43 スコップ!
納屋に入ってきたシャリが僕らをジト目でにらんでいる。
「どれだけ待たせるのよ」
いつもより声が低い。
「いや、すっかり盛り上がっちゃって」
シャリはジト目のままだ。あかりのワンピースはびりびりに破れ、服ではなくただの布になっている。布を手で押さえている様子が、なんていうか、エロい。
「おにいちゃん、キモい」
シャリは出て行ってしまった。
「あ、あかりの服取ってきて!」
プンプン怒りながら足音を立てて去って行く。
「聞いてないな」
◇
「 レベルアップおめでとー!」
「今日は無礼講よ」
「プンプン」
あかりのレベルアップパーティーなんだけど。
「やっぱりレベル6ともなると実感が違うわね。世界が輝いてる」
「ほらシャリも機嫌直して」
「そうよ、しょうがないでしょ。順番なんだから」
「シャリが怒ってるのはそんなことじゃないのよ!」
「え?」どんなこと?
「どうしてシャリが怒ってるかわかる?」
え、お前もそれやるの?
「おなか減ってるからでしょ」
あかりが答える。
「違う!」
「まあ食べなさいよ。おいしいわよ」
あかりがシャリに焼き鳥を押し付ける。シャリはモグモグと食べる。
「こっちのお菓子も美味しいわよ」
モグモグ。
「これ、試作品だけどどう?」
あかりが木のストローが刺さったカップをシャリに渡す。僕にも一個渡してくる。ちょっと飲んでみると。
「これ、タピオカじゃん!」
「すごいでしょ」
あかりがえっへんと胸をそらす。シャリは気に入ったみたいで一心不乱に飲んでいる。
「ジャガイモがあるからデンプン取れば片栗粉でしょ。タピオカ粉は似たようなもんだからそれで作れる。甘味は麦芽でデンプンを分解して煮詰めれば水飴になるから」
あかりが自慢げに解説する。
「これをカフェにどうかな?」
「いいと思うよ。ねえシャリ」
「うん、まあ」
あかりが全部を有耶無耶にした。
◇
冒険者というのは早耳のようで、村の中でもポツポツと冒険者風というか今まで見なかった感じの人達を見かけるようになった。近所に建設中だった宿屋も営業を開始している。うちのカフェも建物は完成した。
「お酒は出さない方がいいと思うのよ」
母さんが言う。確かに柄の悪い連中が暴れると面倒だ。
とはいえ、この世界にコーヒーはない。いやどこかにあるのかもしれないけど、この国にはないっぽい。お茶はある。厳密に 地球と同じ植物かどうかは知らないけど。
「食べ物も面倒だから持ち込みしてもらおうと」
「もうお茶とタピオカだけでいいんじゃない?」
隠れ家カフェどころか単なるタピオカ屋になりそうな雰囲気。
シャリが試作品のタピオカティーのカップを両手で抱えて飲んでいる。小動物っぽくてかわいい。シャリとあかりが暇な時にウエイトレスしてればお客さんは来るだろう。
一方、僕は壁の一角に掲示板コーナーを作った。ラノベの冒険者ギルドにあるあれだね。村の人に依頼を勝手に貼ってもらう。
今のところは薬草のおばあちゃんこと村の魔女の薬草の採取の依頼だけだ。あのおばあちゃん割と碌でもない薬作るから危険なんだよな。内容にはタッチしないでおく。
「ここ営業してる?」
なんとお客さん?
そこにいたのは女性。村人じゃないから冒険者かな。戦士風。長剣を下げている。村の中だからか、鎧ではなく長袖のチュニックにズボンという普通の装い。20代後半ぐらいかな。
「いらっしゃいませー」タピオカを啜っていたシャリが慌てて言う。
「まだ仮営業ですけどどうぞ」と僕が返事した。
「何があるの?」お姉さんが聞く。
「お茶と、タピオカティーと、ヒールですね」僕が答える。
お姉さんちょっと戸惑ったよう。
「ビール?」
「ヒールだよ。おかあさんがケガを治すの」
シャリが説明する。
「ここはヒーラーがいるんだ」
「そうですよ。そっちが本業なんです」
冒険者には宣伝しとかないとな。
女の人はレイラさんという名前だそうだ。やっぱり冒険者らしい。ダンジョンの話を聞いて最近この村に来たとのこと。見たところレベル2あるからそれなりだな。
タピオカティーをあかりが持ってきた。カップは陶器でストローは木だからエコでサステナブルで環境にやさしいからSDGsでコンプライアンスなんだそうだ。
「美味しいわね。これってエルフの飲み物なの?」
そういうことにしておく。
そのまま世間話を続ける。レイラさんは四人パーティらしい。
「開いたばかりのダンジョンがあるって聞いてね、田舎だから空いてていいかなと」
観光地みたいだ。
ダンジョンの行き方は宿屋でも教えてくれるらしいが、詳細をあれこれ聞かれた。ダンジョンのマップとか売れるかもしれない。ゴールドラッシュはツルハシを売れっていうからな。
◇
鍛冶屋が拡張して革細工も扱うようになった。一応これで防具も買えるようになった。懸案の盾を相談してみる。
「体がすっぽり隠れるぐらい大きくて、持ち歩けるぐらい軽くて、弓矢が防げればいいんですけどね」
僕のイメージしているのは日本の機動隊のジュラルミン盾なんだけど。ジュラルミンみたいな素材がない以上、重さは軽く10kgを超えるようだ。身長150cmの僕には盾の恩恵でもない限り持ち運びも取り回しも難しい。
『とりあえず盾以外を買おうかな……』
正直言ってシャリのプロテクションのほうが皮鎧より性能高いんだよね。鎧を着ていれば保険の意味合いもあるけど動きが鈍るので考えどころ。
考えた結果、僕とシャリの分は部分鎧だけ作ることにした。あかりはいらないとのこと。靴はちゃんとオーダーで作ってもらう。この世界は転生者がいっぱいいるので靴の性能はそこそこ高いものが手に入る。あかりはサンダルだけど。
盾はどうしよう。うーん。恩恵があればいいんだけど。あ、そうか。
『ひらめいた!』
鍛冶屋のおじさんのところに行く。いろいろ説明する。
「つまり、大きな盾の形してるんだけど、あくまで名目上はスコップということでお願いします!」
ゴブリンキング戦で獲得したスコップの恩恵があるから、スコップなら使えるはず。ということで完成!タワーシールドみたいだけど、スコップ!
縦に長い盾の形をしていて、上に小さい柄が付いている。柄がついてるからスコップだ。裏に持ち手があるけどこれはあくまで補助だから。下の部分は尖らせて土を掘れるようになってるし。たまに土を掘ってればスコップだって言い張れるんじゃないかな。
「お兄ちゃん、どうしたのその盾、作ったの?」
「しー!」
あかりの口を塞ぐ。
「これは盾じゃなくてあくまでスコップだから。いいね?」
「あくまでスコップ?」
シャリにも口裏を合わせる。
「これはあくまでスコップ!」
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