遅咲きの落ちこぼれ探索者〜人類で最も遅く最も弱いステータスで覚醒をした俺、何故か懐いた異世界魔王の一人娘と共に最強へと成り上がる〜

むらくも航

序章 出会い

第1話 とある最強探索者の一日

 「俺は最強の探索者になる」


 一人の落ちこぼれの男がそう誓ったのは、変革がもたらされた現代社会。


 突如として、世界中のあちこちに“空間の裂け目”と言うべき、亀裂きれつのようなものが発生した。

 それは“裂け目”を表す単語から、『リフト』と呼ばれる。


 リフトに足を踏み入れれば、非現実的な世界『ダンジョン』が広がっている──。







 とあるダンジョンにて。


 そこには、見渡す限りに広がる大草原。


 辺りには気持ちの良い風が吹き、足元をなぞるように生えるのは、近くの水源の水分を存分に吸った瑞々みずみずしい草木。


 まさに発展した現代文明が失ってしまった、心を癒す大自然の景色である。


 だが、そんな景色とは裏腹に全く平和ではない。

 ここはダンジョンなのだ。


「い、嫌……」


 体は震え、立ち上がることも出来ず、目の前の怪物に完全に戦意を喪失してしまった一人の女性。


「グオオオオォォォ!」


 その怪物は、『魔物』という名で一括ひとくくりにされる凶悪な生物だ。

 巨大な魔物が振り上げた大きな斧の前に、女性は全てを諦めた。


「最後に、家族の顔だけでも見たかった……」


 そんな女性に対しても、魔物は容赦なく斧を振り下ろす。

 女性が恐怖から目をつむった瞬間、聞こえるはずのない金属音が耳に届く。


 ガキンッ!


