96 実験

『クリーン!』


 教会の呼び出しとかもあって遠出ができないため、このところ僕は部屋でクリーンの実験をしている。前にダンジョンで水たまりにクリーンをかけたことを思い出したのだ。あの時と同じように、コップの牛乳にクリーンを掛けて水以外は不純物だと念じる。


 コップの中は水になった。味がしない。純度100%の水。


「おにいちゃん何してるの?」

「クリーンの実験なんだけどね」


 次は、逆に水は不純物だと念じて牛乳にクリーンを掛ける。すると。

「やっぱりそうか」

コップの底に粉末の牛乳が積もっている。


「水はどこに行ったのかな」

シャリが首をかしげる。

「不思議だね」


 水に塩を溶かす。コップに入れる。そして水は不純物だと念じてクリーン。コップの中に白い結晶が残る。

「しょっぱい。塩に戻ったよ。おにいちゃん!」

ちょっと面白いかも。


 次は目の前の空間、つまり空気しかない場所にクリーンを掛ける。とりあえず50cm角くらいの空間。空気は不純物だと念じてクリーン!


 ボン!


 大きな音がした。僕の念じた空間から空気が消えたのだ。突然発生した真空に周りから空気が押し寄せて衝突し、大きな音が発生した。

「びっくりした!」

シャリが目を回している。

「ごめんごめん」


 他にもやってみたけど、固形物の中はクリーン出来ないようだ。あくまで表面だけ。あるいは液体か気体のみ。これ、何かに使えないかな。


 メイが帰ってきたのでやって見せる。ぽかんとした顔。

「こういうの興味あると思ったんだけど……」

「フィン」

「なに?」

「実験に付き合って」



「なるほどね」

メイはフラスコを置いて最終データをチェックした。実験室に使っている倉庫には科学実験室のようなガラス器具や装置が大量に並んでいる。もっともガラス器具は彼女の恩恵で原材料から作成可能なので見た目ほど金がかかっているわけではない。


 彼女の親が織布工場とするために購入した王都内の倉庫であるが、織機の調達が遅れているため空いていたところを勝手に使っている。織機など彼女の恩恵を使えばいくらも作れるのだが親には黙っている。ここはメイだけの実験室なのだ。


 村の魔女の能力、つまりアルケミストの恩恵の範囲でできることはほぼ解析できた。本来は高温高圧や触媒が必要な化学合成の過程を、恩恵を使えば常温常圧のいわゆる「魔女の鍋」で行うことができる。それはもちろんすごいことなのだが、メイの転生前の世界の科学技術でも手間とお金を掛ければ可能だ。しかし科学技術ではヒーリングポーションは作れない。では何が違うのか。


 この世界に特有なのは「トロールの血」のようなファンタジーな材料だ。なぜトロールの血からヒーリングポーションが作れるのか。トロールの血に何かが含まれていて、ヒーリングポーションにそれが入っているのか。


 メイの結論は「そんなものはない」ということだった。ヒーリングポーションには魔法のエキスは入っていない。あれは「治ると思うから治る」のだ。


 そして、メイの恩恵は「上級錬金術」だ。単なるアルケミストではない。アルケミストの恩恵を使えば自在に化学反応を制御可能だが、そもそもの錬金術とは水銀から金を作るような技だ。化学反応ではなく、原子レベルの物質変換。そしてそれに必要なのは……


 物質変換を試みようとすると必要とされる賢者の石。しかしメイは本質的には賢者の石は反応を促進する触媒でしかないと考えていた。

 この世界の法則では、可能であることは出来ることだ。賢者の石がなくともそれと同等の機能は実現可能だろう。イメージ次第で核反応をも制御できるはずだ。


 転生前、彼女は大学院に飛び級で進学し博士課程に在学していた。専門は核物理学。彼女はこの世界の物理法則を推測する。


――

メイの挿絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652504019973

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