第4話 グリッチは仕様とか言ってる奴は多分地獄に落とされる
アマネ式鳥葬レベリング、テントとトラップを使うので通称『テントラップグリッチ』『TTG』などと呼ばれている。
LAO最大手クラン『North・Knights』に3人いるサブマスターの内の1人、アマネさんの考案したレベリング方法だ。プレイヤーの居住区内の工房で製作出来る、迎撃トラップの落とし穴を使って行う。
本来これは居住区の敷地内に設置することで、モンスターや敵対プレイヤーから家を守る為のものだが、アマネさんはそれをレベリングに応用した。
方法は簡単で、まずは狩りたいモンスターのいるエリアの土地を一区画だけ買い、1番安いテントを建設する。それで自宅判定が出るので、予め作っておいた落とし穴をテント周辺に設置するだけだ。
この際に気をつけるのは、建てるのは必ずテントであること。
何故かと言うと、実装当初という前提が付くが――テントは他の建物と比べて特殊な当たり判定をしていて、何故か見た目より横に数マス程広かった。しかも上から下へはすり抜け、逆に下から上は当たり判定が発生する。
落とし穴をそこに隣接するように置くと、落ちはするがテントが邪魔して上がってこられない鼠返しのような働きをするのだ。
後は上から適当に攻撃をし続ければ、スタックし続けるモンスターを一方に倒せるという寸法である。
いやぁ、私もSNSではじめて動画見た時、モンスターが落とし穴の中でスタックして、小刻みに振動し続けていて笑ったなぁ。それを無表情でWピースしながら、範囲魔法撃ちまくって屠り続けるアマネさんも面白かった。
「ほんと、懐かしいなあ……」
アマネさんがこれを発見してから、テントの判定は僅か2時間で運営に修正された。それから似たようなやり方を模索してはいたが、流石に同じレベルのグリッチは未だ発見されていない。
なので、私がやろうとしているのは、ジェネリックTTGともいうべき方法だ。テントを使用せず、違う方法でモンスターが出てくるのを防ぐ。これも本家が修正を受けて改良したもので、それなりの効率と安定感がある。
ま、今はそれなりだと死ぬ可能性結構あるけど。ここは大手ギルドの上位プレイヤー様を信じよう。
地上に出てきた私は、都市と森の境目にいた。1年間過ごして分かったことだが、都市内部にモンスターが入ってくることはまず無い。ゲームとしての仕様か、それ以外の要因があるのかは不明だ。
ともあれ、今は比較的安全ということだけが分かっていれば良い。
「では、まずお好みの装備チェストを用意します」
インベントリから、まだ装備化していない胴装備のチェストを取り出す。これは防具分の奴で、前回武器にしたものを除くと手持ちにはチェストが5つ。中でも胴部分のチェストはデカい。落とし穴の上におけば、半分は隙間を埋められる。
「次に、モンスターの動線を想定して穴を掘ります」
それから都市を探索して見つけたスコップを用い、自分が深いと思った五倍は深めの穴を掘っていく。ここでも地味にレベルアップの恩恵が光り、ザクザク掘り進めて行けた。
入り口はほぼ塞ぐので、それなりに狭くしておかないと出てこられてしまう。その辺りの調整にも気を使いながら掘り終えれば、登ってくるのも一苦労のその穴の壁に方々から掻き集めた油を垂らす。
これは隙を見ては集めた木の実から抽出したものと、街で無事だったランタン用の油だ。あの地下室には生活に必要な道具は一通りあったし、他の家にもシェルターじみた場所があったのが救いだった。
寧ろ、殆どの家屋にそういった備えがされていたと言った方が正しい。地下に食料や水、油に石鹸などを備蓄し、まるで長い間そこで生活することを想定したような環境が整えられていた。
この都市で大規模な災害か事故が起きた事と、何か関係があるのかもしれない……と、考察は後にして、仕上げに入ろう。
「じゃ、最後は獲物の選定をしまーす」
仕上げとは勿論、この穴に落とす
その条件に当て嵌まり、オスカントに棲息するモンスターの中からピックアップした候補は、大凡三種類。豚の頭に人の体を持つ[オーク]、自我の無い粘性生物である[スライム]、最後に飛行能力を失った竜種の[
しかし、落とし穴のサイズ的に地竜は元より、オークも恐らく入らない。となると、最後はスライムだが、この中で一番経験値がしょっぱいんだよなぁ……。
贅沢言ってられないのは分かっているが、どうせなら一気にレベルアップしておきたい。確率的にこの方法がそう何度も出来るとは思えないし、安全の為とは言え罠を使って相手を倒すというのは私の矜持に反する。
正々堂々、正面から実力で敵を叩き潰した方が楽しい。何より勝った時に、何の言い訳も出来ずに顔真っ赤な相手を見た時は生きてて良かったと心底思える。特に舐めプしたり、バッドマナーな奴をボコした日には最高だ。
そこに私がLAOを、引いてはオンラインゲームをやる理由の殆どが詰まっていると言っても過言ではない。MMOらしくPvEも良いが、やはりPvPをやっている時こそ生を実感する。
「……ま、今はしゃあねぇべ」
これである程度まともな戦いが出来るまでレベルを上げたら、いよいよアークマンティスに挑むのだ。そこで今までの鬱憤と、対人戦出来てないストレスは発散させて貰おう。
◇
探した、と言うには余りにもあっさりとスライムは見つかった。
他のモンスターを避けつつ、こっそりと森の中を歩いていると、木々の合間をぷよぷよとした半透明の何かが蠢いていた。色は濃い緑で、体の中心に種のような物のある――オークスライムだ。
ここで言うオークとは先程言った豚ではなく、樫の事を指す。木々の種子を核として生まれたとされ、スライム族の中では上位種に当たる。因みにボディは樹液のようだが、しっかり酸性。
まあ、上位種と言っても行動パターンは殆どスタンダードな青い奴と変わらない。刺激を受けると、反射的にその方向へ捕食行動を行うだけ。高レベル帯のモンスターの中では貴重なパッシブエネミー、つまりこちらから攻撃しない限り襲ってこないモンスターだ。
私は静かにオークスライムに近づくと、手頃な石を拾って投げつける。石は緑色の体表にぶつかり、その体が波打って大きく覆いかぶさるように動いた。
「よしよし、良い子だぞぉ……」
反応は素直で、然程速くない。普通に剣で突いて刺激しても、退くだけの時間はあるだろう。
想定よりも動きが鈍く、一瞬このままここで倒そうかという考えが頭に浮かぶが、すぐにそれを隅に追いやって落とし穴まで誘導することに集中する。
行動パターンが単純且つ自我を持たないと言っても、今の私がオークスライムに与えられるダメージは恐らく1か0。そして怖いのは、スライム自体ではなく横槍だ。
約80レベル差ある相手の膨大なHPを1ずつ削っている間に、他のモンスターに見つかれば一巻の終わり。今は落とし穴に嵌めて、すぐに安全地帯に逃げ込める位置からチクチクやるのが最善。欲を出さず、やるべきことをやる。
「ほれほれ、こっちだこっち……っとぅわ!?」
段取り良く落とし穴まで誘導し、後は落とすだけとなった時、落とし穴の縁に踵を引っ掛けて転びそうになった。後ろ歩きしていたのもあるが、上手く行きすぎて気を抜いていたのだろう。
「ッ!」
それに反応したのかどうかは分からないが、オークスライムが突然凄まじい速度で私に襲いかかって来た。頭上から傘のように降ってくるのを見上げ、本気で死を覚悟する。
スライムの体液は殆どの有機物を溶かしてしまう。ダメージとしては物理と魔法の混合だが、今の私の装甲は紙以下。一回取り込まれて逃げ出すまでに、体が残っていればいいくらいかもしれない。
咄嗟に渾身の力で地面を蹴り、最速でその場から飛び退く。その一瞬後、先程まで私のいた場所に落下して来たオークスライムは、バウンドしながら元の形に戻り――
「あっ」
そのまま落とし穴へと落下していった。数拍置いて、中からぼよんと音がする。恐る恐る覗くと、油でテカテカになったスライムがみっちり穴に詰まっていた。
「……………よし、計画通り」
うんうんうんうん、私は最初からこれを狙っていたのだ。
普通に歩かせると穴を避ける可能性もあったしね! これもオールプラン、全て最初から予定していた通りである。流石私、やはりLAOのモンスターの事を知り尽くしていると言っても過言ではない。
いや、まあ気を抜いていたのは確かだし、これは完全に偶然だ……が、結果良ければ全て良し! 当初の予定通り、後は蓋をするだけ。
この蓋には、最初に用意しておいたチェストを使用する。
このチェストというアイテムは装備品に変化する[イベントアイテム]の括りになっており、売却や破棄破壊が不可。更に地面に置いた際の判定の優先度が最も高い。
例えばボスを倒した直後、ドロップしたチェストとプレイヤーが重なっていると、プレイヤーの方が退かされる。破壊も不可能な為、[拾う]という
つまり、落とし穴をチェストで塞ぐと、中にいるモンスターは出てこられなくなる。
「完璧」
これでもうまな板の上の鯉、落とし穴の中のスライムなわけだ。そもそも登ってこようにも油で滑ってるし、目論見通り登ってこれたとしてもチェストに引っ掛かっている。
後は長い木の枝に紐で剣を括り付け、即席の槍にして……
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
ひたすら刺す!
「ハハハハハ! どうだ!? 何の抵抗も出来ずに一方的に蹂躙される気分は!」
罠に嵌めるのが好かないのは確かだが、それはそれとして、上から相手を甚振り尽くすのは背徳感があって癖になりそうだ。
それから数時間後、スライムが漸く息絶えたと同時にレベルアップのウィンドウが表示された。
【TIPS】
[マイハウス]
プレイヤーの購入した土地に建てることが出来る。
マイハウスではリスポーン地点の再設定や
調度品の設置などを行える。
また
より多くの機能が利用出来るようになる。
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