第26話 今までの分を込めた本気の制裁

 その場にしゃがんだユヅネが、壊れた壁の破片をつんつんしながら口を開く。


「ダンジョン産といってももろいものですね」


「いやいや、ユヅネが強すぎるだけだから」


 優希に続き、手を繋いだユヅネも思いっきり壁をぶっ壊した。


 普段お上品なユヅネだが、実は案外ノリが良い。

 大好きな優希となんでも合わせたい、というだけでもあるのだが。


 ぶっ壊した壁から現れ、事務所内をぐるりを見渡した優希は、「お」とその姿を見つける。

 

 夜香が恨むオーナーだ。


「いたいた。夜香が言ってた通り、偉そうな顔してますね」


「な、なんだ貴様は!」


 衝撃で眼鏡が下にずれたオーナーは、怯えて椅子にしがみつきながら、かろうじて言葉を発する。


 そして、その見たことある姿に気がついた。


(こいつ、明星優希か!?)


 その事実に気づき、恐怖が先行するも、無駄に高いプライドだけが彼の口を必死に動かす。


「こ、ここ、こんなことをしてどうなるか、わ、分かっているのか!」


「え、大丈夫なんだよね? ユヅネ」


「明星、お前に聞いているんだよ!」


 オーナーは蚊帳かやの外にして、ユヅネと会話を続ける優希。


「はい、大丈夫ですよ。この空間をしましたから」


「……は?」


 ユヅネは、嬉しそうに優希の腕にぎゅっと絡まる。


 ユヅネの言う通り、この事務所はユヅネの力によって亜空間に隔離されている。


 簡単に言うと今の状況は、事務所の周りに破壊音が聞こえる事もなければ、認識する事もできない。


 つまり、やりたい放題だ。


 夜香がオーナーに手出しできなかったのは、家族を人質にとられていることもあるが、周りに反抗がバレるのを恐れたためでもある。


 それを今回は、ユヅネの異世界の力というなんともチート能力でねじ伏せた。


「これも、わたしと優希様の“想いの力”が強くなった証拠ですね!」


 実際、今まではここまでユヅネの力を引き出すことは出来なかった。


 ユヅネの異世界の力をより強く引き出す鍵は、二人の“想いの強さ”。

 すなわちこの現象は、優希の気持ちがユヅネに向き始めていることを暗に示唆しさしている。


「……は?」


 一方で蚊帳の外メガネさん、もといオーナーはなんこっちゃ分かるはずもない。


「外からは何が起きているか全く見えませんよ」


 そうして、合図を出した優希に従い、夜香が姿を現す。


 夜香の姿を目にした途端、オーナー怒りをあらわにする。


「……夜香、お前の仕業かぁ! こんなことをして、お前の父親はどうなるか分かって――」


「久しぶりですね、我がオーナー。もちろんそちらは、監視しとったと思われますが」


 そんな怒り狂うオーナーの言葉をさえぎるように話し始めたのは、夜香に続いて姿を現した夜香の父『三日月ひろし』だ。


 その姿に、オーナーは目を真ん丸にして高速で瞬きをする。


「ん?」


 地下に閉じ込めていたはずの三日月浩が目の前で喋っており、オーナーはいよいよ事態を飲み込めない。


「ぷぷぷ……」


 あまりに優希の思い描く展開になりすぎたばかりに、ユヅネはもう笑いをこらえきれない。


「おいおい、笑ってやるなよユヅネ……ふふっ」


 優希とユヅネのお芝居はここまで。


 舞台を整えれば、あとは彼女ら夜香たちが解決する。

 すでにオーナーは戦意を喪失しているので、反抗すら出来ないだろう。


「よくも散々、娘をこき使ってくれましたね」


 浩がオーナーにゆっくりと近寄っていく。

 この時を待ち望みしてきたのだ、すでにひるむことはない。 


「ち、違う、誤解だ。私は、あくまでこれから君達に還元しようと――」


「うるさいっ!」


「ぐぉあっ!」


 言い訳を並べるオーナーに、夜香の本気の制裁。


 そのまま事務所の壁を突き抜けたオーナーは、隔離された亜空間の効果によって、前に飛び出したかと思えば勢いのまま後方から吹っ飛ばされてくる。

 2Dゲームでよくある、画面の端と端が繋がっているステージのようだ。


「うぅ……」


 その光景に、ぽかーんとする優希。

 

(凶器より顔面パンチを選んでたら、俺なんか一瞬だったのでは……?)


 そう思ったのは内緒にしておくことだろう。

 そして夜香の怒りは続く。

 

「私の事はいい、これも自分で選んだ道だ。でも、家族を巻き込んだことは許さない! 罰を受けなさい!」


 ギリッ、と歯を食いしばるも、オーナーは制裁ですでにほぼ気絶状態。

 さすがの夜香もそれには……いや、


 ボガッ!


 顔を蹴り飛ばした。

 多分、結構本気で。







 その後、夜香の兄妹たちも解放。

 事を収めた上でオーナー、そして複数の共謀者達も一人残らず協会に連行された。


 幸い、兄妹たちは父のような地下ではなく、オーナーの監視下にある保護施設に預けれており、特別痛めつけられた跡などもなかった。


「終わったね」


「ああ」


 優希たちは夜香と共に、オーナーが協会に連れられて行くのを見守る。

 だが、優希とユヅネの顔は少し切なげだ。


「じゃあ、私も行くわ」


「……本当に、良かったのか?」


「うん。私も、やってしまった事があるから」


 夜香は、今までの行いをかんがみて自首したのだ。


 夜香が直接手を下したわけではないが、事故を装って探索者を引退させてしまった者はいる。


 彼女は罪を清算したかった。


 その裏には、次に優希に会う時は綺麗な自分で会いたい、そんな思いがあった。

 罪が完全に消えるわけではないのは分かっているが、これは彼女のけじめだ。


「……待ってろ」


「……? ふっ、何がよ。じゃあね」


 手をくくり付けられ、協会に連行される夜香。


 夜香は、最後の優希の「待ってろ」の言葉の意味はよく分からなかった。

 いや、思い返してみれば全体的によく分からない男だった、そう上を見ながらここ最近の楽しかった探索を思い返す夜香。


(またいつか、会えると良いな)


 自分の処遇がどうなるかは不明だが、そんな想いを浮かべると、自然に笑みと一筋の涙がこぼれる夜香であった。







「出ろ」


「……え?」


 夜香が協会の牢に入れられて一週間ほど。

 突如、彼女は牢番の者にそう告げられる。


 明らかに悪いしらせではない、そう直感した。


(何をされるっていうの……?)


「退所だ。お前を助けてくれた者がいる。その者たちに感謝をし、二度と繰り返さないことだな」


「え、いや、ちょっと……」


 あっという間に手錠は外され、手入れされた状態の装備を渡される。


 ここ一週間は牢にいるとは思えないほどの待遇の良さで、毎日風呂にも入れてもらったため、特に外に出ることは抵抗はない。


 ただ、理解が出来ない。


「あ……」


 だがその困惑は、協会前にいた二人の姿を見た瞬間、歓喜に変わる。


 相変わらず凸凹なコンビ。

 けれど相性は抜群の不思議なコンビ。


 夜香の瞳からはしずくこぼれ落ちた。

 今の彼女の瞳は、悪事を働くことのない綺麗な瞳だ。


「おかえり」

「ふーんだ」


 男は労い、少女は拗ねた様子。


 それでも、少女が手伝ってくれたことは見なくても分かる。

 彼らは奴らなのだ。


「ただいま」


 一言、そう述べるだけで優希とユヅネにも笑顔が戻る。


「帰ろう。良い場所があるんだ」


 こうして、夜香は牢から出てきたのだった。

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