「……え?」


 女性が恐る恐る目を開けると、一人の男が立っていた。

 男は、身長の何倍も大きいであろう斧を、片手の剣一本のみで受け止めている。


「諦めるのはまだ早いんじゃないですか」

「助けに来ましたよ!」


 斧を受け止めらながら、ニッとした笑顔で振り向くほどの余裕を見せる男、そして傍にいるのは一人の少女だ。


「あなたは……もしかして……」


 女性は大きく目を見開き、目の前の光景から目を離さない。


「グオオオオォォォ!」


「って、そろそろ重てえよ!」


 男はその巨大な斧を軽々と弾き返す。


明星あけぼし……優希ゆうきさん?」


「お、ご存知とは光栄ですね」


「グゥゥ……グオオオォォ!」


 女性と、颯爽さっそうと現れた男『優希』のやり取りを引き裂くように、魔物が咆哮ほうこうを上げる。


「なんだよ、人が話してる時に。気持ちよく殺せなかったことに怒ってるのか? それでも、この剣は簡単には折れないぞ。が通っているからな」


「グルル……」


 優希と魔物はにらみ合い、両者の間にしばし時が流れる。

 魔物は目の前の男が強いことを感じ取り、“獲物”から“敵”へと認識を変えたのだ。


 先に痺れを切らしたのは、優希。


「――!」


「え、消えた?」


 女性は真っ直ぐに優希を凝視していた。

 それでも彼を見失ってしまった。


 瞬時に『スキル』を使用した優希の速さは、目で追う事すらままならない。


「グォアア!」


「ん、浅かったか」


 優希は一瞬にして魔物の背後に回り、背中を大きく切り裂いた。


 しかし、完全に仕留めるには至らない。


「ほら、こっちだぜ」


「グオオォォォ!」


「って、おい!」


 優希は、わざわざ背後に回り込んで魔物を斬った。

 女性から魔物を遠ざけようとするために。


 それが裏目に出たのだ。

 優希には勝てないと悟った魔物は、本能的に女性弱者を狙う。


「きゃあっ!」


 今度こそ終わりだ、そう思って視界を閉じた女性だが、やはり死ぬ感覚はない。

 再び目を開いた先には、斧をで軽く受け止める少女が映った。


「はあ。俺からすればそっちの方が断然怖いぞ?」


 優希がそう言うのも当然。

 この少女は、人とはまた違った未知の力を持っている。


「弱い者いじめは許しません! たあっ!」


「グオッ!?」


 斧を受け止めていた少女は、素足で魔物の斧を蹴り返す。


 だが、その手足や身にまとう可愛らしい巫女服は、未知の力が働いているため全く汚れる様子はない。


「おいおい、ユヅネ。弱い者いじめって……勝手にその人を弱い者扱いするなよ」


「はっ! つい!」


「いや、ついじゃなくてね……」


 『ユヅネ』と呼ばれる少女は、少々天然気味のようだ。


「グオオオオォォォ!!」


 そんな茶番に、一層激しさを増す魔物の咆哮ほうこう


「じゃあ、久しぶりに派手にいきますか。ユヅネ」


「はいっ! 優希様!」


 呼び掛けるようにひらひらと舞う優希の左手を、駆けつけたユヅネの右手がぎゅっと強く握った。


 二人を繋ぐのは、すっかりと形になった恋人繋ぎ。


 二人が手を握った瞬間、あふれんばかりの未知の力、オーラのようなものが二人を包む。


「グオッ!?」


 その力を行使するよう、優希は右手を天に掲げ、その先から黒紫色の禍々まがまがしい炎を出す。


 炎は、巨大な魔物を超える程の大きな炎だ。


紫焔しえん


 男が放った禍々しい炎は、そのまま魔物を容赦なく包み込む。


「グ、オ、オ……」


 苦しむ時間が短いのがせめてもの救いと言うべきか、そんな無慈悲な炎におおい尽くされ、魔物は成すすべもなく消滅していく。


「ふう、一件落着っと。お、レベルが上がったか」


 優希は、自身にしか聞こえない音に耳を貸して独り言を呟くと、その場でステータスを開く。


-----------------------

ステータス

名前:明星優希

……

-----------------------


 しかし、ひょいっと覗き込もうとしたユヅネが確認をする前に、優希はそれをさっと閉じる。


「あー! どうして見せてくれないのですか優希様!」


「まーまー。とりあえずレベルの確認だけだよ。後で見せてやるから」


「むうう……。それで、上がっていたのですか?」


「ああ。それほど強くない魔物だったけど上がってたよ。これもギフト:【下剋上】のおかげかな」


「下剋上って……。どう見ても、あの魔物より怪物だと思いますが……」


 優希はそれだけを報告し、魔物が消滅した跡の辺りでしゃがみ込んだ後、女性の元へ寄る。


「大丈夫ですか」


 優希は手を伸ばし、立ち上がった女性に、魔物からドロップした物を渡した。

 手に持っていたのは、紅色の光を強く放つ“輝かしい石”だ。


「どうやらAランクの『魔石』みたいです。これだけでも結構な金になるはず。家族がどうとかって言っていたでしょう? これからは無理をせず、“命を大事に”してください」


 『魔石』とは、魔物を倒した際に得られることのあるアイテムであり、今の人類にとっては新たなエネルギー資源でもある。


 現代社会において最も価値の高い物の一つ、とすら言えるだろう。 


「そ、そんな……とても受け取れません」


 女性の言葉に優希は前方にずっこける。


「お、おお、そうくるか。じゃあ……そうだな。これはあなたのご家族さんにです。それなら受け取ってくれますか?」


 優希ははっきりと真っ直ぐな目で女性を見た。

 女性にそれ以上何も言わさぬような、そんな強い目だ。


「あ、ありがとうございます……!」


 女性は泣き崩れ、その魔石を大事そうに仕舞う。


「良かったのですか?」


「ん、別に良いだろ。あれぐらいすぐに手に入るさ」


「ふふっ、それもそうもですね」


 女性に聞こえないよう、こそこそと話す二人。


 この後、女性も連れ、一行は優希を中心にダンジョンをあっさり攻略。

 この凸凹コンビは、今日もまた一人の人を救った。





 ダンジョンは、人々が“夢を追う”場所。


 2023年に突如として出現したそれは、人類にとって大きな希望となった。


 2020年に謎の感染型ウイルスが大流行し、社会は世界規模で大混乱。

 どんな大国であれ、経済はいちじるしく停滞した。


 しかし、ウイルスがもらたらしたのは不幸ばかりではなかった。


 完全なるウイルスの終息を迎えた2023年。

 暗い社会を照らすように出現・発現したのは『ダンジョン』と『人類の覚醒』。


 ウイルスを克服した人類は、それによって覚醒したのだ。

 そして、覚醒に呼応するように現れたのは非現実的な世界、ダンジョン。

 

 覚醒時期に個人差はあれど、覚醒者は身体能力が飛躍する『ステータス』、スキルや魔法といった、まるでファンタジー世界の様な力を手にしたのだ。

 

 そんな覚醒者たちがこぞって足を運ぶのは、もちろんダンジョン。


 ダンジョンには『魔石』をはじめ、数多の未知の発掘物が存在するからだ。

 それらは既存の物とは一線を画す、とんでもない価値が付く。


 そうして時間を待たずして、ダンジョンから未知の発掘物を持ち帰ることを生業なりわいとする者たちが現れる。


 人々は彼らのことを『探索者』と呼ぶ。 


 彼らが賭けるのは自身の命。

 得られるものは未知の宝。


 まさに究極のハイリスク・ハイリターン。

 “究極のギャンブル”と呼ぶ者もいる。

 

