第10話 登山した

 エドナ山脈は標高自体はそこまで高くないのだが、車輪では登れないような山道が続く。

 油断したらつまづき転びそうな急勾配の砂利道で、もし足を滑らせてしまったら転げ落ちてしまうだろう。


 ここで馬車移動は困難だと判断が下され、最低限の荷物を持ってから馬車を降り、護衛と別れた。

 ここからは、カルム様とイデアと私の三人で進んでいく。


「これより徒歩で山を登る。私が先陣を行こう。イデアはリリアの援護を頼む」


 私は登山経験がないし、体力もあるわけではないのでこの道は厳しい。

 なるべく二人に迷惑はかけないようにしたい。


 ♢


 手で這いつくばらなければ進めないような難所もあったが、三人でゆっくりと休憩が出来そうな場所へ到着した。

 疲労で足と腕が痛くなったが、なんとかここまで登ることができた。


「……お嬢様、大丈夫ですか? 一旦休憩しますか?」


 イデアは心配そうにじっと見てきた。

 カルム様も後ろを振り向き私をじっと見つめ、汗を拭いながら地面に座り込んだ。


「ふぅ、実は足が限界だったのだ。一旦休憩しようか。無理に急ぐ必要もあるまい」


 カルム様はまだまだ元気そうだったのに、きっと私を気遣って自ら座ってくれたのだろう。


「ありがとうございます」


 私は遠慮する余裕もないくらい体力が限界だった。

 慣れない運動で、よろよろと座ってしまう。


 まだまだ元気そうなイデアが、直ぐに私の足をほぐしてくれた。


「ありがとう」

「……これくらいのこと当然です。初めての登山にも関わらず、ここまで登れてしまうお嬢様にむしろ驚きました」


 イデアの言葉にきょとんとしてしまった。


「本来ならば私がおんぶをして目的地までリリアを連れて行くつもりだったんだがな」


 真顔で見つめてくるカルム様のせいで、私の顔は真っ赤になってしまった。



「そ、そんな。お恥ずかしいです」

「……私はその状態を目に焼き付けておくのでご遠慮なく、さぁ」

「大丈夫だから!」


 イデアの冗談のような発言を真剣に受け止めてしまった。

 慌てふためく私の反応にカルム様も笑っていた。

 更に普段は無表情で冷静で大人しいイデアまでもがにこりと微笑んだ。


 二人の優しさに触れたおかげだろうか。僅かな休憩で私の体力も随分回復したように感じた。

 そして何より、二人と会話が弾んだことで、私の心も軽くなっている気がする。

 もうひと頑張り、二人に気遣われながらもなんとかついていった。


 ♢


 景色が一望できるくらい高い場所まで来た。


「すごい!」

「……綺麗」

「これを見られただけで、登ってきたかいがあるかもしれないな」


 カルム様の言うとおり、目の前に広がる絶景は筆舌し難いものだった。

 これまでの疲れなど一気に吹き飛ばすような、そんな不思議な力すら感じるほどだ。


 どこにこのようなスタミナがあったのだろう……。登れば登るほど、疲れるどころか元気になってきているのだ。

 なんとなく体が熱くなっている気がしたが、おそらくいきなり運動した影響なのだろうと、この時は気にしなかった。


 カルム様は地図を確認しながら辺りを見回した。

「地図ではこの辺りは既に中腹、言い伝えの場所だとは思うのだが」


 見たところ周囲は岩と崖。僅かに木々が立っているだけでそれらしい場所は見当たらない。

 イデアはこの辺りの岩を触ってみたり、土を足で踏んだりしていた。

「……隠し通路も洞窟も見当たりませんね」


 何かあるとすれば、どこかしらに何か手がかりがあるはず。

 しばらく三人で手分けして周囲を探った。


 探索中、体に違和感を感じた。

 私の体は更に熱くなっていくのを感じ、よろめいてしまう。


 だが次の瞬間──


「きゅーーー!」


 水のない場所に聖獣『ルビー』がいきなり肩の上に姿を表した。


「ルビー!?」


 ルビー自体も、自ら姿を見せるような力は残っていなかったはず。

 不思議と、私の体の熱さも元どおりになっている。

 私は驚きのあまりルビーを二度見した。


「リリアよ、どうしたのだ?」

「え?」


 ──私だけにしか見えていない?


「ここに何か見えませんか?」

「いや、何も見えんよ……疲れで幻覚でも見てしまったか?」


 カルム様は私を心配そうな表情で見てきたが、ルビーの姿は私にしか見えていないのだと確信に変わった。


「きゅーーー!」


 ルビーは岩壁に向かってふわふわと飛んでいく。

 まるで私を導くようにゆっくりと、岩壁の一点に近づき……そして……。


 ──ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


「「な!?」」


 カルム様とイデアは、突然岩が動く光景を見て驚いてしまう。

 動いた岩壁の先は、奥まで進んで行けそうな洞窟だった。

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