戦狂の乙女-TS美少女吸血鬼ちゃんの脳内は修羅-

椎名甘楚

第0話 プロローグ

 夢であれと願った。


 1人暮らしには余りに広い2階建て一軒家に据えられた浴室。そこに彼女はいた。


 噎せ返るような血の匂いと、微かな洗剤の香り。赤く濡れたバスタブの中で、青白くなった四肢を血に浸した少女が眠っていた。


 ――――死んでいる


 開かれた右手の中にはナイフが、だらりと弛緩した左手の手首には深く刻まれた――今も尚鮮血を溢れさせる傷があった。


 ――――自傷、自死、自殺、自害


 彼女の取った行動に該当する単語が脳内を埋め尽くす。俺は目眩がして、思わず吐きそうになった。シャワーヘッドから滴った水が血の浴槽に跳ね、赤の中に濁りを生む。


「なんで」


 震える喉から絞り出した声は、誰に届くこともなく宙に熔けた。持っていたスクラップブックがバサリ、と音を立ててタイルの上に落ちる。その拍子に半ばから開かれ、とある事件に関する記事が顕になった。


 2083年神奈川県Y市にて起こった凄惨な監禁強姦事件。Y市の高校に通う被害者の17歳の少女が、同高校を中途退学した男と少女の同級生によって監禁され、4日の間性的暴力を振るわれ続けた。


 情状酌量の余地のない犯行だったが、加害者が全員未成年だったということもあり、そこまで大きな罪とはならなかった。ならなかったが故に、これまで幾つも余罪や事件の証拠を集め続けて、何度も裁判を起こしてきた。


 一生を掛けて償わせる気だった、彼女の心の傷が癒えるまで。いや、本当はこの手で殺すつもりだった。


 彼女が受けた痛みは、時間を掛けて癒えるようなものではなかったからだ。その答えが目の前に転がっている。だから何を捨ててでも、あの男を殺すべきだった。


 人権などという悪人も平等に守る社会のお優しいルールが、これほどまでに唾棄すべきものだと思ったことはない。言っていることが間違っているのは分かっている。


 ただ、あの日あの場所に正義は無かった。


 独善的で秩序を無視し、自分の思うがままに無辜な人の心を壊すような人間から彼女を守るには、綺麗な法律や正義ではなく、同じ無秩序で破壊的な暴力が必要だった。


 しかし、俺に足りないものを無理やり継ぎ足すように得たそれは、結果として何も守る事はできなかった。



 血の滴る音が、再度浴室に響いた。

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