第三章6 アーク第六シェルター、最後の一日

 ルミナスのライブからおよそ1ヵ月。

 アーク社のシェルターは、いよいよ限界を迎えようとしていた。


 シェルターの機能低下は予測よりずっと早く、ブラックコーナーの増殖を抑えきれなくなっている。

 もう1ヵ月もしないうちに、アーク第六シェルターは暗闇に飲まれる。


 だが、希望はまだなくなっていなかった。


「にしても、本当にあったんだね。光」


 避難の準備を進めながら、ステラはそう呟いた。


 あの晩、ノアが話していた『光』。

 調査隊が調べを進めたところ、ブラックコーナーに吸収されない光を発する粒子が発見されたのだ。


 特定の地域から発掘できる鉱石にしか含まれていないし、発する光も微弱ではある。

 だが、それがあればシェルター外でもどうにか活動ができそうだ、と結論付けられた。


 と、それはいいニュースだったのだが――


「まさかその粒子の名前に、ルナの歌が使われるなんてねぇ」

「あーやめて、分不相応すぎていたたまれないからー!」


 ステラは感慨深そうにそう言うが、ルナはもう恐れ多くて身をよじるしかない。


 そう、その粒子は『グリマー粒子』と名付けられた。

 たしかに意味合い的にもピッタリであるが――やはり、世紀の大発見に自分が関わるなんて予想外すぎた。いや、別に発見に関わったわけではないけれど。


「はいはい、ウジウジしてないで手を動かす! 早くしないとミーナちゃん来ちゃうよ?」

「もう、お母さんが余計なこと言うからでしょー!」


 愚痴っているうちに、ドアをノックする音が聞こえた。

 噂をすれば何とやらだ。


「あー、どうしよどうしよ」

「もう、しょうがないなぁ。後はやっとくから、行っていいよ」

「やった! ありがと!」

「現金だなぁ。ま、今日も元気に歌っといで」

「はーい! 行ってきます!」


 やれやれという顔のステラに送り出されて、ルナは今日も歌いに行く。

 ここで過ごす最後の日まで、それは変わらなかった。


****************


 そして、二週間後。

 いよいよシェルターを出る日がやってきた。


 第六シェルターはグリマー粒子が採掘できる場所から遠いため、ひとまず近くのシェルターまで移動するのだ。

 どちらにせよ今の数のシェルターを維持するには電力が足りないらしく、第六シェルターは放棄するらしい。


 最終的にはシェルター外で暮らせるよう、採掘場を中心に環境を整備していくとのことだ。

 もっともそれは、ルナたちが大人になるよりずっと先のことかもしれないが。


 移動は何日間かに分けて実施されたが、ルナたちは希望して最終日にしてもらった。

 結果として一年も滞在したシェルターを離れるのが寂しい――という気持ちがあったのは間違いないが、それよりも。


「お父さん、さすがに間に合わなかったね」


 父が迎えに来る――とまでは言わずとも、何かしら連絡が来るかもしれない。

 そう期待して待っていたのだが。


「そうだねぇ」


 ステラがそう言うが、その声にあまり落胆の色はない。


「悲しくないの?」


 ルナがそう聞いてみると、ステラはゆるゆると首を横に振った。


「間に合わなかったってだけだしねぇ。いつかは絶対来るよ、お父さんは。ルナもそう思ってるから、あれ・・を残してきたんでしょ?」

「まぁ、ね」


 信頼しきった笑顔を見せるステラに、ルナも微笑んで答えた。

 今なら、ルナも信じられたから。


「ルナ、ステラさん! そろそろ出発みたいですよー!」


 と、ミーナから呼び声がかかる。

 ルナとステラは顔を見合わせて頷き、その声のほうへ向かった。


「あ、ねぇルナ。結局、お父さんにどんなメッセージ送ったの?」


 出がけにステラが尋ねたのは、あれ・・の話だ。


 ルナたちのライブと、ルナとステラそれぞれのビデオメッセージを、メモリーチップに残してきたのである。

 ノアの厚意で、それは調査が真っ先に入るであろう通信室に置かれている。


 ルナのメッセージは、そんなに長いものではない。

 別に言おうと思えばすぐ言える。

 でも――


「言うわけないでしょ」

「あはは、そっかぁ」


 そう言って笑い合い、二人は今度こそ出発した。


****************


 えっと……こうやってビデオメッセージを送るのは、やっぱり緊張します。


 まずはやっぱり、報告かな。

 私、ミーナといっしょに、すごく大きなステージでライブやったんだよ。

 アーク社のノア社長が、私たちのファンで……って、それもすごいことだよね。

 そう言えば、どこで知ったんだろ? 今度聞いてみよっかな……


 あ、それで。前、大きな地震があったでしょ? そのとき、派遣隊のみんなが帰れなくなっちゃって。ノアさんの計らいで、私たちの歌でみんなを案内したんだ。

 それで、私たちの歌をいろんな人が聞きたいって思ってくれて。

 ノアさんがライブを企画してくれたの。


 いっしょに入ってるのは、その時の映像。

 もう、すっごく楽しかった!

 あんなにたくさんの人が、私たちの歌で……一つになってる感覚、っていうか。

 会場全部で、いっしょに音楽を作ってるみたいな。

 あんな体験できたの、本当に奇跡みたいで……音楽やっててよかったって、本当にそう思った。


 ……その音楽をできたのって、あのピアノのおかげなんだよね。

 私が覚えてないくらい昔から、ずっと隣にあって……あれがあったから、私は音楽を楽しんで、好きなままでいられたんだと思う。


 だから……ありがとう。

 あのピアノを私にくれて。


 あと、……ごめんね。

 私ずっと、そのことを忘れてた。それでずっと、冷たく当たって……きっと傷つけたんじゃないかと思う。本当にごめん。


 ……はい、謝罪終了!

 せっかくのメッセージなのに、暗いのは嫌だもんね。

 だから、改めてちゃんと言うね。


 あのピアノを……音楽を、希望を、”好き”をくれて。

 ありがとう、お父さん。


 私たちはこのシェルターからいなくなるけど……それでも、ずっと。

 お父さんが迎えに来てくれるって、信じてるから。

 ずっと、待ってます。


 じゃあ、またね。

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