46 トロール・リポップ

「兄妹会議を開催します!」

兄妹が納屋に集合する。干し草の上に三人で座り込む。


「でも僕まだレベル上がってないよ」

「知ってるわよ」

あかりの恩恵を使えば整数部分だけならレベルは見れる。


「今日はトロール対策について」

「この会議、そういうまともな話もするんだね」

ちょっとびっくり。


 トロールは強い魔物と言われているが、それは主に強力な再生能力と長い腕から繰り出されるリーチのある攻撃から来ている。皮膚は硬くもないし、いわゆるHPはそれほど高くもない。ただどれだけ傷を負わせても再生してしまうので完全に倒すには傷口を焼く必要がある。なんというか「面倒くさい」相手なのだ。


「トロールは倒した後焼かないといけないでしょ」

「あれが面倒なんだよね」

「それでいういうの用意したの」

あかりはガラス瓶を取り出す。

「なにそれ」

「濃硫酸」ちゃらららったらー。


 濃硫酸もトロールに聞くのかと聞いたら、どや顔で常識だとのこと。どこの常識だろう。

「そんなのどうしたの?」

「アルケミストのおばあちゃんよ」

ああ、あの魔女の人ね。悪い人ではないんだけどいい人でもないんだよな。それが魔女なのかな。


「水鉄砲とかあるといいんだけどね」

「それは今後の課題ということで」



 ダンジョン三階には確かにトロールがいた。


 僕ら三人ならトロールでも二体までは何とかなる。一体なら単なるレベルの素みたいなものだ。数がいても距離を取れてあかりが魔法を使えればそんなに問題はない。問題は囲まれた時で、特に乱戦になると非常にいやらしい。


 そしてダンジョン三階を進んだところ、扉を開けると一体のトロール。単なるレベルの素かな。あかりがマジックミサイルを撃ち込んだところに、こないだの槍を伸ばしてグサグサと刺す。魔法の槍だけあって刺さりもいいし何と言っても切れ味が劣化しないのが素晴らしい。


 倒れたトロールのグニャグニャして触手のような腕に槍の歯を立てる。関節にこじ入れて腕を切り離してみた。それでも腕はぴくぴくと動く。再生能力ってすごいな。


 シャリがトロールの頭をぐちゃぐちゃと叩き潰しているところにあかりが硫酸の瓶を開ける。すごい臭いの煙。

「火が要らないのはいいけどダンジョンだと臭いがすごいね」

そう言いながらも僕はさっき切り離した腕の観察を続ける。

『本体が死んだとき、腕はどうなるんだろう?』


 本体が死ぬと腕から本体が再生して新しいトロールになる、のか。本体が死んだ瞬間に腕も死ぬ、のか。もし前者であればトロールをバックアップから再生できることに。


「おにいちゃん、何してるの?」

「いやちょっと観察を」

「もう行くわよ」


 腕も黒い煙になって消えた。後者ですね。となると、本体を細かく切ったらどれが本体なんだろうな。



 その後、僕らは何とかならない事態になっていた。


 部屋を出ようとしたところにちょうど二体のトロールが入ってきたのだ。ここはトロールの住処だったのかもしれない。

 とはいえ三人いれば二体なら対処できる。僕はスコップ!で壁を作りつつシャリの攻撃力付与を待つ。

「!」

背後の気配を察知した。ちらっと横目で見る。チラチラとした光。


 地面からトロールが生えてきた。


「リポップした!」

いや、早すぎだろ。


・・


 二体まではなんとかなるが、三体に囲まれるのは厳しい。後ろから来たトロールが後衛にいたあかりに迫る。あかりはマジックミサイルを撃ち込むが、トロールは止まらない。


『縮地!』

水平に構えたスコップ!を、あかりに迫るトロールの腹にぶち当てる。トロールは二つに切断こそされなかったものの大ダメージを受けて倒れた。


 グガッ!


 背後から生々しい音がした。トロールの腕に当たったシャリが吹っ飛ばされて壁にたたきつけられている。シャリのほうが二対一になっていたのだ。二体のトロールがシャリを取り合って引き裂こうとしている。


『縮地!』

トロールの一体をスコップ!で吹き飛ばす。トロールの長い腕がちぎれて飛ぶ。


「シャリ!」

シャリを抱える。息をしてるのか。薄暗いし周りもうるさいしよくわからない。もう一体のトロールが動き出す前に。


「あかり、逃げるぞ!」


 そう叫ぶとシャリを抱えて部屋から出る。前にさらに一体のトロール。なんと四体目だ。そしてその後ろにはトロールでない生き物がいる。なんだ。

 身長は2mほど。ひょろっとした体型。鎧のようなものを着て、剣を持っている。ゴブリンやバグベアのような粗末な装備ではない、人間のような装備。そして頭は犬。


「あれは……」

僕に追いついたあかりの声がすぐ後ろから聞こえる。


 二体のトロールが迫る。トロールは背を屈めていても身長が3mもある。地面まで届く長い腕が合わせて四本伸びてくる。シャリを抱えたまま躱すが、僕の後ろからも戦っている音。あかりが中から出てきたトロールの相手をしている。もう再生したのか。


 後ろに気を取られた時、何かが僕の頭に当たった。湿った音が頭蓋に響き、視界が暗転する。死角から伸びてきたトロールの腕か。


「おにいちゃん!」

シャリの声が聞こえる。どこから聞こえるんだろう。前が見えない。頭がダンジョンの堅い床に叩きつけられた。見えない視界に火花が散る。意識が消えていく。そして。



 ダンジョンの扉を開けると一体のトロールがいた。なんかゾワゾワっとする。


「逃げよう」

トロールは強敵だが、一体であれば僕らなら逃げることは易しかった。


 どうもトロールを見た瞬間、胃の奥がじゅっとなってきりきりと痛むのだ。なにかトロールにトラウマでもあるみたいだな。



「兄妹会議を開催します」

家に帰るとあかりが開催を宣言した。


「まず、シャリがレベル4になってる件」

間違いない。シャリのリワインドの恩恵が発動している。ということは僕は死んでシャリのレベルが下がってやり直しになったわけだが、どこからやり直しだったんだ?


「シャリはおにいちゃんが無事ならそれでいいです」

「それでいいって訳にもいかないでしょ」

あかりはジト目で僕を見る。


 思い出してみるとトロールが出た時に妙な胸騒ぎと既視感があった。


「たぶん僕が悪いのでごめん」

「その謝り方、悪いと思ってないでしょ」

「じゃあ心配させてごめん?」

「まあ気にしてもしょうがないけどね」

あかりはあっさりと言う。


「レベル4を5にするより、2を3にするほうが簡単だから。さっさとシャリのレベル上げたらお兄ちゃんのレベリングするわよ」


――


フィン:レベル3(人間:転生者)

・恩恵:レベル判定、レベル移譲、気配察知、槍使い、投擲、格闘、縮地、精神耐性、スタミナ向上、ロケート、手斧使い、スコップ


シャリ:レベル4(down)(人間)

・恩恵:癒し(フィンに効果2倍)、プロテクション(フィンに効果時間2倍)、攻撃力付与、メイス使い、リワインド、状態異常耐性


あかり:レベル6(エルフ:転生者)

・恩恵:鑑定、初級攻撃魔法、中級攻撃魔法、隠密、耐寒、マッピング

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