ドリームファイト~アイドルたるもの、夢は己の拳でつかみ取れ!!~ デビュー編

ぽりまー

第1章

「またその雑誌見てんの? あきないねー」

 とある高校の屋上で、有名アイドルのななみが表紙になっている雑誌をニヤニヤ読んでいた前田遥香に、友人の友美はからかうような声のトーンで話しかけた。

「ばーか。友美はななみちゃんの良さが分からないんだよ」

「私もななみちゃんは可愛いと思うけど、遥香ほどは分からないかもねー」

「当たり前よ、ななみちゃんは奥が深いんだ、そう簡単にわかってもらっては困るのよ」

「熱いねー、遥香は」

 遥香はななみというアイドルが好きだった。ななみは日本で一番輝いていると言えるアイドルだ。少し小柄な体格と毛先を内側に軽く巻いた黒いセミロングが特徴で、柔らかく可愛らしい雰囲気が若年層に大人気で、当然ファンも多く、憧れてアイドル業界に足を踏み入れる者も多かった。

「遥香はアイドルになりたいとか思わないの?」

 友美は何となしに、素朴な質問を投げる。遥香は雑誌を見たまま少し考え、そして口を開いた。

「そりゃあ憧れるけど、私なんかがななみちゃんみたいになれるわけないよ」

「そうかな。遥香可愛いし、イケると思うけどなー。後別にななみちゃんみたいにならなくてもいいんじゃない?」

「アイドルになるんなら、ななみちゃんみたいなトップアイドルになりたいの。まあそんな機会なさそうだしなー」

「オーディションとか受けたらいいじゃん」

「オーディションかあ。それは面白いかも。どうせ無理なんだし、受けるのタダなんだったら受けてみてもいいか」

「それ本気ぃ?」

 このノリでオーディションを受けたら面白そうだと遥香を焚きつけてみたが、思ったより乗り気なのが面白くてニヤニヤ笑う。

「友美、私受けるよ、オーディション」

「え? 本当?」

「宝くじも買わなきゃ当たらないように、オーディションも受けなきゃ受からないからさ、駄目で元々、当たって砕けてやんよ! ……ってなにさ、友美が受けてみろって言ったんじゃん、なんでそんなビミョーな顔してんの」

「あ、いいや、何でもないよ。遥香、頑張ってね!」

「もちろん! あ、電話だ。ちょっと待ってて」

 遥香はポケットからスマホを取り出して、応答ボタンを押した。

「……え、また? 分かった、待ってて」

「また?」

「まあね、他校の奴が暴れてるらしいから、ちょっと懲らしめてくる」

「さっすがバンチョー!」

「からかわないで。それにしてもめんどくさいなぁ、なんで私が喧嘩収めに行かなきゃいけないのさ」

「それは遥香がここら一体の高校を仕切ってるバンチョーだからだよ。大変だねー」

「ちぇっ」

 遥香は高校一年生にして、街すべての高校の不良を束ねる番長をしている。女子でありながら、男子高校生にステゴロで勝てるだけの強さを持った喧嘩師で、番長の座もあっという間に力で勝ち取った。そんな自分だからこそ、そう言うもとは無縁そうな、華やかなアイドルに憧れを抱いていた。

「じゃあ、行ってくるね」

「先生には体調不良で早退したって言っとくねー」

「いつもありがと。お願い」

 友美は、勢いよく学校を飛び出る遥香を屋上から見送った。


 遥香が駆けつけると、男の三人組どうしが睨みあっていた。片方が遥香と同じ紺色のブレザー、もう片方は学ランだ。この二校は昔から仲が悪く、目があえば喧嘩することで有名だった。

「なにしてんの!」

「あ、番長! 聞いてくださいよこいつらが」

「はぁ? てめえらが悪いんだろうが!」

「喧嘩は止めろ!」

 遥香が声を張り上げて止めようとするも、学ランの一人が手をあげたのがきっかけで喧嘩に発展してしまった。この光景はいつもの事だったが、あまりにも回数が多いせいで、遥香の怒りは限界だった。

「だーーーもう! 何度も何度も喧嘩して、困ったら私を呼んで仲裁させて、もううんざりなんだよ! 全員〆てやる!」

 。そう言って遥香は、敵味方関係なしに暴れまわった。


 その遥香の様子を、たまたま通りかかって見ていた男がいた。名前は新垣二虎。大手アイドル事務所「赤城プロ―モーション」所属のマネージャーだ。だが入社してからこれといった成果を上げられず、今日も上司に怒鳴られて、しょんぼりした様子で昼食を取りに来ていた。

 そんな時、遥香が喧嘩しているところを見た。瞬間、胸が熱くなる。遥香の、肩の先まで伸びた艶のある栗色の髪、長いまつ毛に大きな瞳等、バランスの整った容姿と、喧嘩の強さが、二虎に衝撃と確信を与えた。

