第3話 筋トレベリングはトマトをフォークで刺そうとするくらい効率が悪い
あれから1年。
メニューに表示される日付は、日本の年月日ではなく新たに神聖歴というものに置き換わっていた。今は神聖歴965年の春。私の記憶が正しければ本編時間軸に程近い年の筈だが、具体的にどの時期かははっきりと覚えていない。
この間に私がして来たことと言えば、無限にも思える基礎トレーニングのみ。予想通り吸血鬼は食事も睡眠も不要で、殆どの生理的な欲求は消失していた。食事をしなければ排泄もする必要が無く、消費したスタミナは気付けば回復している。
お陰で24時間ずっと体を鍛え続けられた、と言うかそれ以外にすることがない。度々地上に行きはするが、あまり長く留まるとモンスターに見つかる危険性がある。
それにノンストップで経験値を取得し続けなければ、最速でも1レベルを上げるのに1年掛かる計算だ。無駄に他の事をしている暇は無かった。
ゲームで一つの[鍛錬値]を最大まで振る際、私のやっている方法では現実時間にして大凡8時間が掛かる。この条件ははじめの一週間で達成した。その後、カンストした[鍛錬値]を他のステに持っていかれないようにするのも、活動時間の大半を占めるトレーニングのお陰で問題はない。
そしてとうとう、塵を掻き集めて蓄積させた経験値はあともう少しで次のレベルへと上がる寸前まで来た。
「まさか本当に筋トレだけでレベルアップする日が来るとは……」
これでレベルが2に上がって、AGIとSTRの上昇値が他のステより多かったら私の苦労は報われるのだ。ランダムで偶然……ということがないようにどれだけ上がるかは一応計算した。
いくら鍛錬値を稼ごうとも、レベル1から2で得られるレベルアップ時の上限の数字は決まっている。基本上昇量の大凡7.5倍だ。
AGIは3、STRが2上がるため、実数値にして23と19上がれば良い。且つVIT以外が鍛錬値無しで得られる上昇量より大きくなければ、一先ずこのレベリングは成功だ。
「さて……」
気合を入れ直して、木と布で作った木人の前に立つ。
インベントリを開いて最初に貰える武器チェストをタップし、複数表示された選択肢から[黒鉄の直剣]を選ぶ。これはLAOの特色とも言うべきシステムで、現状パッチで最新の装備では無い限り、過去のボスや報酬などで貰える装備はチェストという形で手に入るのだ。
これは重ね着――実際に装備している武具の上から、別の装備の外見だけを反映して楽しむ機能をより快適にする為の、粋な運営の計らいとも言うべきだろう。
性能としては型落ちでも、過去の装備にはお洒落な物も非常に多い。それらは大抵ボスが落とすわけだが、ドロップ率が渋い上にやっと落としたと思ったら『残念、別の職業の装備でした』なんてことは多々ある。
ボスの周回で、根気よく装備を集めるのがRPGの醍醐味と言うプレイヤーも勿論いるだろう。しかし、余り時間の取れない社会人ゲーマーからすると、モチベーションの下がる要因ともなり得る。そこで運営はドロップ率据え置きで、チェストをドロップアイテムとして導入した。
胴体装備のチェストなら、そのボスの落とすシリーズの鎧やローブと一つ交換出来る。今まで無限に厳選作業を行っていたのが、全身合わせて5つチェストを回収すれば良くなった。
この装備品周りの変更は賛否両論あったが、私としては良い変更だと思っている。
最新のレイドボスは従来通り装備品のドロップは現物だし、そもそもトップ層には関係ない。手応えのあるボス戦もやりつつ見た目に拘って遊ぶような、ライト~ミドルコアプレイヤーがLAO人口の中で最も多い層だ。そこが安定して増えれば、運営に落ちる金も増える。
運営が潤えば、サービスが末永く続く。すると得するのは、結局LAOを楽しんでいるプレイヤー達となるわけだ。
と、熱く語ってしまったが、つまり最新パッチの7.xまでのドロップ品は大体がチェストに置き換わっている為、今後私が何かしらのボスを倒した場合はそう言った形で手に入れることが出来る。
この初期装備である[黒鉄の武器]シリーズも、サービス開始当初はクラスを選んだ時点で勝手に装備されていたっけか。
初心者救済措置として、黒鉄シリーズは性能としては初期装備そのままながら、耐久値だけは∞に設定されている。どれだけ振っても壊れない為、木人を殴るのに重宝するのだ。
今回も、万が一ラダートレーニングがレベルアップの条件を満たさなかった場合に備えて、木人による剣のトレーニングという形を取った。
そろそろ剣の振り方も思い出しておきたかったところだし、丁度良い。
「じゃ、やりますか」
片手持ちを想定した直剣を前に構え、木人へと振り下ろす。LAOは実際の武術の専門家が監修しており、プレイヤーの攻撃動作には勝手にアシストが掛かる。私のような人種を除いて――だが。
スコン、と乾いた心地よい音が響く。袈裟懸けに振り下ろした剣は、布と木に綺麗な浅い傷を残した。
「……やっぱ鈍ってるな」
今の一撃をゲーム的に評価するなら[NICE!]辺りだろう。木人をひたすら破壊するミニゲームで[ALL PERFECT!]を取った昔に比べると明らかに鈍っている。
そもそもの話、どうやらゲームと現実とは若干動作に差があるようだ。あっちは没入型仮想現実空間だから思考がディレイ無く動きに伝わったが、こっちだと考えてから動くまでに時間が掛かった。
ともあれ、経験値自体はしっかりと入り――漸く視界の隅にレベルアップを告げるウィンドウが表示された。
===================
LEVELUP!
