という意味不明な生物が現れたことが原因だ。ケット・シーという猫の妖精は神話に登場するが、よもやそんな生き物が実在するとは思えず。
猫獣人であるニーラ族も個体によっては顔立ちが猫そのものなので、このランドという輩もそうなのだろうとサイズに付いては無視して結論づけた。
「ってなんにゃこれ!? 人が死んでるゥ!!!」
「わぁ、喋る猫様!? なんと、愛らしいのでしょう……!」
ラナはラナで、その珍獣を前に目を輝かせている。ソフィアからすれば、吸血鬼と小柄なニーラ族の組み合わせに困惑以外の感情がない。一体彼女は何者なのか、益々謎は深まるばかりであった。
◇TIPS
[ニーラ族]
大陸西部を端とする猫の獣人族。
琥珀色の瞳が特徴的で
外見は猫にほど近い者から、人間と瓜二つの者まで個体差が激しい。
稀に幼年期の見た目のまま成長が止まることがあり
それらは先祖返りによるものとされている。
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