第27話 元気になってもらいたい

 今のカルム様の力では私の腕を振り解けない。

 それほど疲労で衰弱してしまっているらしい。


「もしも私が不眠不休で水の加護を与えなければいけない、となったらどうしますか?」

「無論無理するなと言うし、何か私にも手伝えることがあればやろうと言うだろう! 当然のことだ」


 例え話でも、カルム様がそう言ってくれることに私はとても嬉しかった。


「今そういう気持ちなんですよ、私……」


 カルム様は起き上がろうとするのをやめて、再びベッドに横になった。


「カルム様、私もこの件はお手伝いさせていただけませんか?」

「しかし……リリアは十分すぎるほど働いてもらっているのだし」

「ルビーとともに国中の水を反映させる行動は無理のない範囲で毎日行なっております。現状、昼から夜までは仕事がありません。私もその時間で何か行うべきかと」

「国を救ってくれたリリアにこれ以上は……」


 カルム様の優しさと気遣いはとても嬉しい。でも、こういう状況では素直に喜べなかった。


「カルム様達が休まずに国務をされている中、どうやって私に休めと? とてもじゃありませんが心配で休めません。それに、この件で解決できそうな方法もあるかもしれませんよ」

「本当か!?」

「温浴施設が間も無く内装も完成しますよね?」

「あぁ。だが既にそこで働いてもらう魔道士は既に足りてしまっている」


 水をお湯に変える魔道士が既に集まっているのは知っている。


「今の王都の環境ならば、各家庭で小さな温浴施設……お風呂場とでも言いましょうか。きっと流行するかと思います。そうなったら炎属性の魔道具が爆発的に流行ると思うんです」

「なるほど……。先読みすると一理ありそうだ。魔道士たちにはその魔道具の製造を依頼するというわけか」


 あまり長く会話していると、カルム様の体調がまた悪くなってしまいそうな雰囲気がある。


「ともかく今は一旦休んでください。明日はルビーと共に帰ったらすぐにこちらへ来ますから」

「すまない……リリアよ。ちょっとこちらへ来てくれないだろうか?」

「はい?」


 カルム様の指をさした場所はカルム様のベッドの上、超至近距離だ。

 よくわからないまま言われたとおりにカルム様の真横に座る。


「リリアよ……いつもありがとう」


 そう言って私の手をギュッと握ってくれた。

 まだこういう免疫がない私にとって、嬉しすぎて心臓が破裂してしまいそうだ。


「いつかまたリリアと一緒に……ダンスを昔の……」

「カルム様?」


 何かを言いかけてくれていたようだが、喋らなくなってしまった。

 横を見るとスヤスヤと寝息をたてながら眠っていたのだ。

 徐々に私の手を握ってくれている握力も弱くなっていく。


「カッコいい……」


 最初ここへ連れてきたときのカルム様は青ざめていたが、今は安心したような表情をしている。


 カルム様の寝顔は今まで何度か見てきたが、ここまで至近距離で見るのは初めてだ。

 しかも同じベッドの上で……こんな間近で……。


 普段の表情も素敵なのだが、寝顔も美しい。

 カルム様のことを明らかに愛してしまっている。

 好きすぎて、この状況で頬にキスをしてしまいたいとも思ってしまう。


 いやいや、変なことを考えてはいけない!


 だが、もうしばらくだけ、触れている手を離さないで、今度は私がカルム様の手を握っておく。

 いつまでもこうしていたいが、ゆっくりと手を離してカルム様に布団をかける。

 そっと、病室を出ていった。


 カルム様の手の温もりをしばらく大事にしていた。


 ♢


「リリアよ、昨日はすまなかった。もう大丈夫だ」

「お出迎えありがとうございます。ただいま戻りました。カルム様の顔色も良くなられましたね」


 ルビーと一仕事を終え、すぐに王宮へ帰るとカルム様が外で出迎えてくれていた。


「いや……医師に外の空気を浴びてきたほうが良いと言われたのだよ。外を歩いてたら偶然リリアたちが見えたので」

「それでもお出迎えしていただき嬉しいです。ところで昨日の話ですが」

「父上にも相談してからだが、私はリリアの言うことだから炎属性の魔道具が時期に流行り需要が大幅に増す。そうなるのだろうと思っている」

「随分と買ってくれるのですね」


 私はただ提案しただけである。

 それを全部許容されるなどとは思っていない。


「リリア自身が凄いことは重々承知だが、それに加え元々エウレス皇国にいただろう。あちらの国の流行や流通を一番周知しているのはリリアなのだ。リリアの発言に期待しないほうが難しいだろう」

「先手先手で対策を打つのは賛成ですが、もしも失敗してしまった場合責任はしっかり取らせていただきます」


 エウレス皇国では温浴が大ブームだったから炎属性の魔道具の流通が盛んだった。

 だからと言ってカサラス王国で同じように流行るとは保証はできない。

 だが、カルム様が温浴施設を見たときの物珍しそうな反応と意欲を見ていて、きっと流行る、そう思っていた。


「何を言っておるのだ? リリアは責任を負う必要は全くない。たとえ魔道具が流通しなかったとしてもだ」

「どうしてですか? エウレス皇国で国務をやっていたときは全て責任を負っていましたが」

「それがそもそもの間違いなのだ。手伝ってもらっている者に責任を負わすなどありえん! 最終決断は国が行うわけだから国が責任を負うのが普通だろう……」


 責任問題に関しては私の感覚が麻痺しているのかもしれない。

 それだけエウレス皇国で国務をやらされていたときの責任の重さが凄まじかったのだ。

 おかげで国務に関しては、ミスをすることが殆どなかったのだが。


「売れなかったときは私が全て責任を持って購入しようかと思っていました」

「必要はない。リリアがそんなことをするのならば、私が全て買い取るぞ?」


 カルム様は冗談めいた感じで笑いを誘ってきた。

 それだけ重く考えるなと仰っているのだろう。


「温浴は私の楽しみですから、どちらにしても買いますよ」

「リリアも魔法が使えるようになっただろう。炎属性の魔法だって発動できるはずだが」

「あ……そういえば」


 魔法が使えるようになってから、今までは水魔法しか使うタイミングがなかった。

 私ってばこういうことには自分で気がつくことができないポンコツなのだ。

 だからこそ余計に炎属性の魔道具を大量に流通するならば、それに見合った需要がでるようになってほしい。

 そう強く願う。


 翌日、陛下の許可も出たそうで、魔道士たちには新たな任務依頼ができるようになった。

 これで雇用問題は解決できるかもしれない。

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