Level:1→2
HP:120→160
MP:50→60
EXP:0/400(250)
STR:5→24
VIT:3→15
AGI:7→30
MAG:5→7
DEF:3→5
MND:2→5
===================
「おお!」
なんというか、戦闘以外でのレベルアップはひとしおの感動があるな。そして輝かんばかりのAGI30という数値、これは間違いなく[鍛錬値]が作用した結果だ。でなければレベル1でこんな偏り方するはずがない。 私は正しかった、この世界にもちゃんと内部数値はある。
しかし、良いことばかりではない。レベリングを始めた当初から思っていたことだが、筋トレベリングには重大な欠点がある。その唯一の――いや、唯一にして最大のを欠点上げるとすれば、
「時間掛かりすぎィ!!」
途方もない時間が掛かるということだ。
たった1レベル上げるだけでも1年。予定ではレベルを20まで上げるのだが、レベルアップ毎に必要経験値が増えるので最低でも20年で、実際は恐らくその倍は必要となるだろう。
一切戦わないで安全にレベル上げが出来るとは言え、流石に悠長が過ぎる。いや、まあ山奥に籠もって修行する人ってなんか数十年とか費やしてる印象あるから、妥当と言えば妥当なのか……?
それにこれ、絶対LAOの正しい遊び方じゃない。サクッと[鍛錬値]の調整して、レベリング自体はモンスターを狩りに行くのが普通だ。本来、筋トレだけでレベル上げるようなバカに向けて設計はされていないのだ。
オスカントにも低レベルモンスターがいるにはいるが、現在私のいる高レベル帯から行くにはとんでもない距離の回り道が必要となる。
その間に必ず敵とエンカウントするため、まずは最低でも20レベル欲しいという話だった。低レベル帯に行くために高レベル帯でレベリングする必要があって、このレベルの時点で低レベル帯に行くのは本末転倒であり、高レベル帯で蹂躙されないためのアレコレが……。
「って、ややこしいわ!」
ともかく、他に方法が無い場合はこのレベリングを続行するのが安牌の筈だが、何かあっただろうか……?
ゲームとしてのLAOには多種多様なレベリング方法があった。ステータスに依存しない割合ダメージを与えるアイテムで無理やりゴリ押すとか、高位のアンデッド系にも効く即死スキルを用意するとか、天候などによる環境ダメージを利用しつつひたすら逃げ回りながら死ぬのを待つとか。
あとは、落とし穴などマイハウスの工房で作成出来るトラップアイテムを使って、一方的に殴る――――
「ああああああ!!?」
そうだ、『アマネ式鳥葬レベリング』があった。
やるのにマイハウスと、工房という環境が必要なので無意識で選択肢から外してしまっていた。が、何せここはシステムがあろうと、それが絶対ではない現実。あるもので工面すれば、落とし穴程度は余裕で用意出来る。
と言うか今まで気付かなかった自分が恥ずかしい。クローズドから5年やってんだぞ、ちゃんと思い出せよ私。
まあ、何にせよこれで時間掛かり過ぎ問題は解決するだろう。幸いにもレベルは1上がってる状態だから、格上相手にもダメージを与える術はある。上手く行けば、もしかすると奴へのリベンジを果たせるかも知れない。
かくして、私はにんまりと口角を吊り上げながら、地下室の棚から計画に必要な物を漁り始めたのだった。
[クラス]
ゲームにおいて何が出来るか、どういった役割なのかを示す言葉。
専用アイテムの使用や特定の手順を踏むことで覚醒が可能となり
より上位のクラスへと成長させることが出来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます