最終章

143 山峰あかり(29)

 29歳OLの土曜の朝は遅い。


 昨日は飲み会だった。電車のある時間に帰ることに成功したものの、つい興が乗ってPCを開いて小説の続きを書き始めてしまい、気が付いたら寝落ち。そこからとりあえずメイクだけ落としてベッドに転がっていま気が付いたところ。


 顔を洗って化粧水をはたく。むくんだ顔を見てもう一度化粧水を念入りに。それから冷蔵庫を開けてスポーツドリンクを一気飲み。ようやくいままで人間でなかったものが人間に戻ってきたような気がした。


・・


 人間に戻ったあかりは部屋の中を見回す。散らかっているわけではないが雑然とした部屋。引っ越しのすぐ後で物が多すぎるのだ。今日は土曜日だから近所に引っ越しのあいさつも行かないと。


 机の上には数個のフィギュアが飾ってあるがあれは飾り用。本来の厳選コレクションはガラス戸棚の中に陳列する予定だがまだ段ボールの中。厳選されなかったものは実家に送り付けた。机の上には最近のアニメのフィギュアだけでなく、アメリカの子供たちがD&Dを遊ぶときに使うメタルフィギュアも置いてある。といってもあかりがD&Dを始めとするTRPGをやっていたのは学生の時だからもうずいぶん前のものなのだけど。


 机の上、ノートPCの横にはエルフのフィギュア。ちょっと前のアニメのキャラクターで胸が大きくてちょっとエロいチュニック。まあアニメのエルフはたいていそうだ。


 フィギュアの反対側には写真立てがある。映っている写真は高校生の頃のあかり、そして隣には大学生ぐらいの男。あかりは写真に視線を止める。


「お兄ちゃん……」


・・


 あかりの兄が行方不明になってからもう10年以上経つ。理系の大学生で東京に一人暮らししていた兄はある日姿を消した。


 電話にもメールにも返事がなく、学校に問い合わせても分からない。SNSから兄の友人を特定して聞いてみたが誰も知らないようだった。兄のPCのパスワードをツールで解析してハッキングし、メールからブラウザの履歴から調べて回ったのだが分かったのは兄の性癖だけ。女子高生ものが多いのは気になったが男というのはそういうものだろう。


 ブラウザ履歴の最後の方をみて調べていたらしい神社も行ってみたが、特に何も手掛かりはなかった。そしてそのまま月日は流れる。


 あかりは兄と仲が良かった。他の友達からすると信じられないらしいが、あかりは兄が大好きだったのだ。もし兄弟でなかったら付き合って欲しいぐらい。

 時々東京に来ると兄の下宿に来ては泊っていたのだが、その時も夜中に兄の布団にもぐりこんでは困らせていた。胸が当たると挙動不審になるお兄ちゃんがちょっとかわいかったのだ。


 行方不明の兄はそのまま大学を除籍になり、あかりが社会人になってからしばらくして行方不明が確定。そのころあかりは都内に出てテクニカルライティングの仕事をするようになった。そしてさらに数年。


 あかりは以前から考えてた小説を書いてみようと思った。ファンタジー世界に転生したお兄ちゃんが妹と冒険する話。お兄ちゃんのことはもうみんな覚えていないかもしれない。でも自分は忘れない。


『妹の名前は何にしようかな』


――

挿絵はあかり

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330654447183080

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