 不良六人全員が倒れ、遥香はため息をついて落ち着きを取り戻す。そのタイミングで、二虎は一歩前に踏み出した。

「き、君!」

「ん?」

 遥香は二虎の方に振り向いた。遥香の純粋な目と殴った時の返り血を見て日和りそうになるも、逃げ出しそうになる足に力を入れて踏ん張る。。

「あ、アイドルやらないか?」

「……はい?」

 遥香は訝し気な顔を向ける。

「……何者?」

「あ、僕は赤城プロ―モーションのマネージャーだけど」

「本当?」

 信じていなさそうだったので、二虎は名刺を取り出して遥香に渡す。遥香は名刺をまじまじと見ていたが、まだ完全には信じていなさそうだった。

「で、アイドルにならないかってどういうこと?」

「あ、うん。君にはアイドルの素質があるんだ、僕が保証する。だから、アイドルやってみないか?」

「えぇ、なんか物凄く怪しいんですけど」

「やっぱり信じてくれないよね、こんな調子じゃ……」

 二虎は今まで全くうまくいかなかったこともあって、肩を落とした。

「急に落ち込まないでよ……」

「ご、ごめん。全く成果が上げられないから、最近マネージャー向いてないんじゃないかなって思っててさ」

「え。そんな人の言う素質があるって言葉、信用できなくない?」

「うっ、それは」

 遥香は二虎の反応を見て、楽しそうに笑った。だが二虎はなんで笑われているのか分からなかったから、とりあえず苦笑いを返す。

そして遥香は二虎に近づき、二虎の手を握って目を見てきた。

「アイドルには興味あったし、いいよ、アイドルやる!」

「いいの? 信じてなさそうだったけど」

「もし騙されてたら、その時に何とかするよ、そこに転がってる奴みたいに」

 二虎は横目で地面に倒れている不良たちを見て身震いした。

「えっと、じゃあ、ついてきてくれる? 事務所に案内するから」

「うん、わかった」

 二虎は、遥香を連れて事務所へ向かう。あまりに衝撃的な出会いだったので、二虎は昼食を取りに来たことを忘れたままだった。


「さあ、着いたよ」

「本当に本当だったんだ……」

 本物の事務所を目の前にして、遥香は驚きで固まっていた。

 赤城プロ―モーションの事務所は新築で小綺麗なビルだった。窓から忙しなく働く職員の姿が見える。

「あ、そういえば自己紹介をしてなかった。僕は新垣二虎、よろしくね」

「私、前田遥香」

「じゃあ前田さん、説明があるから応接室に案内するよ」

「うん。よろしく、二虎」

「新垣さんじゃないんだ。僕一応年上なんだけどなぁ」

「細かいことは良いじゃん。それよりも、早く行こ行こ!」

 二虎は遥香を応接室のソファーに座らせアイスコーヒーを出す。そして自分は遥香の対面に座ると、目の前のテーブルに資料を広げた。

「じゃあ、説明をするんだけど、まずここは赤城プロ―モーションていう芸能事務所ね」

「知ってる。数々の有名アイドルを世に出してきた凄い所なんでしょ。私の好きなななみちゃんもここ所属だったよね」

「詳しいね。その通り。で、前田さんにはこの事務所所属のアイドルになるんだけど、それはオーディションを受けなくちゃなれないんだ」

「まあ、オーディションを受けなきゃダメってのは分かるけど、スカウトされても同じように受けなきゃいけないの? てかこれスカウトだよね?」

「他を知らないけど、僕のところはそうだよ。まあ声をかけること自体も、オーディションに受かりやすくて、将来有望な子を見つける為にやってるんだけどね」

「なるほどー」

 二虎は次の資料を取りだして、遥香の見やすいように向きを変え、差し出す。

「これに書いてあるように、来週にはオーディションが始まるんだよね」

「早っ⁉ 来週? しかもなんで国立の体育館が集合場所なの?」

「まあ、結構な人が来るし」

「あ、そっか。でも私、歌もダンスも経験無いんだけど」

「オーディションではそういうのはあまり見ないんだ。もちろん上手ければそれに越したことはないけど、オーディションは素質を見定める所だからね」

「へー」

 二虎は、今度は手書きの書類を取り出して、遥香に渡した。

「これが当日のスケジュールね。といっても、その時間に事務所前に集合して、僕が体育館まで引率するってだけなんだけど」

「なるほど、分かった」

「あ、それと当日は動きやすい格好で来てね。おしゃれとか関係なしに、ほんとに動きやすい格好で」

「ず、随分と念を押すね。分かった、当日はいつも着てるジャージで行く」

「それが良いよ。っと、これで説明は終わりね。聞いてくれてありがとう」

「うん、当日は頑張るよ!」

「そうだね。応援しているよ」

 遥香は希望にあふれた、輝く笑顔を二虎に向ける。だがこれから始まるオーディションの過酷さを、遥香は知らなかった。

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