第15話 まさかのきっかけ

 「それで、どんな魔物だったんだ?」


 装備を着用し、出発の準備をすぐさま整えた俺はまず情報を集める。

 目撃したと言う、ユヅネに聞くことからだ。


「ほとんど一瞬でしたので細かくは分かりません。ただ、それほど“大きく”は……。~~~!!」


 最後の方で、沸騰したように顔を赤くして口を抑えてしまったユヅネ。

 「大きく」という言葉で、一体何を思い出したのでしょうねえ。


 日本人にしてはそれなりのものを持ってる自信はあるので、ショックは受けず質問を続ける。


 俺もユヅネ同様、怒っているのだ。


「どこにいったか分かるか?」


「そ、そうですね……。って、優希様?」


 俺の怒りの顔に気が付いたのか、不思議な顔を見せてくるユヅネ。


 怒りの理由は魔物に対してだ。


 なんたってその魔物そいつは、ユヅネの裸を覗いたのだからな。

 断じて許せん!


「はっ! そうです、これなら!」


 そう言って差し出てきたのは彼女の右手。

 なるほど、異世界の力を使って後を追いかけようということか。


 けど、


「……何してんの?」


 俺と手を繋いだ瞬間から、ユヅネは鼻をあちこちに向けて「くんくん」と臭いを嗅ぎ始めた。


 ユヅネ犬、なんて言ったら怒られるかな。


「なんとなく魔物の臭いが残っているのです! あちらです!」


「ちょー、ちょちょちょ!」


 俺の右手をぐいーっと引っ張ってユヅネが先行していく。


 本当にそんなので見つかるのか。

 そんな心配とは裏腹に、ユヅネはずんずん進んで行く。


 相変わらず不思議な力だが、こうなればもう彼女に任せよう。


「絶対に見つけるぞ!」


「はい!」


 ユヅネの裸を覗いた罪で絶対に裁く!





「むむむ、この辺だとは思うのですが……」


「見失な……いや、ぎ失ったか」


 自分でもよく分からない日本語になってしまっているが、ユヅネの力が不思議なので仕方がない。


「というよりも、この辺は臭いが強すぎて足跡が掴みづらいのです。くんくん」


「てことは、裏を返せばこの辺にいるってことか」


「そうなりますね」


 後ろを振り返れば、さっきまで入っていた温泉がそれなりに遠くに見える。

 かなり歩いて来たのだな。


 正直覗き魔(物)への怒りは収まっていたが、どうせここまで来たのなら最後まで探そう、という精神で続けている。


 ユヅネのやる気も絶賛継続中だしな。


 引き続きユヅネとは恋人繋ぎをしたまま、俺も邪魔にならない程度に捜索をする。

 野性的特性はないが、足跡なんかがあれば行った先が分かるはずだ。


「むむ、優希様! あんなところに宝箱が!」


「宝箱だとぅ?」


 本当だ。

 ユヅネが指した岩陰の隅に、中くらいの宝箱が置いてある。


 けど、ちょっと露骨過ぎはしないか?

 しかも、こんな正規ルートを大きく外れたようなところに。


 魔物の行方が分からなくなったのもこの辺。


 ……怪しい。


「って、あ、おい! ユヅネ!」


「宝箱~!」


 俺の手をぱっと離して走っていったユヅネは、宝箱を迷わず開ける。

 次の瞬間、ガバッと口を開いた宝箱が、ユヅネの頭を飲み込む。


「――! んー! んんひ様ー!」


「テンプレ過ぎだろ!」


 そうツッコミたくなるほど、ユヅネは見事に罠に引っかかった。

 

「……はあ。ていっ」


「キャウンッ!」


 溜息をつきながら剣の持ち手部分、でガツンと宝箱を殴る。


 Fランクダンジョンの魔物なので、ユヅネが死ぬ心配もない。

 そう、これは宝箱にふんしたタイプの魔物だったのである。

 

「まったく、警戒もなしに開けるんじゃないぞ。って、どうしたユヅネ」


 今度は辺りではなく、自分の髪をくんくんし始めたユヅネ。


 まさか、


「臭いのか?」


「~~~! 乙女になんてこと言うのですか!」


「――ごはっ! ごめんって!」


 今日はいつも以上に殴られることが多い……。

 まあ、今のは俺のデリカシーのなさを認めよう。


「あの魔物です」


「ん?」


「私の裸を覗いたあの魔物の臭いです!」


「……ほう」


 宝箱を殴った時に、息を絶やして飛び出てきた魔物を見つめる。


 体は半透明で、小さなスライムのような魔物だ。

 なるほど、スライムの特性を生かして、“宝箱に擬態した”とかそういうことなのだろう。


 その証拠に、ユヅネが開けたはずの宝箱はただの木箱になっている。


 どうりでユヅネが姿を確認できなかったわけだ。

 単純に小さかったのだな。


「……ん、なんだこれ」


 その弱さに怒りも拍子抜けしてしまうが、倒れている魔物の近くに、手の平サイズの灰色の三角の石が転がっていた。


 どうやらドロップアイテムらしい。


 詳細を見るため、アイテムの近くでスワイプのような動作をする。

 ダンジョンで得られるものは、こうして情報を確認出来るのだ。


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【転職の欠片】:六つ集めることで『一次職転職ダンジョン』へ入ることが出来る


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「転職!? まじかよ!」


 激レア中の激レアアイテムだ!


 詳しくは分からないが、転職をすることで凄い力を得られることは知っている。

 そのため、転職アイテムは市場にすら出回らない超激レアアイテムである。


「よくやったぞユヅネ!」


「本当ですか! わあい!」


 わきの下の部分から手を潜らせて高い高いしてやると、ユヅネは大いに喜ぶ。

 同じ年だろうが、喜ぶのならそれでいいのだ。


「転職にはあと五つ必要らしいが、一つ取れただけでもかなりおいしいぞ!」


「あと五つ、必要なのですか?」


「あ、ああ。そうらしいけど……どうした?」


 ユヅネはそう確認した後に、ニヤアとした顔でこちらに右手を出してくる。


「ふっふっふー、それぐらい余裕です」


「へ?」


 とは言いつつも、期待を込めてユヅネの右手を握る。


「はッ!」


 ユヅネが声を発した瞬間、背筋が凍るような感覚が走る。

 まるで体の芯までじっくりと覗かれているような、そんな感覚だ。


「何を、しているんだ……?」


探知サーチですよ。一度倒した魔物の臭いは忘れません。死に際は最も臭いが濃くなりますからね」


「?」


 よく分からないが、近くの同じ魔物の気配を探っているということか?

 

「もう一匹見つけました! さあ行きますよ!」


「おわああっ!」


 ユヅネの全力はとてつもなく速かった。

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