 そうして富・名声を上げた探索者は当然、莫大な財産を持つ。

 そんな莫大な財産を手に入れ、人々から羨望の目を浴びる探索者の一人が明星優希である。







<優希視点> 


 じゅううう〜。


「うんめええ!」

「やっぱりここのお肉は最高です!」


 俺とユヅネは、さっきの探索の帰りに肉を食べ幸せを感じに来ていた。


 昨日は高級な海鮮を食したので、今日は肉だ。


 ここは都内有数、それなりに地位のある者しか入ることが出来ない超高級焼肉店。

 東京の一等地に建つ超高層ビルの高層階に、それはあった。


 そこで俺たちは、貸し切りで最高級の肉を食らう。


「はあ~、幸せだ。舌が直接幸せだと言ってる~」

「頬がとろけそうです~」


 常連といえども全く飽きがこない超上質なお肉に、豊富なメニュー。

 片手にはキンキンに冷えたビールも携え、気分は最高潮。


「今日も良い食べっぷりだねえ、優希君! ユヅネちゃんも!」


 声を掛けてきたのは、ここの店主さんだ。


「ほんと、こんな頻繁に貸し切っちゃっていいんですかねえ」


「いいってことよ! 君達は前の店からの常連さんなんだ! それに、こんな高層に店が構えられたのも君達のおかげだしな! まあその分、食べていってくれよ!」


「「はい!」」


 俺たちの元気な返事に店主さんは笑顔を見せ、肉がふんだんに盛られた皿をテーブルに乗せて、また厨房ちゅうぼうへと戻っていく。


 若干飛ばし過ぎたので一旦食休みをしながら、横へちらっと視線を落とす。

 そこには、高層階ならではの夜の絶景が映る。


「綺麗です……」


「そうだな……」


 うっとりとした表情で外を眺めるユヅネにつられ、俺も一面ダンジョン産ガラスで出来た外側へと目を向ける。


 夜にもかかわらず明かりは消える気配を見せず、ダンジョンによってさらに発展した東京の街並み。


 ちょうど真っ直ぐ見た目線を境に、下はビル群、上は満天の星空だ。


 ダンジョン関連の産業により、再び“世界一の都市”の座を取り戻した東京。

 それを一望できるこの場所は、まさに特等席。


「優希様……」


「な、なんだよ……」


 恥ずかしさから聞き返すが、ユヅネの言いたいことは分かる。


 横を見れば絶景、周りには誰もおらず二人っきりの店内。

 焼肉店ではあるが、ここは俺たちが数え切れないほど一緒の時間を過ごした思い出の店。


 シチュエーションは完璧だった。


 発展した社会でも、誓いを交わした男女が指輪をつける文化は残っていた。

 俺たちの左手薬指はまだ何かを求めている様。


「「……」」


 店主さんも空気を読み、表には出てこない。

 じっと見てくるユヅネを視線を合わせて、


「ユヅ――」


「おーい!」


「「!」」 


 店の自動ドアが開き、入って来たのは仲間たち。


「あちゃー」


 厨房ちゅうぼうの方からは店主さんの声がした。

 

「……お前たちかあ」


「え、え? 何かあった? えーと……ごめん。とりあえず」


 店外から様子を確認できない彼らに罪はない。

 罪があるとすれば、中々踏み出せない俺の方なのかもしれない。


「すみません、わたしがみんなの呼んだの忘れてました……」


「そ、そうなのか……」


 ユヅネは愛想笑いのような表情を見せて、仲間たちを呼ぶ。

 まあいいか、こうなれば俺ものらざるを得ないな。


「ユヅネの言う通りだな。さっさとこいよ!」


 仲間たちを呼び掛けて席に着くと、賑やかな雰囲気になる。

 ユヅネの内心は残念なようで、どこかほっとしているみたいだ。


 こうして俺たちは、いつものように幸せで騒がしい日常をこの日も刻んだ。


「……」


 俺は、少し見上げて考える。


 こうしてユヅネと一緒にいられて、みんなと幸せを分かち合って、本当に恵まれた人間だな、と。


 解決しなきゃいけないこと、これから考えるべき事もまだまだたくさんあるが、俺は今、幸せな毎日を送っている。


 自由奔放で、色々とすごい事情をお持ちで、最近やっと何を考えてるか分かるようになってきたぐらいだけど、俺はそんなユヅネに隣にいてほしい。


 けど、俺だって、何も最初からこうだったわけじゃない。


 何しろ俺は、人類で最も遅く、最も弱いステータスで覚醒した、落ちこぼれ探索者だったのだから。

 

 そんな俺を変えてくれた全てのきっかけは、間違いなくあの日。

 ユヅネと出会った、あの運命の日だろうな。


 ユヅネと出会ってからは、俺の全てが変わっていったんだ。

 ユヅネと二人なら、このままどこまでもいけそうな気がする。


 今となっては、その全ての思い出が懐かしくもあり、ついこの間だったような気もする。


 俺は遠い目をしながら、そんな懐かしい日々を思い出す。





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