第2話 落ちこぼれ探索者と訪ねてきた少女

 2027年春、東京。


「いぎだくないよお」


 俺は、机の上で突っ伏して弱音を吐いている。


「……ステータス」


 ぼそっと呟くと、視界の前には半透明で不思議な表のようなもの、『ステータス』が浮かび上がる。


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ステータス

名前:明星あけぼし優希ゆうき


レベル:1


職業:なし


攻撃力:1

防御力:1

素早さ:1

魔力 :1


スキル:【遅咲き】

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「相変わらずだ……」


 何度見ても弱い、弱すぎるだろ!


 ステータスは、元の人間の身体能力に加算されるだけなので、ただ生活をする上では問題ない。

 問題ないが……周りに比べればやはり劣等感を感じてしまう。


 四項目合わせて、普通はどんなに低くても20はあるそうだ。


「ちくしょう」


 そんな俺はもしかして……と、可能性のない希望を抱いてスキル欄の【遅咲き】をタップする。


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【遅咲き】:人類最後の覚醒者。効果は特に無い。


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「嫌味か!」


 非力な台パンの後に「はあ」と、ため息をついて再びうなだれる。


「とは言ってもなあ。お金もないし、行くしかないか。今日は報酬が得られると良いな……」


 俺の名は明星優希。

 最終学歴は中卒、東京で一人暮らしをしている。


 現在、ダンジョンの発掘物から報酬を得る職業、『探索者』として生計を立てている二十歳だ。


 しかし、生計を立てているといっても月収は十万にも満たない。


 家賃を払い、食費・光熱費、その他諸々を払えば手元にはほとんど残らず、多くもない貯金を切り崩しているような、そんな貧困生活を送っていた。


「来月の家賃、ギリだ」


 それもそのはず、俺はFランク探索者だった。

 『探索者協会』によって定められた、F~Sランクまである中の一番下。


 さらに言えば、Fランクのダンジョンですら、ろくに報酬を得ることが出来ない落ちこぼれ探索者だった。


「何がFランだよ、まったく」


 四年前に出現し始めたダンジョンにより、現代社会は大きく変わってしまった。

 それは良い意味でも悪い意味でも、だ。


 俺にとっては悪い意味でしかないのだが。

 

 ウイルス終息と共に現れ始めた覚醒者たち。

 初めは覚醒者が現れる度にニュースになり、暗い世の中を明るくする希望として、大きく取り上げられていた。


 いつかは自分も、なんて思っていたのだろう。


 そして、段々と覚醒者の数が増えていく中でそれが当たり前となり、気がつけば人類全員が覚醒者というわけだ。


「俺だけを置いて……だけどな」


 そうしてあろうことか、ダンジョンに全く関係のない学校や企業、バイト先までもが、ステータスを“人を評価する最重要材料”として扱うようになった。


 世はまさに大ステータス時代ってか?

 ふざけやがって。


 そんな現代で、つい先日までの俺はステータスを見る事すら出来ない未覚醒者。

 いくつも掛け持ちしていたバイトを、全て不当に解雇されるまでそう時間はかからなかった。


 誰よりも必死に働いたバイト先ではさげずんだ目で見られ、世の中が変わる前にバイトで溜めたお金で、なんとか食いつなぐ生活を送る。


 そして二か月前。

 俺は待ちに待った覚醒を果たし、それはもうウキウキでステータスを開いた。


 その結果が、まさに“最弱”。


「そりゃないだろお……」


 とは言え、お金もすでに底をつきかけている。


 いくつ企業に応募しようとも書類は通らず、バイトもこんなステータスじゃ面接で鼻で笑われて帰される始末。


 もう俺には、探索者しか残されていない。

 そうでもしないと、冗談抜きで明日がない。


「うし、行くか!」


 俺は重い足をなんとか立ち上がらせ、先日Fランクダンジョンで負った左腕の怪我を抑えながら、玄関の扉に手をかける。


 すると、


「うおっ!?」


 玄関のドアを開けた先。


 目の前に、今まさにドアノブに手を掛けようとしていた、信じられないほどの美少女が立っていた。


「え……えっ?」


「……!」

 

 その子は口を真ん丸にして俺のことをぼーっと見ている。

 俺には眩しすぎる美少女だ。


「あ、あなたは! あなたは優希様ですか!?」


「!? え、えっとー……」


 バタンッ!


 現実とは思えない光景に頭が追いつかくなり、脳がショートする前に俺は一旦ドアを締める。


(なんだ今のは。あんなに可愛い子が俺の名前を? 夢でも見ているのか? そうだ、これは夢だ。よっぽど疲れてるんだな、俺。ははは……)


 現実とは信じられないながらも、俺は再びドアに手を掛ける。


「もう一回だけ……」


 ドアをゆっくりと開けると、


「ううっ、えぐっ、ぐすん」


「え!? あ、あの、君──」


「私の事は嫌いですか? 優希様」


 その光景に、今度は無言で頬を引っ張る。


「いててっ」


 どうやら夢じゃないらしい。


「あ、あのー」


「……ぐすん」


「うっ」


 こんな可愛い子の上目遣い、さらに泣かれてしまってはさすがに放っておけないよな……。





「落ち着いた? えーと……ユヅネ、さん?」


「はい……」


 動揺してるのはむしろこっちなんだけど……。


 ずず、とお茶を上品に飲む少女。

 玄関先で泣かれていてはご近所に勘違いされる可能性もあるので、とりあえず家の中に上がってもらった。


 一応、軽い自己紹介もしてくれた。


 この子の名前は『ユヅネ』。

 異世界の魔王の娘とかなんとか言ってたけど……多分設定だ、うん。

 軽くスルーしておこう。


 そして、


「わたしはあなた様と結婚するために、異世界よりこちらに来たのです」


「そ、そうなのですか……」


 先程から、何度もこういう訳の分からないことを言ってくる。

 

 俺のことを「ゆうきさま」と呼ぶので、名前は間違っていないのだろうけど、おそらくそれは違う、俺ではない「ゆうきさま」だと思う。


 だって、


「……」


 俺は心臓をバクバク言わせながら、少女の方をちらっと見る。


 輝き、透き通るような金の髪を持った、綺麗で幼い顔。

 所々に控えめの菊の花が刺繍ししゅうされた、和服のような着物に身を包み、そのお茶を飲む様相からも、全体的に上品な雰囲気が感じ取れる。


 「私」ではなく「わたし」と聞こえるのは、その少し幼い見た目のせいなのかもしれない。


 魔王の娘ってのはともかく、どこかのすごいお嬢様には間違いなさそう。

 

 それならばなおさら、こんなお嬢様が「俺と結婚したい」だなんて言ってくるはずがない。


 ちゃんと落ち着いたら、そっと帰してあげよう。


「あ!」


 そんな事を考えている中、ちらっと横目に入った時計を見て用事を思い出す。


 そうだ、ゆっくりしている場合じゃなかった!


「ダンジョンに行かないと! 早く行かないと遅刻だ!」


「……? だん、ぞん……とは?」


 今のこの時代でダンジョンを知らないのか?


 まあ、それはいいとして!


だよ! えーと、ごめん! 時間が無いんだ。とりあえず今はここから出て──」


「付いて行きます」


「え?」


「付いて行きます!」


 ユヅネは、ガバっと俺の足に引っ付いた。


「ちょ、ちょい! 離れろって!」


「嫌です! 離れませんー!」


 ダメだ、強すぎる。なんだこの力!

 ……いや、俺が非力なのか。


 って、そうじゃなくて!


 このままじゃまじで遅れる!

 まずい、俺の生活費がかかっているんだー!

 

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